YESの言い分、NOの言い分と『5つ星運動』の行方
とはいえ、YESを主張する意見もまったく納得できない、というわけでもないのです。当初から『賛成』を主張したイル・ファット・クォティディアーノ紙は、上院・下院両議会がタイトになれば、数ばかり多くて、仕事をさぼって『特権』をいたずらに浪費する議員たちを、市民が監視、コントロールしやすくなるとし、議会の運営費の7%を占める議員削減が浪費を抑止するためのシンボルとなると訴えました。
さらに、ドイツ、フランスなど他の欧州の国々も、イタリア同様に議員削減へ向けて動きはじめており、その動きが今後の欧州のトレンドになると分析。コンパクトで効率的な議会を現代的な政治改革とみなし、それをベースに今後さらなる改革(たとえば『特権』の見直しや、削減に見合った新たな選挙法の決定)をしていけばよいと言うのです。もちろん、本当にそれが可能であるなら、それにこしたことはありません。
ただ、YES側の主張として、「市民のルサンチマン」として『議員階級』というカーストの頂点にある『権力』の数をざっくり削減してみせる、という考え方には、やはり賛成しかねる部分がありました。特に、Covid-19で未来が見えず、社会が欲求不満に陥っている今のような時代、「市民の権力階級への鬱憤」という、いわゆるポピュリズム的な天誅アプローチではなく、論点を理性的に見据えなければならなかったのではないかとも思います。
いずれにしても、前述したように、Covid-19における『緊急事態宣言』下にある現在、市民もメディアも今後の政治波乱を意識的に回避、慎重に動いたという印象が残りました。
未来が不確実な状況にある今、ウイルス対策が今のところ機能しつつあると思われるため(くどいようですが、感染増加中のため、先はまったく見えません)、穏健な現政府の方向性をイタリア市民が選んだようにも思えます。実際、『国民投票』が否決され、6つの『州選挙』を野党が制覇するようなことが起これば、政府崩壊の危険もありました。
なお、945人から600人に削減されることになった議員数を換算すると、人口10万人に1人(投票前は1.6人)となるそうです。この数を他の欧州の国と比較すると、ドイツとフランスは10万人に0.9人、スペインは0.8人となり、人数を減らしたとしても、人口あたりの議員数はイタリアが最も多いと主張されます。しかし前述したように、代議制民主主義においては、人口あたりの議員数が少なければいいという問題でもありません。
今回決定された議員削減は、2023年に予定される総選挙から、選挙法が改正されたうえで有効化されることになるわけですが、今のところ、現在の各政党への支持率を鑑みるなら、今後考案されるであろうあらゆる選挙法が適用されても、どうしても現在野党である『右派連合(同盟、イタリアの同胞、フォルツァ・イタリア)』が有利になると言われています。
ということは、万が一次の総選挙で『右派連合』が勝利した場合、議員が削減され、合理化された上院、下院で、あらゆる法律、政策、予算案が障害なしに通過していくことにもなりかねないということです。
サルヴィーニ内務大臣時代の、移民、難民の人々の権利をとことん剥奪し、弱者を痛めつける『国家安全保障』が、ようやく廃案になり、新しい『国家安全保障』が創案されるというのに、次の選挙で『右派同盟』が政権を獲るようなことになれば、再び同様の法案が続々通るようなことになるのではないか、と心配もします。
Covid-19『緊急事態宣言』下であっても、一縷の望みを抱き、地中海を渡ってイタリアへたどりつく難民の人々の数が、大きく減ることはないのです。
※投票の1ヶ月ほど前に、『国民投票』を解説する動画がリリースされましたが、夏休み中だったので、反応はそれほど多くはなかったように思います。
今回、『国民投票』と並行して行われた州選挙では、『民主党』が『同盟』を抜いて、支持率で第1党に躍り出るという結果となりました。しかし連帯する『5つ星運動』があらゆる州で大敗したため、現在の連帯政府は現時点で、野党である『右派連合』の支持率にはまったく追いつくことができない、という状況です。
TGLa7の政党支持率世論調査(10月5日)によると、『同盟』24.8%(いまだに)+『イタリアの同胞』15.8%(急上昇)+『フォルツァ・イタリア』6%で、過半数には届かずとも『民主党』20.8%+『5つ星運動』15.2%+『イタリア 左派』3.4%をはるかに凌ぎます。今後、現在の政府を担う『5つ星運動』、『民主党』が共に協力を惜しまず、総選挙までに支持率を挽回できるかどうかで、現在は穏健なイタリアの運命も変わることになります。
さて、NOを突きつけた30%の人々は、ミラノ 、ローマ、ボローニャの中心街に集中しているそうです。そのせいで「中心街に住む裕福な市民が反対したのだ」とポピュリズム的レッテルが張られましたが、都市は人口も多く(と同時に貧困も顕著です)、各種政治グループも存在し、人と人を通じて情報が流れやすいため、一概にそう単純には断定できますまい。
まず、NOを投票した市民のさらなる懸念は、それぞれの地方から選抜される議員の数が減ることで、ローカルな問題を訴える声も小さくなり、いよいよ議会の多様性が損なわれるのではないか、という懸念でもあるのです。
たとえば、そもそも少ない数の議員しか割り当てがなかったカラブリア州の下院議員は、現在の20人から13人に、上院議員は10人から6人に、サルデーニャ州の下院議員は17人から11人に、上院議員は8人から5人へと減少します。また、小さくとも人権問題など大切な案件を扱う政党の存在感が薄くなるのではないか、との疑問もあります。
投票日の3週間ほど前からNOを主張していたレスプレッソ紙は、「数が減少し、管理することが可能になった議会は、善良な市民たちから監視されるのではなく、むしろ大きな権力を持つ経済ロビーやマフィアシステムにコントロールされやすくなるのでは?」と疑問を呈し「アイデンティティの再確認と政治改革、政治文化の再構築は、YESかNOだけで判断できるような問題ではない」と、社会に満ちる「賛成ムード」に反論し続けました。
「数よりも質の問題。議会の質の向上のために働く方が有益だ(ダッチャ・マライーニ)」「議会というものは、熟慮しながら再構築するもので、ハサミで断ち切るものではない。まず、なぜ数が多すぎるのか、市民の声を議会に届ける代議士をどのように減らすかを再考しなければない。しかしそれは市民が判断すべきことではない。ちょっとした節約は、あまり生産的ではない(上院議員を務めた経験もある伝説的ジャーナリスト、フリオ・コロンボ)「民主主義は、広く、対立する代議が必要だ。増殖していくことを制限することではない(エンマ・ダンテ)」など多くの反対意見を、レスプレッソ紙は紹介しています。
それでも、2023年の総選挙からは市民の圧倒的な賛意を得て、議員の36.5%が削減された議会が誕生することになります。さらに今後、新しい議会システムを構築するための選挙法が改正され、今まで25歳にならなければ、上院の選挙に参加できなかった若者たちは18歳から投票できるようになりそうです(下院は18歳から投票できます)。また現在は40歳にならなければ立候補できなかった上院議員の年齢が、25歳に引き下げらる法案の整備も同時に進んでいます。
ところで、憲法改正の提案が市民の賛意を得た『5つ星運動』ではありますが、とりあえず「これでひと安心」と安堵したところで、州選挙の惨敗から「アイデンティティの喪失」「オンラインプラットフォーム『ルッソー』への疑問」を理由に大きな内紛が起こり、それぞれの議員が対立する深刻な状況となっています。
特に『ルッソー』(『5つ星運動』とは独立した、オンラインシステムのエージェンシーとして成立しています)への風当たりが強く、『5つ星』の議員たちが決められた拠出金を支払うことを拒否。12月までオフィスが閉鎖されることになりました。
しかしわたし個人としては、そもそも市民たちが立ち上げた、反政治的(antipolitica)、反政党(antipartito)の攻撃的なムーブメントなのですから、伝統的な普通の政党と化して小さくまとまるよりも、こうして波乱に満ちながら、喧々諤々と前進していく方が、彼らがアイデンティティを確認するためにも有益ではないか、とも思っています。
彼らの思想の核でもある『ルッソー』を基盤とした『ダイレクト・デモクラシー』システムの実現は、現状においては、はなはだ懐疑的ではあります。しかし、ささやかながらも条件付きの『ベーシック・インカム(reddito di cittadinanza)』を実現させ、早くから自然環境問題に取組み、埋もれそうな市民の声、若者たちの政治不信を、不器用ながらも試行錯誤で解決しようとしてきた『5つ星運動』の有り様は、他の国の政治には見られない実験的なムーブメントでもある。
手練れた政治家たちの芝居がかった懐柔に、デモで荒ぶる市民の価値観を持ち込んで、てんでばらばらにヒステリックなカオスで抵抗する様子を見ていると、確かに苛つくことがあり、問題も多々あるとは感じます。しかし同時に政治を身近に感じさせる大切な存在だとも思っています。
したがって、伝統的な政治スタイルに毒され、権力に執着することなく、たびたび起こる衝突による壊滅的な分裂を避けつつ、市民の信頼を取り戻してほしいとも考えます。総選挙にはまだまだ時間がある。11月にメンバーが全員集まって会議が開かれるそうなので、もう一度、アイデンティティを確認し、勢いを取り戻してほしいと願っているところです。
さて、『国民投票』と『州選挙』の結果が出た翌日、9月22日の各メディアは、それぞれに『国民投票』をメインにしたり、『州選挙』をメインにしたりと、各紙ともに支持政党が明確に見える『選挙祭』展開で、非常に面白かったのですが、その中で最も「かっこよく」主張が伝わってきたのはイル・マニフェスト紙でしょうか。
その日のイル・マニフェスト紙は、1面から8面まで、創設者のひとりであり、『鉛の時代』から長きに渡っていくつもの重要な記事を書き、現在活躍する多くのジャーナリストたちのアイコンでもあるロッサーナ・ロッサンダの追悼記事特集でびっしり占められ、『国民投票』、『州選挙』に関しては、「それほど大切な結果でもない」とほんの少し紙面が裂かれ、軽く分析されただけでした。
9月20日の朝に亡くなったロッサンダの追悼特集を21日の月曜ではなく、『国民投票』『州選挙』の結果が出る22日の火曜にぶつけてきたイル・マニフェスト紙という歴史ある新聞の、それが現状の政治に対する総合的な評価であり、主張なのでしょう。
「なるほど。この静かな主張こそが96歳になられても、最後の最後までかくしゃくとはっきり意見を述べたロッサンダの魂であり、イル・マニフェスト紙の核なのだ」と、少し感動した次第です。