マフィアの起源を探して19世紀、ガリバルディのイタリア統一前後、映画『山猫』のシチリアへ

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3人のスペインの騎士の伝説「オッソ・マストロッソ・カルカニョッソ」の謎

マフィアそのものの歴史的な要素としては、まったく重要視されてはいませんが、現代に至るまで、その物語が「ンドゥランゲタ」に聖域として利用され続けている(と言われる)、スペインの3人の騎士にまつわる伝説があります。その伝説「オッソ・マストロッソ・カルカニョッソ」は、どう考えてもフォークロアな、荒唐無稽な物語とはいえ、一概に笑い飛ばせない現実を孕んでいる、と主張する人々がいるのです。

時代は1412年(1417年説も)まで遡ります。オッソ・マストロッソ・カルカニョッソという名の3人兄弟は、トレドで創立された「ガルドゥーニャ」という秘密結社に属するスペインの騎士でした。「ガルドゥーニャ」とは軍隊のような、あるいは僧侶の集団のような厳格な規則がある犯罪組織に似た集団で、当時のスペインの政治権力に強い影響力を持っていたとされます。

その「ガルドゥーニャ」に属する3人の騎士たちは、ある日、彼らの妹が陵辱されたことから、「家族の名誉が傷つけられた」と、妹を辱めた人物を殺害して復讐を果たします。しかし、その後殺人罪に問われた3人の騎士たちは、シチリア、エガディ諸島のひとつ、ファビニアーナ島(当時スペイン領)の、牢獄として使われていた洞窟に閉じ込められることになりました。

ちなみに3人の騎士が属していたとされる秘密結社、「ガルドゥーニャ」の存在の真偽については、多くの学者たちの研究に基づき、「実際に存在したことはなく、19世紀の小説<スペイン人によりフランスで発表された>による創作」と結論づけられています。なお、現在のファビニアーナ島はマグロ漁とその加工で有名で、夏ともなると世界中からヴァカンス客が押し寄せる、こじんまりと美しい島です。

さて、3人の騎士たちが幽閉されたファビニアーナ島にひたすら長い時が過ぎ、刑期が終わる30年を迎えた日の朝、ようやく3人は出獄できることになりましたが、その30年の間にいったい何が起こったのか、3人の騎士は、それぞれにまったく違う知識、儀式、風習を持つ新しい人物として生まれ変わっていました。その3人にとっての共通の絆はといえば、あえて言うなら「名誉と沈黙」のみでした。

牢獄を出た3人は、それぞれに別れを告げることになり、最も怠け者だったオッソはシチリアに残り「コーザ・ノストラ」を、マストロッソはメッシーナから船に乗ってカラブリアへ渡り「ンドゥランゲタ」を、カルカニョッソはナポリ王国へ行き「カモッラ」を創立します。500年以上もの昔、その3人が作った犯罪組織が、現代に至るまで特殊な妖術で人々を惑わせ、強い力を保っている、というのがこの伝説のストーリーです。

そして、マストロッソが創立した、と語られる「ンドゥランゲタ」が、組織の連帯を強固にするために、この荒唐無稽な伝説をベースにした神秘的な儀式を継続している、という報告があるのです。

オッソ・マストロッソ・カルカニョッソの肖像。Fanpage.itより。

もちろんこの伝説については、多くの研究者たちが「フォークロア」と結論づけ、ほとんど重要視していませんが、「オッソ・マストロッソ・カルカニョッソ」(2010年)と題した本の著者である元『イタリア共産党』下院議員のエンツォ・チコンテは、次のような発言をしています。チコンテは、パヴィア大学で「イタリアマフィアの歴史」をテーマとした講義を展開する学者でもあります。

「儀式は、犯罪組織にとっては非常に重要な、キリスト教徒にとっての聖書、ムスリムにとってのクアルーンのようなものだ。儀式がなければマフィアは何者でもない。近年のレッジョ・カラブリア、そしてミラノの捜査において、組織内で神秘的な儀式が行われていることが証明されている。私は著書『オッソ・マストロッソ・カルカニョッソ』で、いまだにこの不吉なスペインの3人の騎士に由来する儀式が(ンドゥランゲタの内部で)行われていることを説明しようとしたのだ。もちろん、今から『ンドゥランゲタ』に加盟したいと希望する若者たちに、あらゆる土地を破滅させ、死をもたらす、この3人の騎士に忠誠を誓ってはならない、との意図からだ」

チコンテが言う、この儀式については2013年、ローマで殺人罪に問われた「ンドゥランゲタ」のメンバーの自宅から、ギリシャ文字、ラテン文字、特殊記号による暗号の手引きが発見され、解読された結果、その中に(ンドゥランゲタ加入のための)洗礼の儀式に使われる「サン・ルカ法典」が発見されたそうです。さらに2018年、ローマの周辺で(ンドゥランゲタの)儀式に関する32枚のメモが見つかった、という経緯もあります。

「(現代のマフィアには、そのような古色蒼然とした)儀式はもはや存在しない、とその存在を無視しようとする傾向があるが、それは間違いだ。手錠と刑務所だけではマフィアとは闘えない。まずは文化のレベルで根絶しなければならない。『オッソ・マストロッソ・カルカニョッソ』は、ただの伝説、寓話でしかない。しかも組織の儀式で約束されたことは、守られることはない(宣誓したはずの組織からは、簡単に裏切られる)。その(神秘的な)世界に憧れを持つ若者たちには、それをはっきりと示さなければならない」と、チコンテは言います。

また、上院下院議員で構成された2017年の「アンチマフィア政府調査委員会」で、チコンテはマフィアフリーメイソンの関係に言及する興味深い発言をもしています。もちろん、すべてのフリーメイソンのロッジがマフィアと繋がっているわけではなくとも、どちらも秘密組織という特殊な形態を持つため、その関係がたびたび取り沙汰されてきたのは事実です。その傾向は、特に南イタリアで顕著であり、たとえば『鉛の時代』に暗躍したフリーメイソン系『秘密結社ロッジャP2』のメンバーである軍及び内務省の諜報機関幹部が「コーザ・ノストラ」「ンドゥランゲタ」「バンダ・デッラ・マリアーナ」と緊密な関係を持っていたことは有名です。

さらに、前述した「コーザ・ノストラ」の大ボスであるマテオ・メッシーナ・デナーロが逮捕された際にも、大ボスの治療に携わっていた主治医が、「イタリア大東社」のメンバーであることが発覚し、連日のようにメディアを賑わせました。

その大ボスが捕まったシチリアのトラパニにある小さい街には、16とも19とも言われる、多数のフリーメイソンのロッジが存在するとされ、それらのロッジには「コーザ・ノストラ」のメンバーが多く潜入しているため、フリーメーソン本部「イタリア大東社」の元グランドマスターは、「ロッジからの誘いからは遠ざかるように」とその地区のメンバーに助言していたそうです(Corriere della Sera紙)。話題になったメッシーナ・デナーロの主治医は、「イタリア大東社」から即刻「無期限の停職」を言い渡されています。

ところで、ローマにおけるフリーメイソン本部「イタリア大東社」は、企業家、政治家、学者たちによる、いわばエリートたちで形成された一種の紳士クラブ、という印象であり、陰謀が企てられる場所、というよりは、それぞれの利益を拡大するための交流ネットワークだと認識しています。一般にも公開される「イタリア大東社」主催の本のプレゼンテーションなどのイベントに参加してみたこともありましたが、おどろおどろした秘密の会合、というわけではなく、真摯な勉強会のようでもありました。

なお「コーザ・ノストラ」の場合、「プンチュータ(punciuta)」と呼ばれる儀式が知られており、組織に加盟を希望する者は、ローカルマフィアのボスたちの目前で、銃の引き金を引く右手の人差し指に、Arancio amaro (アランチョ・アマーロ=ビターオレンジ)の棘、あるいは金の針を刺し、聖像が描かれた絵にその血を垂らしてそれを燃やすことにより、組織の掟への忠誠を誓うのだそうです。

その掟とは、⚫︎他のメンバーの妻との密通の禁止。⚫︎他のメンバーから盗まない。⚫︎売春ビジネスに手を染めない。⚫︎必然的な理由がない限り、他のグループのボス(uomini d’onore)を殺害しない。⚫︎警察に告発しない。⚫︎部外者に対する絶対的沈黙。⚫︎他のボスの組織には自分ひとりの判断では加盟できない(両方の組織のボスを知っている第3者の紹介が必要)などです(イタリア語版Wikipedia)。

とはいえ「コーザ・ノストラ」においては、プンチュータのような儀式はほとんど行われなくなり、さらに掟そのものも曖昧になっている、と言われ、この儀式について、チコンテは「アンチマフィア政府調査委員会」で次のように述べています。

「おそらく『コーザ・ノストラ』はメンバーを増やすことを、それほど重要だと考えているわけではないのだろうと思われる。(略)彼らにとっての誓いはたったひとつ、マフィアの誓いだけであり、加盟希望者に対するマフィアたちの反応は『よかろう。誓いを立てろ。しかしその誓いでわれわれに忠誠を約束しているわけではないだろう』というものだ。真の誓いは『コーザ・ノストラ』のために何をするかであり、『われわれに信頼のない(表面的な)誓いには意味がない。しかし加盟は許してもよかろう』ぐらいのものだ」

一方、「ンドゥランゲタ」では、組織の秘密を維持するために儀式重要視し、結成された当初は、伝説の「オッソ・マストロッソ・カルカニョッソ」に忠誠を誓う儀式が行われていたそうですが、その儀式はさらに発展している、とチコンテは言います。

「当初は、メンバーは33人と決まっていたが、やがてその人数が膨れ上がってしまったため、合理的に統制がとれる構成にするため、別のレベルが必要になってきたのだ。つまり、それがさらなる聖域の存在だということだ。なぜかというと、まず第1に、さらなる聖域の儀式に参加できるのはフリーメイソンに加入した者だけであること(選別)、第2に聖なる儀式に参加する者たちは、組織の本質を守るために、権力を持たない(オッソ・マストロッソ・カルカニョッソにだけ誓いを立てた)下部組織メンバーを、警察に売ることにより、組織の存在を隠すことができるからだ(秘匿)。これが何を意味するかというと、(さらなる聖域の)儀式の参加者こそが、『ンドゥランゲタ』の腹心であり、正当であるということだ」

「かつては『オッソ・マストロッソ・カルカニョッソ』だけに誓いを立てていた『ンドゥランゲタ』は、さらに、ガリバルディマッツィーニ(Giuseppe Mazzini)、ラ・マルモラ(Alessandro La Marmora?)に、二重に誓いを立てる儀式を行うようになった。というのも、この3人はフリーメイソンであり、そのうちの2人は将軍でもあったからだ。したがってこの儀式はフォークロアではないのだ。『ンドゥランゲタ』の儀式を理解しない者は、現代に連綿と続くその本質を理解する機会を失っている。シンゲン(ドイツの都市)には『オッソ・マストロッソ・カルカニョッソ』という名の店がオープンし、数ヶ月前には、カラブリアではなくロンバルディアで、聖なる儀式が撮影されているのだ」

「ンドゥランゲタ」と(一部の)フリーメーソンの関係を語る、このチコンテの発言に関して、真偽を問うことは、わたしには不可能ですが、チコンテの発言が真実だと仮定するなら、「ンドゥランゲタ」に関しては、一種のカルト宗教のような神秘を核にした構造が、組織の統制を維持するために機能しているのだと考えられます。まず、「オッソ・マストロッソ・カルカニョッソ」の伝説は、いずれの時代かは定かではなくとも、おそらく刑務所の中で、マフィアの構成員である受刑者たちにより構築された、との説が研究者たちによって推測されているのです。

ともあれ、このスペインの3人の騎士を崇拝する「ンドゥランゲタ」の儀式がインスピレーションになったと思われるホラー映画「クラシックホラーストーリー」(Netflix)が、2021年に制作されています。そもそもホラーが非常に苦手なわたしは、まったく映画を楽しむことができず、お勧めもしませんが、「ンドゥランゲタ」という秘密犯罪組織の恐怖を、現代ホラーという手法で暗示的に描いたのであろうことは想像できます。

このように「ンドゥランゲタ」もまた、「コーザ・ノストラ」同様、複雑怪奇な犯罪組織には違いなくとも、とりあえずは今後少しずつ、シチリアのマフィアを中心に不定期に調べていこうと思う次第です。

To be continued….

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