ローマの高校生たちのチネマ・アメリカ占拠から10年、チネマ・トロイージの奇跡

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チネマ・アメリカからチネマ・トロイージまでの10年と産業としての映画

チネマ・アメリカの『占拠』をはじめた高校生たちを、当初から強力に支持したベルナルド・ベルトルッチは、それでも「あの映画の子たち(チネマ・アメリカの子たち)は、何も分かっていないね」と呆れていたそうです。

それもそのはずで、『占拠』をはじめた高校生たちは、どうやら映画そのものに強い関心、思い入れがあったわけではなく、通っていた高校が遠すぎて友達と一緒に過ごしたり、勉強をする時間がないことを不満に思い、自分たちが自由に集まることができる場所を確保しよう!とローマの街中をリサーチ。廃館となった歴史的な映画館、チネマアメリカを大挙して『占拠』した、というのが真相だったからです。家がローマ郊外にあるにも関わらず、中心街の高校に通っていたために、通学のみに時間を取られてしまう毎日が続いていた彼らは、誰もが解放的に集まることができる場所を必要としていました。

ところで、このチネマ・アメリカの『占拠』については、数年前に一度投稿したことがあるのですが、もう一度、ざっと追ってみたいと思います。

1950年代にトリノの建築家、アンジェロ・デ・カステロが設計したチネマ・アメリカは、歴史的にも、文化的にも、さらには政治的にも重要な位置にある映画館で、もちろん、いまだ娯楽が少なかった時代、トラステベレという庶民の街で愛される、重要な文化の中心でもありました。

しかし、いつしか時代の波に飲み込まれ、最後の映画が上映された1999年に廃館。そのまま7年間放置されることになりますが、2007年になって突然、映画館の所有者である民間企業が、38戸のミニアパートと二階建て駐車場を装備した商業施設に建て替える、という案が浮上します。そのころの巷では、その商業施設にビンゴセンターが入る、という計画まで噂され、誰もが眉を顰めたものです。

トラステベレという、ローマにおいては伝統ある庶民の街に住む人々は、民間企業が進めるその計画に、猛然と反発。自分たちの緩やかな街並みを、あるまじき「投資的な動き」から守るために即刻委員会を結成し、改装プロジェクトが違法であることをローマ市に訴えたのが、そもそものはじまりでした。

その後、一向に解決の兆しが見られないまま、地域委員会と民間企業との激しい闘いが長期に渡って続くうち、廃墟のチネマ・アメリカに押し寄せ、一気に『占拠』したのが、現在の『ピッコロ・アメリカ』の前身である高校生たちだった、というわけです。民間企業の不意をついた、その疾風のアクションに、感嘆の吐息が街角にどよめきます。2012年のことでした。

 

※まさに廃墟だった映画館は、みるみるうちに整頓されていきました。

 

「何も分かっていない」高校生たちはしかし、地域の人々、そして商業施設建設反対委員会のサポートを受けながら、13年間放置されたまま荒れ放題になっていた映画館を少しづつ掃除し、修復を進め、シンプルな内装ではあっても、365日24時間、誰でも入館することができる居心地よく、開放的なスペースを造りあげました。

当初の予定通り、勉強したり、友人たちと議論しながら、プロジェクトを進めるスペースとしてはもちろん、映画館の機能はそのままに、自分たちが選んだ映画(あるいは著名映画人がひょっこり現れて、セレクトした映画)を無料で上映し、その噂を聞きつけた人々が、続々と集まることになりました。こうしてチネマ・アメリカは、いわば「ソーシャルチネマ」として生まれ変わることになったのです。

この『占拠』には、ベルトルッチだけではなく、前述のエットレ・スコーラという映画界の大重鎮をはじめ、ナンニ・モレッティ、パオロ・ソレンティーノ、ジャンフランコ・ロージ、ダニエーレ・ルケッティ、マリオ・マルトーネという錚々たる監督陣、ヴァレリオ・マスタンドレア、エリオ・ジェルマーノ、カルロ・ヴェルドーネなどのスターたちが強い支持を表明。自らチネマ・アメリカを訪れ、高校生たちを激励し、映画という、イタリアにおいては伝統ある重要な芸術を垣間見ることなく、即刻立ち退きを迫る「投資目的、利潤を最優先する」ネオリベラルな民間企業のプロジェクトに、明らかな反旗を翻します。

そして、このチネマ・アメリカ『占拠』時代の、「映画ー文化はすべての人に、常に解放されるべきだ」という『ピッコロ・アメリカ』の理想は、多くの映画人や地域の人々と接するうちに磨き抜かれ、やがて揺るがぬものとして、現在のチネマ・トロイージの基本コンセプトに発展するわけです。

 

※高校生の『占拠』に、人気俳優や監督、音楽家が訪れて、作品をプレゼンテーションするなんて、若者たちにとっては毎日が楽しいうえ、さまざまな学びがあったことと思います。ローマの、このような無境界な街の有り様が、かつてローマに住みはじめたころのわたしには衝撃でもありました。

 

さらに、波紋は政界にも広がり、文化省大臣ダリオ・フランチェスキーニ(現文化相でもあります)が、「歴史的、政治的に重要な知的財産」であるチネマ・アメリカを擁する建造物の改装期限の延長を所有企業に要請するなど、高校生たちを支持。思い起こせばこの時期、確実に非合法な『占拠』を、文化省大臣が支持するという、イタリアの懐の深さには、感銘を受けたものです。

しかしながら、芸術・文化を理解する感性を持ち合わせていなかった所有企業は、地域の人々と映画人たちの応援、さらには文化省大臣の要請をまったく無視。2014年の夏、高校生がたったひとりしかいない時間を狙って、警察とともに映画館になだれ込み、『占拠』を力づくの強制退去にしてしまいます。

この暴力的な成り行きに、アカデミー賞受賞キャリアを持つパオロ・ソレンティーノ監督は、「チネマアメリカを閉鎖するなら、オスカーも、ローマの名誉市民をも捨てる」と激怒。また、数多くの映画人の連名で「この映画館は、ローマ市民のための文化的、社会的成長の場である。投資目的の企業には渡せない」という主旨の手紙がローマ市長に送られ、さらにはイタリア全国映画協会責任者が、文化省大臣宛に抗議文を送っています。しかもラツィオ州知事が『占拠』を支持するのみならず、当時の大統領ジョルジョ・ナポリターノまでが、高校生たちに「あなたたちの働きに、敬意を評する」とメッセージを送る事態にまで発展したのです。

結果、建物は取り壊されることはありませんでしたが、『占拠』はこの時点で終了してしまいます。

しかし高校生たちはここで諦めることなく、2015年にアソシエーション『ピッコロ・アメリカ』を立ち上げ、『占拠』立ち退きの際、ローマ市から提供された狭いスペースをベースに、トラステベレのサン・コシマート広場で、周辺のバールやジェラテリアの広告を引き受けながら「Ragazzi del Cinema Americaーチネマ・アメリカの少年たち」名義で、無料のオープンシネマを開催しはじめます。そのイベントは、広場の周囲のお店をスポンサーに、ミクロな経済循環が計算された見事なプロジェクトだったうえ、映画のセレクトも大好評で、連日連夜超満員という大成功を収めることになりました。

やがて、その功績が認められ、郊外のカサーレ・デル・チェルヴェレッタオースティアの広場、と『ピッコロ・アメリカ』が主催するオープンシネマは3箇所に広がり、文化省、ラツィオ州、ローマ市をはじめ、BNL(全国労働銀行)やSIAEをスポンサーに、夏の風物詩として毎年大々的に開催するまでに至ったのです。

しかも夜毎、「チネマ・アメリカ占拠」時代同様、マルコ・ベロッキオという大御所からマテオ・ガローネまで、イタリアを代表する映画人たちが参加し、過去の作品を自らプレゼンテーション。さらにはピエールパオロ・パソリーニ、フェデリコ・フェリーニ、ヴィム・ヴェンダース、オリバー・ストーン(本人も登場)、ウッディ・アレン、大島渚、宮崎駿、クェンティン・タランティーノ、あるいはイングリット・バーグマン特集など、新旧、国内外を問わず、マニアックな映画からポピュラーな映画まで、縦横無尽に紹介するプログラムに加え、週に1回は子供たちのためにディズニー映画も上演されました。

もちろん新進気鋭の若い監督やドキュメンタリー作家の作品のプリモ(初演)の場としても重要な機会となり、「イタリアの映画人ならば、このオープンシネマに参加しなければ示しがつかない」という空気までが形成されていくことになり、このローマの夏のイベント「チネマ・アメリカの少年たち」は、ニューヨークタイムス紙、ガーディアン紙、エル・パリス紙からも絶賛されています。

 

超満員のサン・コシマート広場。ラ・レプッブリカ紙より。

 

ところが2018年の夏、当時の政府が難民の人々の受け入れを拒んでイタリア全国の港を閉ざす政策可決した時期、その政策に全面的に反対した「チネマ・アメリカの少年たち」が「港を開こう」をスローガンにしたため、極右グループの恨みと妬みを買い、突如として暴行を受ける、という事件が起こった。その際、スタッフTシャツを着ていただけの若者が大怪我を負うのみならず、毎日スタッフの誰かが狙われ襲われる、という物騒な日々が続き、「少年たち」に常に好意的だった主要メディアが、極右グループの狼藉を連日強く非難する、という展開になりました。

緊迫した空気が漂い、一時はオープンシネマの中止も囁かれましたが、そうこうするうちに「ファシズムは違憲」、と強い意志を貫くA.N.P.I、さらに同年代のSCOMODOの若者たちが駆けつけ、「チネマ・アメリカの少年たち」と共同で上映を守り、さらには警察、カラビニエリにもがっちり保護され、 結局1回も休むことなく、すべてのプログラムを大盛況のうちに消化。隙あらば暴力で妨害しようとする極右グループを、市民が一丸となり封じ込め、大勝利を収めます。

その際にはジェレミー・アイアン、エドアルド・レオ、エリオ・ジェルマーノ、ジョヴァンニ・ヴェロネージらが「チネマ・アメリカ」のTシャツを着て、「少年たち」に連帯を表明したほか、フランシス・フォード・コッポラ、スパイク・リー、ヴィム・ヴェンダース、リチャード・ギア、キアヌ・リーブス、ポール・シュレーダー、ジョン・マルコビッチという目が眩むような国際的な大御所たちが、スローガン「港を開こう」に連帯する宣言文署名しています。

また、新型コロナの感染が拡大した2020年、2021年の夏も、ソーシャルディスタンスとオンライン予約で人数制限、という万全の対策で挑まれ、中止されることはありませんでした。

 

※2016年、サン・コシマート広場のオープンシネマで、「スプレンドール」をプレゼンテーションしたエットレ・スコーラ監督。映画は「寓話」だ。しかし高校生たちの『占拠』からはじまった物語のように、「寓話」であるはずの映画がリアリティになることもある、この「寓話」を継続しなければならない、イタリア映画は重要な文化だ、と若者たちを激励。映画、文学はイタリアのアイデンティティを確認するために重要であり、若い世代もその伝統を受け継いでいくべきだと語りました。

 

今回、チネマ・トロイージを彼らが手にしたのは、もちろん夏のオープンシネマの功績が認められたからでもありますが、前述したように、ローマ市が開催した一般コンペティションに参加して、見事勝ち得た結果でもあります。かつてベルトルッチに「何も分かっていない」と呆れられた高校生たちは、いまやローマの映画シーンにはなくてはならないプロフェッショナルなオーガナイザーに成長したのです。

なお2020年、ラツィオ州は、トゥーリズムについで、州にとっては2番目に大きな産業である映画・オーディオヴィジュアル部門に、毎年2700万ユーロの予算を拠出することを決定しました。その予算は映画制作分野のみならず、映画館や屋外での上映会、映画そのもののプロモーションに使われるのだそうです。そういえば、ここ数週間、地下鉄や屋外の広告スクリーンで、映画制作や映画館に絡んだプロモーションビデオを多く目にするようになりました。

さらにフランチェスキーニ文化省大臣は、数々の名作を生んだ、かのチネチッタを「ヨーロッパの映画産業の新しいハブ」にするために、Pnrr(Piano Nazionale di Ripresa e Resilienzaーコロナ禍を機に、欧州委員会が若い世代へ向けて各国に拠出する予算)から3億ユーロを投資することを、ヴェネチア国際映画祭で発表。「イタリアはその美しさからロケーションに使われることが多いが、今後はロケーションだけではなく、映画制作の中心となる」と発言しています。

この予算で、チネチッタの現在のスタジオを40ヘクタール拡大し、ヨーロッパの映画産業のプラットフォームに相応しい、最新のテクノロジーでイノベーションされた建造物が建築される予定だそうです。さらに映画制作スタジオだけではなく、映画的実験の場としての劇場、エコロジーをテーマにした新しいスペースやヴァーチャル・リアリティ・スペースも併設されます。

まったくの私感ではありますが、「ピッコロ・アメリカ」がローマに存在感を示しはじめた頃から、イタリア映画界の空気が途端に熱くなったように思います。またラツィオ州からも、国からも映画界への投資が明確に提示され、イタリア映画の未来が明るく輝くようです。

新型コロナの感染の拡大で、人々の余暇が動画配信に流れ、現在、ローマのいくつもの映画館が閉館されたままになっています。しかしそれらの映画館がたちまちに目覚めるような、新しい波が押し寄せてきたのかもしれない、と思える熱量を感じます。それに、そもそもわたしは「映画は断然スクリーンで」、という全身で映画を体感したい身体的鑑賞主義者なので、そうあって欲しい、と切に願います。

イタリア映画といえば、ネオリアリズム以降の黄金時代の映画群は、もちろん相変わらず素晴らしいのですが、新作もハリウッド映画とは一味違うカタルシスで、あっと驚く趣向を凝らした作品、胸が締めつけられる濃厚な感情の起伏が描かれた作品、いかにもイタリア的なアイロニー、ブラックな笑いに満ちた作品、社会問題がざっくりとえぐられる作品、練り上げられた安定の大作にみなぎっています。一度足を突っ込んだらなかなか抜けられない、このイタリア映画沼で、ぜひマニアックに耽溺していただきたい所存です。

そういうわけで、チネマ・トロイージと今後のイタリア映画の未来を楽しみにしているところでもあります。

 

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