イタリアの春、Covid-19と共存する未知の世界へ : Build Back Better

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ISS(国家高等衛生機関)と国家市民保護局から、毎日発表されるイタリア国内におけるCovid-19の感染状況データは、着実に好転していますが、予想していたよりもはるかにゆっくりとしたスピードです。犠牲者の方の数もなかなかゼロには近づきません。そこで予告されていた5月4日からのロックダウンの解除は一斉に!というわけではなく、経済活動の再開もしばらくの間は慎重を期され、業種、職種によって段階的に解除されます。眩いばかりの陽光が窓からなだれこむ、いますぐにでも出かけたくなる季節、われわれは人生はじまって以来の「ウイルスとの共存」という未知の春を迎えました。

ロックダウンからアダージョの第2フェーズへ

さて、イタリアのロックダウン生活も7週目を迎え、武漢ほどは極端ではなくとも、かなり厳格なソーシャルディスタンシングが続いているというのに、なかなか毎日の感染者数がドラスティックには減少しません。エキスパートの予測であれば、たとえばローマの感染者がゼロになるのは4月16日ということでしたが、「だったらよかったけど」とあえなく肩透かしとなりました。

ロックダウン当初、4月末には「急激に感染者数が減少する」との見込みが立てられていたにも関わらず、現実はといえば、じわじわ減少したかと思うと急に増加して、やっぱり楽観と悲観を行ったり来たりの毎日です。また、犠牲者があまりにも多すぎて、手放しで喜べる状況ではありません。それでも安定した下降トレンドには違いなく、毎日2000人を超える新しい感染者が確認されたとしても、ようやくひと息つけるデータになったところでしょうか。

ただこのところ、控えめながら疑問に感じているのが、「本当に出口が存在するのか」ということであり、まさかラビリントをぐるぐる回っているだけじゃないのだろうか、と考えては打ち消す毎日であることも、あらかじめ命題として提起しておきたいと思います。

つまり間もなくロックダウンが段階的に解除され、第2フェーズへと移行しても、盛んに議論され続けるポストコロナがいつ来るのか、というより、はたして本当に来るのか、と五里霧中に取り残されたような思いに囚われることがある、ということです。

ところで、世界中では韓国や台湾のウイルス封じ込めのテクニックが絶賛されていますが、欧州では地味ながらも健闘しているのがギリシャです。4月29日の時点で、人口約1千74万人のギリシャの総感染者数は2566人、亡くなった方が138人。観光立国でありながら、かなり低い数字になっています。

ギリシャではじめてCovid-19の感染者が確認されたのは2月27日ですから、イタリアの第1感染者とされる罹患者が確認された、ちょうど1週間後のことです。監査委員会(EU、欧州中央銀行、IMF)「トロイカ」に強いられた、長く、苦しい緊縮財政のせいで、そもそも公共医療分野にかなりの不安があったギリシャ政府は、Covid-19を対岸の火事とはみなしませんでした。そしてその謙虚さが功を奏した。

感染者が発覚するや否や、即刻全国の学校を休校にし、政治集会を禁止するとともに、欧州各国に先駆けてソーシャルディスタンシングを導入。ひとりも犠牲者を出さないうちに状況を的確に判断した迅速な対応で、Covid-19の国内侵入を最小限に抑えています。

イタリアに関しては、確かに感染が発覚した直後、感染者が出た地域をただちにレッドゾーンに指定。封鎖しました。しかし、実は他にもレッド・ゾーンとして指定されるべき地域があり、その事実をエキスパートたちが早くから警告していたにも関わらず、地域が国内でも欧州でも指折り産業地域だったため、Confindustria(イタリア経団連)の猛反対にあい、対応が2週間以上も遅れてしまった。

いまさらではありますが、ギリシャのように謙虚な振る舞いで全国規模の迅速な対応をとっていたなら、これほどの惨事にならずに済んだのに、と悔やまれます。

当時、すでに感染が深刻で、亡くなった方がいらっしゃったにも関わらず、「たいして騒ぐほどのことでもない」という風潮も手伝い、人々が感染地域を自由に行き来しながら仕事に出かけ、モヴィーダへナイトクラビングに繰り出し、いつも通りの生活を送ったことが、初動最大のエラーです。

そして、2ヶ月という時間が経ったからこそ、そんな分析もできるわけで、当時は何が起こっているのか、冷静に考える余裕は、まったくありませんでした。

 

4月25日は、パルチザンの活躍で、ナチ・ファシズムからイタリアを取り戻した75 年めの「解放記念日」でした。例年であれば、ANPIを中心にアンチファの市民が集まって広場を占領。「自由」を分かち合いますが、ロックダウン中の今年は、午後15時が待ち合わせとなり、街中でパルチザンのテーマソング『ベッラ・チャオ』が合唱された。近所でも、それぞれの窓からそれぞれの『ベッラ・チャオ』が響き渡り、何の歌かわからないほどのカオスでした。まもなくロックダウンの段階的な解除を控え、イタリアの再誕をシンボライズする、気合が入った「解放記念日」。どうでもいいことですが、イタリアの三色旗だと、こうして空を駆け巡ることができますが、「星条旗だとありえないことだ」とも考えた次第です。

一歩ずつ、段階的なロックダウン解除

さすがに7週目を迎えると、最初はどうということもなかったロックダウンも、なかなかの苦痛になってきます。

同じ建物内に住む30歳くらいの青年は「言っとくけど、僕はもう限界なんだ。特に天気のいい日は落ち込むよね。はやくなんとかして、この状況から脱出したい」と、1日何回も犬の散歩に出かけているようです。犬くんはといえば、エレベーターの前の踊り場で跳び回ってはしゃいでいるので、思いがけず、1日に何度も散歩に出かけられることが嬉しいには違いありません。

いずれにしても、天気のいい日の午後などに買い物に出かけると、とてもロックダウン中とは思えない数の人々が、閉鎖された公園の周りを、2mほどの距離をおいてぐるぐる散歩しています。そしてわたしには、その気持ちがよくわかります。わたしも同じ動機で、とるに足らない買い物を口実に、ウイルスが待っているかもしれない未知の世界へと通じる玄関の扉を「マスク、手袋、ポケットには消毒液」の重装備で、勢いよく開けるからです。

そろそろイタリアの市民が、封鎖疲れと先行き不透明感に押しつぶされそうになる頃。しかも毎日好天続きで参ります。

さて、解除が予定され第2フェーズへと突入する5月4日が近づきつつある4月21日、ソーシャルディスタンシングとマスク着用で開かれた上院、及び下院議会で、ジュゼッペ・コンテ首相が解除後の5つの規定の要旨を発表しました。その規定は、地域の感染状況にかかわらず、イタリア全土で共有される「全国プラン」です。

当初は地域の感染状況に合わせて、州ごとに封鎖時期をずらしたり、規定を変える、という案もありましたが、結局「全国プラン」が発表されたのは、独自の規定を推進しようとする、特に北部イタリアの州政治に対する、国政優位性強調する意図もあったのだと思います。

それでもやっぱりヴェネト州、ロンバルディア州などの北部の州は、独自の解除規定を設け、いくつかの企業や商店を開く準備をしているそうです。ともあれ、コンテ首相から対策の要約として発表されたのは以下の内容でした。

1.ロックダウン解除後も1mー2mのソーシャルディスタンシングを適用しつつ、ワクチンが開発されるまでは、市民はマスク、手袋など防御対策をしてウイルス拡大を防ぐ。2. 地域の社会問題と医療を結合し、特に感染が拡大した地域で起きたRSA (高齢者医療介護施設)での急激な院内感染から、高齢者守る (その経緯4ページ)。3.医療従事者、また他の病気に罹患している人を感染から守るために、イタリア全国にCovid専用病院を増設する。4.全国規模でPCR検査、抗体検査を広範に渡って行う。5.感染者に濃厚接触した人をマップ化するコンタクト・トレーシング・アプリを導入。これは本質的な対策ではあるが、個人の自由を尊重し、義務化はしない(プライバシー問題で議論が続いています)。

ソーシャルディスタンシング、マスク、手袋、日々の検温など、あらゆる感染対策のもと、5月4日から働くことができるようになるのは約500万人。約束された抗体検査はまず15万件から実施されます。

また、4月26日のコンテ首相のプレスでは、第2フェーズの具体的なプログラムが公表されました。しかしながら、もし再び感染が拡大するようなことがあればダカーポ、再び制限する可能性がある、ということも強調されています。

●5月14日から再開されるのは手工業製品関係、工場、建設業、卸業、搬出業などでいずれも政府のプロトコル(保健省から発表の予定に沿った感染対策が講じられます。●家の中で集合することがなく(ホームパーティはもちろんNG)、マスクを着用するのであれば、祖父母を含む家族とは会うことができます。感染者の4人にひとり家族感染となっているため、家族内でもソーシャルディスタンシングは必須です。

●ロックダウンで家族がいる自宅へ戻れなかった人々も帰宅が許されます。●どのような状況でも人が集まることは固く禁止されます。●仕事、健康上の緊急な用事がない限り、州外への移動はできませんが、証明できる理由があれば州内なら移動することも可能になります。ただし政府が新たに用意する自己申告書の携帯が必要です。●37.5℃以上の熱、あるいは呼吸器になんらかの症状がある人は外出できません。

●ロックダウン中、お葬式は禁止されていましたが、15人以内の近親者で、マスクを着用のうえ、少なくとも1mの距離をとることができれば、お葬式も可能となります。一方、教会での礼拝はまだ再開されません。●閉鎖されていた公園は入り口で人数が規制されながら再開されます。

●公共のスペースであれ、個人スペースであれイベントは禁止されます。●2mの距離を取ることができれば、自宅から離れた戸外でのスポーツは可能です。また、プロスポーツ選手の屋内での個人トレーニングは許可されますが、集合してのトレーニングは禁止されます。

●バールやレストランでテイクアウトができるようになります。店内での食事は禁止され、ひとりずつ入店しての注文となります。また、バールやレストランの入り口付近での飲食は禁止されます。

各商店5月18日からの再開となります。また美術館、展覧会、図書館などの文化施設も5月18日からの再開です。●サッカーチームのトレーニングもこの日からの再開が予定されています。

●バール、レストラン、理髪店、ヘアサロン、エステティックサロンなどは6月1日からの再開となります(感染データが安定し、5月18日からの再開となりました)。

学校9月まで休校になったままとなるため、ロックダウンが解除されて両親が働きはじめた場合、子供たちはひとりで家にいなければならないのではないか、などの疑問がありましたが、すでに施行されているベビーシッター予算が適用されることになりました。

ともあれ、第2フェーズとはいえ、に向かってまだまだ制限された生活が待っているのは、正直、なかなか辛いことです。しかしながら、もしロックダウンをたったいま完全に解除すると、6月には15万の人々が集中治療室を必要とする状況になる、というエキスパートの試算が出ており、ここは市民の辛抱が必要な局面です。

さらにバス、地下鉄などの交通機関でもソーシャルディスタンシングが厳格に遵守されることになりました。となると、ラッシュアワーも含め、バス、あるいは地下鉄の乗車人数制限され、地下鉄に乗るためだけに1時間待ち、ということが起こるかもしれず、混乱が予想されます。

今年の夏休みはイタリア国内のみに限定されそうな空気も流れており、映画館劇場の再開がいつになるかも、まだ明確にされていません。しかし薬局によって5枚10ユーロ、1枚5ユーロと価格がまちまちだったマスクが一枚50セント(約58円)に統一されたのは朗報でした。

そういうわけで5月4日の時点では、仕事がはじまる人以外は、家族に会えるようになること、遠方まで散歩、ジョギングができること以外、ライフスタイルにほとんど変化がなく、いつも通り、他の人と距離をとる、ちょっとよそよそしい日常を過ごさなければならないということです。

なお、EUから拠出される各国経済支援金に関しては現在協議が続いていますが、とりあえずは、ウイルス被害が大きい国への貸付と純粋な支援を組み合わせた「リカバリー・ファンド」というスタイルが取られることになり、今後、その内容が詰められていくそうです。

また欧州議会からは、病院、医療分野の拠出のみに適用される、無利子・無条件のMES(欧州安定メカニズム)が提案され、今後イタリアが、そのMESを申請する可能性もあります。

さらに政府は、従業員が10人以下の会社を含めた企業の支援策とともに、最も大きい打撃を受けた観光業などに特別な支援に関する政策を準備中です。各銀行が、切迫した企業に融資を出し渋らないよう、監視もしていくそうです。

いずれにしても 、Sars-CoV-2については、ネットのおかげもあって情報がたくさん入ってくるのはありがたいことですが、同時に情報が多すぎて混沌とし、何が正しい見解なのか、今後どのような未来が待っているのかが、明確に見えてこないのは困ったことです。

テレビでは毎日、ウイルス学者や医師、統計学者がそれぞれにそれぞれの意見を延べるため、混乱もします。したがって情報がありすぎることは、情報がまったくないことと同じなのだ、と改めて感じる次第です。

今まで理解したことは、といえば「このウイルスについて多くの説はあるが、まだ何も分かっていない」、「抗体検査をしたところで、その抗体がどれほどの期間、効力を発揮するかも分からない」「ワクチンも、少なくとも世界中で約70チームで研究が行われているが、いつ一般市民に投与できるようになるかは分からない」と、分からないづくしで、結局このウイルスを効果的に防ぐには、ソーシャルディスタンティングとモダンな名前に変わった中世以来の伝統的な隔離法しかない、ということでしょうか。

 

アダムにも、消毒液が必要になる時代に突入しました。ミケランジェロもびっくりの2020年。

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