戦後のイタリアで、はじめての2大ポピュリズム政権誕生となるのか
ところで、イタリアにいつまでも政府が樹立しないのは心配ではありますが、『同盟』だけは嫌だな、と思っていた矢先の『5つ星』と『レーガ』の連帯交渉がはじまった、というニュースが、これからまた選挙キャンペーンに突入、『再選挙』という気だるい未来を軽く吹っ飛ばしたことは前述の通りです。世論調査によれば、イタリア国民の多くが望んでいる(イタリア人の10人に6人が両者の組閣に賛成)連帯とはいえ、正直、わたしにとっては由々しき事態となりました。
『5つ星運動』に関しては、若者たちの意外と柔軟で真摯な姿勢が顕著となり、「後ろ盾(例えば『民主党』などの)があるなら、彼らが政権に関わってもいいのではないか」という気持ちです。確かにリーダーである、ルイジ・ディ・マイオの若さゆえの辛抱のなさ、楽天的すぎる展望とボキャブラリーの乏しさには、多少の懸念を抱きますが、優秀でテクニカルな裏方も数多く存在し、今後、政治的な経験を積んで成熟していけば、単なるポピュリズムから脱する可能性もあるように思います。
しかしながら、このネットを由来とする市民運動の、アイロニーやユーモアを許さない、『遊び』がない部分には不安を感じるのも事実です。異論を述べようものなら、窒息しそうな数の反論が飛び交い、容赦なくオンラインで決を取られる。『5つ星運動』特有の、このネット閉塞感を打開することも、彼らの今後の課題かもしれません。
一方、『同盟』のマテオ・サルヴィーニの、マッチョでシンプルな強引さには、残念ながらどうしても好感が持てない。そもそも『5つ星運動』と『同盟』という政党は、ともにアンチシステム、アンタゴニズムをルーツとする『ポピュリズム』以外には共通する思想もなく、党の由来、歴史も党員の構成もまるきり違います。それでも今回の選挙では、この両者が相違点を超えて組閣しなければならない状況に陥るほど旧勢力が弱体化してしまいました。
戦後、特に最近のイタリアの25年間を形成した、中道右派、中道左派という政治ダイナミズムは瞬く間に背景に押しやられ、極右政党『同盟』とオンライン直接民主主義をベースにする市民運動『5つ星』による、前人未到の政治がはじまるかもしれないことに、欧州連合だけでなく、ワシントン・ポスト、ブルームバーグ、ロイター、FTなど、多くの国際メディアが戦々恐々としています。『5つ星』のポピュリズム、さらに『レーガ』のポピュリズム+イタリア至上主義+反欧州主義による国政の実現が、膨大な赤字国債を抱えるイタリア経済に、どのような影響を及ぼすのか、国際市場がどうみなすか、投機の標的にはならないのか、今のところはまったく不明です。
いずれにしても、右、左の政治思想を持たない『5つ星』が『レーガ』と連帯して組閣に成功すれば、右派ポピュリズム政府と見なされることになるわけですが、政界に蘇ったベルルスコーニの影響力が、今後の国政にどれほどの影響を及ぼすかも不安要素のひとつです。
『民主党-PD』はいったいどうするつもりなのか
この連帯の可能性が突如として表面化するまで、「そもそも左派」の人々は、できれば『民主党』と『5つ星運動』の、なんらかの形での連帯で構成された政府を熱望していました。政治経験に乏しく、倫理、善悪の判断基準がオンライン上のダイレクトデモクラシーという『5つ星』の危うさを補強するには、その経験と国際常識、政治のノウハウ、つまりシステムの有り様を知り尽くしたPDが連帯を組むしかない、と考えたからです。また、『5つ星』の閉塞感に『民主党』の開放感をうまく噛み合せることは、移民問題を考える上でも重要であり、欧州連合にとっても好ましい組み合わせだったのではないかと思います。
しかし、下院議長ロベルト・フィーコの仲介で、ディ・マイオが、時間をかけて『民主党』に歩み寄りを見せはじめた矢先、選挙の大敗を受け、「これからの2年間、自分はシンプルな上院議員として、党員に影響を及ぼさないように静かに過ごす」と断言し、書記長を辞任したはずの元首相マテオ・レンツィがTVトークショーに出演。「選挙に勝った政党が連帯して組閣すればいい。『民主党』はあくまで少数派を貫く。『5つ星』との連帯はありえない」と発言し、スタジオから『民主党』の指揮を執るという暴挙に出ました。『民主党』内でも『5つ星』との前向きな話し合いの機運が高まっていたにも関わらず、いまだに党内に大きな影響力(『民主党』の60%がレンツィ派)を持つレンツィのスタンド・プレイで、両者の連帯はあっけなく地中海の藻屑と消え去ったわけです。
しかし今から思うなら、レンツィの電撃的書記長辞任とともに、『5つ星』を含めたあらゆる連帯に扉を閉ざす、という方針は、やはり当初から指摘されていたように、政治混乱を生み出すための一種の策略だったのだと思います。そして次にレンツィが待つのはベルルスコーニ同様、『5つ星運動』と『同盟』の連帯が、国政を混乱させ、失敗に終わることなのでしょう。それに『5つ星』が極右ポピュリズム+ナショナリズム、反欧州主義の『同盟』と組むことは、「そもそも左派」で『5つ星』に投票した人々の猜疑心を引き起こし、票がPDに戻ると読んでいる。さらには、欧州から怯えられているポピュリズムの2政党による政権が失敗すれば、PDの今までの政治能力を顕示、再び支持を集めるはず、というところでしょうか。
実際、今回の突然の2政党による連帯交渉にレンツィは喜んでいるようで、「非現実的な公約を実現してみるといい。ポップコーンを用意して高みの見物といこう」とコメントを出し、さすがにこの発言は不適切、と『民主党』内部からも批判が巻き起こりました。今PDがやるべき最も重要なことは策を弄することではなく、大敗を反省し、敗因の分析に真摯な態度で取り組むことなのではないか。
ところで、『民主党』と『5つ星運動』はどうして連帯できなかったのか、という理由を、先日『民主党』の別の幹部が説明していましたが、PDとしては、どうしても「ベーシック・インカム」という政策を受け入れられないからだということでした。なぜなら「何もしない人間に魚は与えられないからだ。魚を得るためには釣りをしなければならない。イタリアの憲法では、イタリアは人民の労働に支えられた国だ、とはっきり書かれているではないか。つまり各自が働かなくてはならない。『民主党』は労働、釣りをしない者に魚は与えられないという方針だ」
党幹部はそう説明していましたが、それを聞きながら「生産性のみを重視する、まるで強制収容所だ」と感じるとともに、この人たちは市民の現状を全く理解していないのだ、とも思いました。
南イタリアの50.4%の家族が定収入を得られない、つまりどうしても仕事が見つからない。釣りに出かけても魚が一匹もいない、ただ美しいだけの海原が拡がっているだけ、というのが南イタリアのリアリティです。『民主党』が「イタリアの左派は自分たちだ。『5つ星』を新しい左派という人々がいるが、我々はそうは思わない」と、あくまで左派を自認するのであれば、市民の視線で現実を捉え直す必要があるのでは、と感じたというのが正直なところです。『民主党』がこんな風だから南イタリアの人々は『5つ星』を支持したのだということを、まず認識すべきであり、さらに『民主党』が『5つ星』との連帯を拒絶したことは、南イタリアの市民を拒絶したことと同じで、「寄る辺ない人々に手を差し伸べることなく敵に回した」と言わざるをえないでしょう。
さて、そういうわけで、イタリアではムッソリーニを最後に消えてなくなったはずのポピュリズム2大勢力、『5つ星』と『同盟』が台頭。絶対にありえない、と考えられていた2政党が、今や政権を握るかどうかの瀬戸際です。
『同盟』のデマゴーグ、マテオ・サルヴィーニは、確かに国民の生活を改善するための多くの公約を提示しましたが、ひたすらヘイトスピーチを繰り返してきた、ホモフォビア、クセノフォビアのレイシスト。『同盟』のそもそもの母体、イタリア北部の独立分離主義政党『北部同盟』のカラーを一気に塗り替えた書記長です。暴力的な移民弾圧発言を繰り返し、フェイクニュースで人々を扇動し、反欧州主義、親ロシア、親マリーヌ・ルペンを強調して、比較的裕福な北部の中小企業から『カーサ・パウンド(ローマの極右グループ)』まで、いまや幅広い支持層を抱えています。Facebookでは、ディ・マイオの160万人をはるかに超え、220万人に「いいね」がマークされる人気です。
人口が70億人を突破し、いよいよ貧富の格差が著しくなり、各国の軍事費は増え続け、その分社会福祉予算は年々減少、文化、思想、倫理より自分の生活を守ることで精一杯、という傾向が世界中に蔓延しています。普通に暮らす市民の生活はどんどん苦しくなり、難民の人々は路頭に迷い、社会に積み重なった不満と憎悪と息苦しさで、人々は世界を顧みることを忘れ、自分の生活の周辺にだけしか興味を持たなくなりました。無数に溢れかえる情報の渦に巻き込まれ、立ち止まって考える時間もなく、SNSに流れては消え去る、嘘か本当かわからないニュースに感情を振り回される。不平不満と羨望と倦怠の現実にうんざりして、刺激的な希望と未来を求めるわれわれは、一見強そうに、正しそうに見えるデマゴーグに簡単に惑わされます。
わたしにとってもまったくはじめての経験なので、イタリアに万が一、純粋なポピュリズム政権が樹立した暁には何が起こるのか、予想もつきません。心配は単なる杞憂で、意外とピースフルで市民が暮らしやすい社会が生まれるかもしれない。反対に、手のつけられない混乱状況に陥るリスクも孕んでいるかもしれません。ディ・マイオとサルヴィーニの交渉がおこなわれたミラノの『5つ星』支局には、すでに数多くの抗議者が詰めかけています。
眼前には、神のみぞ知る未来が待ち受けていますが、イタリアの市民が「こんな生活はもうたくさん。いますぐ政治を変えたい」と選んだ結果でもあるので、できるだけ冷静に気前よく受け入れ、経緯を淡々と観察したいと思います。しかし欧州において、このような純粋なポピュリズムの政府が誕生するならば、それが機能するのか、しないのか、かなり無責任に国民を巻き込んだ大いなる実験になるはずです。
さて、まだ組閣されないままですが、この項は、よほど大きな出来事が起こらない限り、とりあえず終わりにしたいと思います。『5つ星』と『レーガ』が、例えば『フォルツァ・イタリア』に妨害される、合意に時間がかかりすぎる、あるいは合意に至らないなど、組閣に失敗すれば、政治的中立の『暫定政府』が組閣され、その政府が信任されなければ『再選挙』へと突入することになります。
いずれにしてもイタリアは、混乱とともに大きな変化を迎えているようです。
5月23日追記
さて、公約の突き合わせの結果、合意が成立。『5つ星運動』が推挙した、政治経験がまったくない民法学者(フィレンツェ大学、ルイスーグイド・カルリ経済大学)で弁護士のジュゼッペ・コンテに『同盟』も賛同しました。両党から首相候補として正式に発表された後、しかしコンテの学歴詐称の疑いがNYタイムス紙(イタリア主要メディアではなく)に指摘され、一時は大騒ぎになりましたが、一日置いて大統領から正式に首相に任命されることになっています。「イタリア国民すべての弁護士でありたい」というのが首相任命後初の大統領府会見での言葉でした。これからいよいよ組閣です。
5月27日追記
今日、組閣が発表される予定でしたが、『同盟』が財務大臣に強く推挙した、イタリア労働銀行(BNL)総裁、ローマ銀行総裁、予算大臣、産業大臣などを歴任したハイ・キャリアのパオロ・サヴォーナが、近年主張していたユーロ懐疑主義を翻さなかったために、マッタレッラ大統領に承認されず、再び土壇場で組閣は「まさか」の失敗に終わりました。この数日市場は荒れ、イタリア国債のスプレッドも急上昇しており、また、外国メディアからもイタリアを席巻するポピュリズムの危機が書き立てられるという状況での、大統領権限での判断でしたが、当然のように『同盟』『5つ星運動』から「イタリアはブリュッセル、ベルリン、パリの奴隷じゃない」と大きな反発が巻き起こっています。
不思議なのは『同盟』が、党内にサルヴィーニの右腕、ジャンカルロ・ジョルジェッティという優秀なエコノミストを抱えているにも関わらず、欧州各国から反発のあるパオロ・サヴォーナの推挙を決して取り下げなかったことです。明日28日、エコノミストのカルロ・コッタレッリが大統領から招聘され、大統領府を訪れるそうですが、今後、どうなるのか先が見えない状況。「移民攻撃」から、「欧州連合、パリ、ベルリン攻撃」へと憎悪の標的を広げた『同盟』の支持率は、残念ながら跳ね上がるかもしれません。
5月31日追記 イタリア政府樹立
大統領から『暫定政府』の首相に任命されたカルロ・コッタレッリは、組閣リストを用意しながらも、『同盟』、『5つ星運動』の幹部と話し合いを持ち、もう一度組閣を試すことを提案。急遽、両党はジュゼッペ・コンテを首相に、前回の組閣リストを編成し直し、コッタレッリの辞任と同時に大統領府へ提出。確実に、政策契約に基づいた『同盟』と『5つ星運動』の連帯による政府が樹立することになりました。ここ数日、政策契約には一言も触れられていないはずの『ユーロ離脱』の疑惑が国際メディアを席巻し、欧州連合幹部からは「市場の動きを見て、イタリア市民が投票の仕方を学ぶ必要がある」などと侮辱され、案の定『市場』が荒れてイタリア国債のスプレッドが急上昇。政局混乱のまま『再選挙』ということになれば、デフォルトも視野に入ってくるという悲観的な展望でした。
しかも規模が大きすぎて潰せないイタリアの未来は、欧州の未来、さらには世界の未来に直結している。そこでこの数日の間に元IMF高官、イタリアではMr. Spending Review (国家支出管理者)として有名なコッタレッリが両政党を説得し、組閣の合意を得た。見事な働きでした。マッタレッラ大統領が、国民が選んだ政党が組閣することを、最後の最後まで希望した結果です。神のごとく、イタリア共和国の運命を操る市場の暴力性もさることながら、『国民主権』『民主主義』を考えるいい機会になります。
これからどんな政治が繰り広げられるか、イタリアは未知の世界へと船出です。たとえばマテオ・サルヴィーニが内務大臣であるとか、個人的には思うことが色々ありますが、ここは冷静に、何が起こるのか、のんびり観察したいと思います。
ハレルヤ。