マフィアの起源を探して19世紀、ガリバルディのイタリア統一前後、映画『山猫』のシチリアへ

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マフィア」という言葉は、「ピッツァ」や「スパゲッティ」同様、ほぼ世界中に知れ渡るイタリア語のひとつです。もちろんイタリアに、マフィアという名の特定の犯罪組織が存在するわけではなく、資本権力繋がる、あるいは権力そのもの、というケースもある、複雑犯罪・違法システムを指す象徴的な名称だと認識しています。イタリアの『鉛の時代』を調べると、たとえば1970年、黒い君主と呼ばれるユニオ・ヴァレリオ・ボルゲーゼのクーデター未遂の影に「コーザ・ノストラ」が現れたり、1978年の『アルド・モーロ事件』に「ンドゥランゲタ」、あるいは「バンダ・デッラ・マリアーナ」が現れたりと、マフィアと時の政治権力繋がりが強く疑われる現象に遭遇します。さらに92年、「コーザ・ノストラ」による『ジョバンニ・ファルコーネ検事爆破事件』『パオロ・ボルセリーノ検事爆破事件』、93年にローマ、フィレンツァ、ミラノの爆破事件が起こるわけですが、テロを使って国家権力対等交渉した、そもそもマフィアと呼ばれる犯罪組織、そのネットワークがいったいどのような環境で生まれたのか、まず、その起源を調べることにしました。

はじめに

住んでいる地域、あるいは職業にもよるとは思いますが、ローマで普通に暮らしていると、「なんとなく怪しい。この動きはひょっとしたら・・」と感じることはあっても、マフィアと呼ばれる犯罪組織と直接接触することは、まず、ありません。

それでもちょっとした日常の隙間、たとえばロムの子供達の教育に携わる、あるいは移民、難民の人々のサポートなどの社会活動をする知人と話すうちに、「犯罪組織から脅迫の電話がかかってきた」とか、「露骨に妨害された」などという話を聞くことがあります。貧困に陥った人々、違法難民と捉えられる人々など、社会で最も弱い立場にある人々は、常にマフィアの下部組織の標的になりやすく、わずかなお金と引き換えに、売春やドラッグの密売などの違法ビジネスへ引きずり込まれる危険があり、困難に陥った人々を支援するそれらの社会活動は、犯罪組織の邪魔以外の何者でもないのです。

今年1月のことでした。冒頭に書いた、90年代に起こったマフィアによる連続爆弾テロ事件における主犯のひとりである、「コーザ・ノストラ」最後の(と言われる)大ボス、マテオ・メッシーナ・デナーロが、30年の逃亡生活ののち、かなり不自然な状況で逮捕されたという経緯がありました。

騒然としたメディアには「I uomini d’onore(沈黙の掟を守る男たち)」「Cosca(シチリアマフィアの下部組織)」「Borghesia mafiosa(マフィア的資本家層ー資本主義的蓄積、あるいは支配構造に果たしたマフィアの役割を強調する表現)」「Lo stato nello stato(国の中の国)」など、聞きなれない言葉が次々に飛び交い、そもそもマフィアがどのような性格を持つ組織なのか、朧げにしか理解していなかったことを、その時実感することになります。

たとえばレオナルド・シャーシャは、マフィアを「特定文脈で活動し、不正方法で資金を集める暴力システムで形成された権力。特殊な文化コードを活用し、一定の社会的合意の上で、経済社会文化政治司法間に相互作用を及ぼす複雑な構造で構成された犯罪組織」と定義しています。そういえば、メッシーナ・デナーロが逮捕された際の地元の人々のインタビューでは、歓喜の声に混じって「メッシーナ・デナーロは悪人じゃない。逮捕するなんてとんでもない。われわれは彼のおかげで生きているのだ」と怒りを露わにする人々が存在し、驚愕もしました。

しかしよくよく考えるなら、彼らの訴えこそが、最も理解しやすい生活レベルの「一定の社会的合意」であり、マフィアになんらかの代償を払うことにより、生活を守られている地元の一部市民が正直に声をあげた、ということです。また、想像を膨らませるならば、政治権力の周辺で、巨額の資金、公金を動かす層の人々の中にも、メッシーナ・デナーロ逮捕の報に、地元の一部市民と同じ思いを抱いた輩が存在するのかもしれません。

宗教(それぞれのマフィア組織にカルト宗教に近い儀式が散見されはしますが)、種族、血縁、思想などで繋がった組織ではないにも関わらず、イタリアでマフィアと呼ばれる犯罪組織は、きわめて強固な秘密の結束を保ち、その違法ビジネスの1年の売り上げは、イタリアのGDP2%以上を占めるとも言われます。社会の「絶対悪」として声高に撲滅が叫ばれ、時代時代の大規模捜査で次々に大ボスが逮捕されても、いつの間にか新たなボスが現れ、時の権力、資本家たちの一部と密に繋がりながら勢力を保ち、犯罪システムをモダンに刷新しながら「国の中の国」として君臨したままです。

1992年、カパーチの爆破事件で、「コーザ・ノストラ」に車ごと爆破され、殺害されたジョヴァンニ・ファルコーネ検事は、マフィアとの闘いにおける象徴的人物のひとりです。© Mimmo Chianura / AGF – Giovanni Falcone ミンモ・キアヌーラ AGFより引用。

われわれはそんなマフィアを、自分たちとはまったく違う世界に住む、残虐で狡猾なエイリアン集団のように捉えがちですが、92年の「爆破事件」で亡くなったジョヴァンニ・ファルコーネ検事は、「西洋社会、特に欧州の傾向として、自分たちとは根本的に違う異人種のような振る舞いに注目して、彼らを悪魔祓いよろしく追い払おうとするが、マフィアと効果的に闘おうと思うならば、彼らを怪物、吸血鬼、あるいは悪性腫瘍のように捉えてはいけない。われわれが彼らと似ていることを認識しなければならない」と言っています。つまり、マフィアを(悪魔的な)「フォークロア」と捉えて無視することは、その複雑なシステムを360度、あらゆる地域へ拡張させることになる、と言うのです(アントニオ・バルサモ)。

実際シャーシャは、すでに1960年の時点で「おそらくイタリア全土がシチリアになりつつあるんだ・・・新聞で、あの地方政府のスキャンダルの数々を読みながら、わたしはそう想像した:科学者たちによると、パームライン、つまり椰子という植物に適した気候は、おそらく毎年北に向かって、500メートル移動すると言う。・・・パームライン・・・一方わたしは、濃縮されたコーヒー(マフィア)について言おう。まるで温度計の水銀の針が上昇するように、この椰子の、強烈なコーヒーの、そしてスキャンダルのラインは、イタリアを上へ上へと、すでにローマを超えて広がっている」と書いています(il giorno della civetta)。

確かにシャーシャが生きた時代に比べるなら、表面上、シチリアマフィア「コーザ・ノストラ」の勢いは衰退しているようにも感じられますが、マフィアは沈黙の組織であるため、最後の大ボスと言われる人物が逮捕されたからといって、本当に力を失いつつあるのかどうか、われわれ一般の市民には判断できません。ひょっとすると拡張はしてなくとも、もっと深い闇へと根を伸ばしつつあるのかもしれない。近年気になった報道としては、リビアから訪れる難民の人々のボートをオーガナイズする人身密輸組織に、「コーザ・ノストラ」が加担している可能性が指摘されたことでした(Avvenire)。

さて、イタリアにおいて、マフィアと呼ばれる犯罪組織は「コーザ・ノストラ」(シチリア)「ンドゥランゲタ」(カラブリア)「カモッラ」(ナポリ)「バンダ・デッラ・マリアーナ」(ローマ)、と有名な組織に加え、さまざまな小さい組織が存在し、それぞれに起源、性格は異なりますが、その核が暴力ネットワークによって隠蔽された犯罪集団、そして違法ビジネスであるには違いありません。

そこでこの項では、端的に「コーザ・ノストラ」の起源を捉えた、パレルモ裁判所長官アントニオ・バルサモの著書『MAFIAーFare memoria per combattere(マフィアー闘うための記憶)』を基本に、上院下院議員により構成された『アンチマフィア政府調査委員会』の公文書、膨大な情報量に圧倒されるマフィア関連のイタリア語版Wikipedia、新聞、ネット上の信頼のおけるサイトなどを参考に、まずシチリアにおける、マフィアと呼ばれる犯罪組織の起源を探ることからはじめようと思います。

❷マフィアの語源とその誕生 ❸映画『山猫』に見る新興勢力としてのマフィア  ❹3人のスペインの騎士の伝説「オッソ・マストロッソ・カルカニョッソ」の謎

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