子供たちの叛乱:ラミィ、アダム、シモーネ、そしてローマにやってきたグレタ・トゥーンベリ旋風

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修羅場の機転で、級友たちの命を救った12歳、13歳のアダムとラミィ

聞いた途端に血の気が引くような、その事件が起きたのは3月20日のことでした。51人の中学生と教師を乗せたままジャックされたのは子供たちが乗り慣れたはずのスクールバス。犯人が床に撒いたガゾリンに火をつけ黒煙がたちこめるや否や、爆音が響いて燃え盛る炎が舞い上がり、みるみるうちにバスは全焼した。荒れ狂う犯人の一瞬の隙をつき、押し寄せたカラビニエリがドアと窓を叩き割り、子供達を全員バスから救出できたのは、まさに奇跡としか言いようがない光景でした。

その場で逮捕された、この凶悪テロを企てた犯人はスクールバスの運転手。イタリアの市民権を持つ、47歳のセネガル人で、「地中海で死んだ何万というアフリカ人のための復讐」「自分の子供も地中海で死んだんだ」とわめきながら(子供の件は、のちにでたらめだと判明)、教師と子供たちを身動きできないよう縛りあげ、床にガソリンを撒いています。教師を人質にナイフを振り回し、子供たちを脅しながら、レナート空港へと向かおうとしていたのだそうです。燃え上がるスクールバスの映像と共に流れた事件の一報は情報が錯綜し、「イタリアで子供を巻き込む、こんな酷い事件が起こるなんて」と人々を震えあがらせました。

やがて、この重大事件解決の大きな鍵となり、大惨事から級友を救ったのは、13歳のラミィ12歳のアダムが事件の最中、犯人にこっそり隠れてかけた緊急電話だったことが、次第に明らかになってきた。

どこを走っているのか、外が見えないようすべての窓に黒いシーツがかけられ、暗く閉ざされたバスの中、犯人は子供たち全員から携帯電話を取り上げましたが、ラミィは自分の電話を隠すことに成功。アダムと連携して死角となる座席の陰に潜り込んでいます。そして猛り狂う犯人の怒鳴り声と級友たちの恐怖の叫び声を背景に、緊急番号112番、両親に、決死の覚悟で声を潜めて電話をかけた。

突然アダムから「僕らはみんな殺される」と電話を受けた母親は、はじめは悪戯だと思ったそうですが、息子の声の合間に子供たちの叫び声が漏れ聞こえ、緊急事態を察知、すぐさま学校、そしてカラビニエリに連絡しました。

その時カラビニエリにかけられた、切羽詰まりながらも、明快に喋るアダムの音声が残っています。

アダム:もしもし。僕の名前はアダムです。僕たちはバスごと誘拐されようとしています。犯人からナイフで脅されているんです。カラビニエリ:パトロール隊をすぐにこちらへ回してください(内部連絡)。すぐに、すぐに、急いで。アダム:先生は前方で人質にとられています。運転手は手にナイフを持っているんです。カラビニエリ:誰が君たちを人質にしているんだ? アダム:運転手です。手にはナイフを持ってます。急いで。床にはガソリンが撒かれていて、僕らはもうこれ以上持ちこたえられない。カラビニエリ:他にも情報が欲しいんだが。アダム:もちろん。でも、お願いですから早く誰かを呼んでください。これは映画じゃないんです。僕ら50人は、命を落とすわけにはいかないんですカラビニエリ:わかっている。落ち着きなさい。アダム:バスは田舎へ向かっているようです。

カラビニエリは、アダムがかけてきた電話を瞬時に追跡し、バスが走っている場所を特定、ただちに急行しました。逃げ場を失って興奮した犯人が「人質全員道連れにする」とガソリンに火をつけたところになだれ込み、子供たちを全員避難させた。一瞬の遅れがあれば大惨事に発展するところでした。

事件当初は解決の安堵とともに、犯人がイタリア市民権を持つセネガル人であったことから、今までの移民政策に関する批判が緊張を伴って湧き上がり、待ってましたとばかりに国粋主義者たちの差別的な議論に発展しそうな危うい空気も流れました。

ところが時間が経つにつれ、解決の原点となった緊急電話をかけたアダムとラミィが、それぞれエジプト、モロッコからの移民であることが判明し、議論は大逆転。ふたりともイタリアで生まれ育ったために、ミラノのアクセントがあるイタリア語はもちろん完璧で、もはやイタリア人とは何の違いもない子供たちでした。それでも彼らは市民権を認められていないため、法律的には外国人のままイタリアで暮らしていた。

民主党政権時代は、イタリアで生まれた外国人の子供には、両親から独立して、無条件にイタリア国籍を認める法律の制定『Ius soli』が国会でも審議されましたが、議決されないままに現在に至り、外国人に厳しい『同盟』『5つ星運動』の現政府となってからは、ほぼ立ち消えになっています。

その後、51人の教師と子供たちを救ったお手柄の代償として、政府から特別にラミィとアダムにイタリアの市民権が授与されることが決定されました。しかしその直後、ラミィが「僕たちだけではなく、イタリアで生まれた外国人の子供たちすべてに市民権を授与してほしい」と発言。するとマテオ・サルヴィーニ内務大臣は語気を荒げ、「そんなにIus soliが欲しければ、選挙に出て自分で勝ち取ればいい」と、13歳の子供に返す言葉とは思えない大人気ない過剰リアクションで、世間の失笑を買うことになった。

結論としては、ちょっとしたざわめきが起こっても、アダム、ラミィともにつつがなく市民権が授与され、テレビ、新聞をはじめとする多くのメディアにヒーローとして登場。事故現場に急行したカラビニエリの活躍に魅了されたふたりは、子供らしく照れながら、「将来はカラビニエリになりたい」と語っています。

 

※国営放送Raiの看板番組、CHE TEMPO CHE FAに、緊急電話を受けたカラビニエリと現場に駆けつけたカラビニエリとともに、ラミィ、アダムも登場しました。電話を受けたカラビニエリは、112番にかかってきた連絡はすべて重要であるため、アダムからの通報を少しも疑わなかったと発言しています。

 

ふたりの少年の機転で解決したこの重大事件は、図らずもIus soli議論の再燃に繋がりましたが、幼い子供達が、左派陣営に多少政治利用されそうになったことはともかく、彼らのようにイタリアで生まれ、イタリア語を母国語とし、イタリアの文化の中で育った子供たちが、何か特別なことをしたから、そのご褒美として市民権を授与される、という有り様には、どうも賛成できません。わたし自身は、イタリアで生まれた子供たちは、両親が外国人であったとしても、無条件に市民権が得られ、平等な教育、福祉を受ける権利、イタリアのパスポートを有する権利を持つべきだと考えています。

しかし、大人たちのそんなくすぶる気持ちをよそに、「僕は市民権なんてどうでもいいんだ。あまり大切じゃない。僕はなにより人々を助けるカラビニエリになりたい」と語るアダムとラミィのインタビューを見て、なんだか微笑ましくも、頼もしくも思った次第です。

▶︎一夜にしてイタリアの『人間性のシンボル』となったシモーネ

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