活気が戻ったイタリアの街角で、Covid-19と共存しながら想うアンティファシズムのこと

Deep Roma Eccetera Quartiere Società

みるみる蘇った、1968年激動の記憶

「こんな酷い、許しがたい現実がいまだにあるなんて」と、あまりに残酷なシーンを突きつけられ、凝視することができませんでした。

米国で起こった、警察官によるジョージ・フロイドさん殺害事件は、もちろんイタリアでも連日報道され、国内でも常に問題となってきたレイシズムについて、再び活発な議論と抗議が湧き起こることになった。

また、通りすがりの女の子を含める数人が、携帯電話で撮影し続けた、あまりにリアルで非人間的な映像の威力SNS上での拡散のスピードを、今回ほど感じたことはなかったかもしれません。

「今年撮影された最も重要ドキュメンタリーは、ジョージ・フロイドが殺害された過程を、その重要さを無自覚のままに撮影し続けた17歳のダニエラ・フラティールだ。どんな才能を授かった監督にも、あの純粋な悲劇性を超えることはできない」

ラ・レプッブリカ紙のインタビューで、マイケル・ムーアがそう言っていましたが、まさにその通りだと感じました。

その10分あまり映像から、瞬く間に全米中で#BlackLivesMatter抗議ムーブメントが巻き起こり、たちまちのうちに世界に拡大した現象は、以前から言われていたように、スマートフォンを手にしたすべての市民は潜在的ジャーナリストであり、SNSを媒介に、その共感を世界中に広げる可能性を秘めているのだ、と改めて実感することになった。考えてみれば、われわれが生きているのは、素晴らしいと同時に、少し恐ろしくもある時代です。

ところで、徹底的なアンチレイシズム、アンチファシズムであるレスプレッソ誌が、この一連の動きを68年の世界的な市民ムーブメントと対比する記事を書いていました。

米国ではマーティン・ルーサー・キングが暗殺され、ベトナム反戦運動がいよいよ拡大し、大規模な学生運動が各地で繰り広げられた。フランスでは『5月危機』がはじまり、イタリアでは労働者と学生の過激な共闘による大規模デモ、サボタージュが常態化したあの1968年に、いまの状況は、確かに少し似ているのかもしれません。

また、67~68年は、金投機が頂点に達した現行通貨体制危機とも言われ、通貨、金融面に激震が走ったそうですから(日本経済企画庁)、Covid-19による経済不安のまっただなかにある、現在の世界の経済背景に似ていないこともありません。

そんなことを思いながら、あれこれSNSでの議論や記事を読んでいると、当時選挙キャンペーンを繰り広げていたリチャード・ニクソン大統領を、トランプ大統領が意識的に模倣していることにも気づきます。レスプレッソ誌も、「トランプ大統領は秋の選挙での勝利を狙って、ニクソンになりたいようだが、何かがずれている」とタイトルのリードで強調していました。

さらに印象に残ったのは、もちろん当時の抗議者たちと、現在の抗議者たちは時代背景も思想もまったく異なるにも関わらず、68年の抗議者たちも、現在の抗議者たちも握りしめた拳(ブラック・パワー・サリュート)を高々と振り上げていることでしょうか。

イタリアにおける拳(プンニョ・キューゾ=70年以降は通常左手で)は1930年代のファシスト式敬礼(サルート・ロマーノと呼ばれる、地面に対して腕を135度の角度へ上げる古代ローマの敬礼)へのアンチテーゼとして掲げられるジェスチャーで、初出は1917年米国で開かれた、世界労働者大会(社会主義、アナーキストたちによる)なのだそうです。

そのジェスチャーが、100年を経た現在も、アンチファシズム、アンチレイシズムの象徴として使われ続けることは、興味深いことです。

 

『ブラック・パワー・サリュー』。68年、ブラック・パンサー党時代のアンジェラ・デイヴィスが表紙の、6月22日発売レスプレッソ誌。『プンニョ・キューゾ』(左手で拳ですから)について、思いを巡らせていたところだったので、「やはりみんな考えていたのだ」と思った次第です。米国左派の歴史的リーダー、アンジェラ・デイヴィスの巻頭インタビューという豪華保存版でした。

 

わたしは米国に住んだことがないため、事情を実感することはできないのですが、その歴史に、黒人の人々やヒスパニックなど移民の人々への根深い差別、侮辱が、常に社会の背景として存在していたことは、映画や小説で、ぼんやりとではあっても認識はできます。しかしKKKのような前時代的な集団が現代にまで存在しているとは、トランプ大統領が現れるまでは想像もしませんでした。

同時にネオナチだの(米国に!)、白人優位主義の極右勢力がわらわらと現れ、人種差別だけではなく、女性蔑視やLGBTQの人々への侮辱などが目立つようになった際は「現代のアメリカで?」と信じられない気持ちにもなった。

戦後の歴史を紐とくならば、米国は敗戦国であるイタリアに、かなり非道なことをしていますが、それでも現代を生きる米国市民の大部分は、民主的で、自由と多様性を愛する人々だと思い込んでいたからです。

しかしサルヴィーニがトランプ大統領を真似しているのか、それともトランプ大統領がサルヴィーニの前身であるベルルスコーニ元首相の真似をしているのか(かつてマイケル・ムーアが「トランプのモデルはベルルスコーニ!」と言っていたことがあったので)。

まさか米国にこんな大統領が現れる日が来るとは、しかもそれが4年間も続くとは予想もしていませんでした。また、米国における今回のCovid対策の甚だしい失敗も「いったい米国はどうなっているのだ」と首を捻ります。

いずれにしても 、「人々が恐怖を抱いている時は、人々は共和党に投票する」と、1968年に立候補したリチャード・ニクソンは、4月に起こったキング牧師暗殺ののちに世界中に広がった激動に乗り、「法と秩序」を訴えて当選していますが、トランプ大統領の演説とはまったく異なり、とりあえずは知的で穏やかな口調だったのだそうです(レスプレッソ誌)。

一方、ニクソン元大統領同様に「法と秩序」を連発するトランプ大統領は、抗議者たちを「プロのアナーキスト(プロ?)、下衆な暴力、放火魔のクズ、略奪者、犯罪者」と下品なボキャブラリーを駆使しながら罵り、現状とはまったくかけ離れた、トンチンカンな発言が続き、暴言には慣れているはずのイタリアメディアも、半ば呆れ顔での報道でした。

以前ほど、米国が世界に影響することがなくなったとはいえ、もし万が一トランプ大統領が再選ということにでもなれば、欧州の極右勢力まで調子づき、欧州各国だけでなく、世界中が分断することになりかねませんから、ここは米国の人々の良識を信じたい局面です。直近の世論調査で支持率降下が鮮明になっていることに希望を持ちたいと思っています。

マイケル・ムーアは、「いくつかのメディアで報道されたように、大部分の暴動を扇動したのは、抗議者になりすました白人極右主義者たちであった」と、抗議集会で挑発があったことを認めた上で、暴徒と化した人々による略奪や放火があった事実に対しては、このように答えていました。

「白人たちに鎖に繋がれ、この地にむりやり連れてこられ、ここで生きざるを得なかったひとつの民族すべてが、100年もの間、強姦され、殺され、投獄され、迫害されたことを、白人である者たちには、それがどのような意味を持つか、完全には理解できないだろう。逆に、黒人の警官が、ショーヴァン(殺害した白人警官)がフロイドにしたことと同じことをしたなら、完全武装した白人が窓や屋根から黒人たちを銃撃していた。略奪ぐらいでは済まなかったはずだ」(ラ・レプッブリカ紙)

戦後、搾取され続けた労働者と学生たちの不満が爆発した冷戦下、イタリアの68年の後には『鉛の時代』という、CIA、NATO、イタリア軍部シークレットサービス、秘密結社P2、マフィア、国家、極右グループ、極左グループが入り乱れ、謀略、爆弾、クーデター未遂、銃撃戦、夥しい数の暗殺、という凄まじい10年が待っていました。

その時代の数々のエピソードや事件からも明らかなように、権力サイドが混乱を狙って、アナーキストや極左グループに当局のスパイを仕込み、罪をなすりつけ、政争にはまったく関係ない多くの市民を巻き込んだ虐殺事件を数多く引き起こしている。

抗議集会に挑発者を潜り込ませることは、どこの国でも起こる定番の初歩的なやらせですから、気をつけるにこしたことはありません。

中国ー米国の新しい冷戦の幕が開いたと言われる時代、まさか21世紀にもなって再び『鉛の時代』が訪れるとは、まったく思いませんが、われわれがどこに向かって歩いているのか、足下だけは確かめておく時代に、じわりと突入したのかもしれません。

 

※ローマ、ポポロ広場で開かれた#BlackLivesMatterの抗議集会。

▶︎『アンティファはテロ』という、価値の転覆

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