キャビネットRS/33とミスターX
ベニート・ムッソリーニにより、ローマ大学サピエンツァ内に設置された、と言われるキャビネットRS/33を調べるために、ネットのあちらこちらを彷徨ってみましたが、残念ながら、存在の確証が得られるような情報は、まったく存在しないのです。キャビネットRS/33について書かれた本が一冊出版されてはいるようですが、概要を見て、あまり食指が動かなかったため、結局購入はしないままとなりました。
いずれにしても、ネット上に散らばるキャビネットRS/33の物語は、存在そのものが機密情報とされるという理由からか、その実験室で実際にどのような実験が行われていたかの詳細な記録は見つからず、概要として、真偽が定かではないストーリーが語られるに過ぎません。
どちらかといえばオカルト系?と思われるウェブサイトによると、グリエルモ・マルコーニが統括したとされるキャビネットRS/33は、落下した飛行体とパイロットふたりを研究したうえで、人類由来のものではない可能性を強く提唱しましたが、やはりムッソリーニは頑なに、イタリアより進んだ技術を持つ、ドイツ由来の飛行体だと信じたようです。前述したCUNのUfo学者ロベルト・ピノッティは「ムッソリーニは、見たこともないような高度な技術を持つ、ナチス・ドイツのような軍事大国と同盟を結ぶのは好都合であり、かつて見たことのない航空機を製造することができると考えたのだろう」と仮説を立てています。なるほど、なんとなくありそうな話ではあります。
1939年(日独伊三国同盟の1年前)、イタリアはドイツと政治・軍事同盟を組むことになりますが、それからはナチス当局もキャビネットRS/33のファイルにアクセスできるようになったそうで(ムッソリーニは、墜落したのがドイツ由来の飛行体と信じていたにも関わらず、結局それが見当違いだった経緯の詳細はどこにも記述が見つけられませんでした)、やがてドイツでは、リバースエンジニアリングに基づいた円盤型の航空機V7や、空中で宙吊りになって動く釣鐘型の装甲装置、秘密実験兵器ヴンダーヴァッフェン、有名な殺人光線ー指向性エネルギー兵器の開発がはじまったと言われます。これらの兵器については、戦争特派員であるルイジ・ロメロサが、ドイツのミサイル基地で実際に見た、との証言をしています。
いかにも初期のSFに出てきそうな、この「Il raggio della morte=殺人光線」という兵器は、イタリアにおいてはまったく証拠がないまま、1935年、マルコーニによって実際、開発に成功したと言われ(ニコラ・テスラ開発説が流布しているにも関わらず)、マルコーニ自身がニューヨーク・ヘラルド紙に、淡々とその事実を否定する、という経緯もありました。ただ、2010年に出版された「イタリア地球物理学の物語のために」(フランコ・フォレスタ・マルティン、ゲッピ・カルカラ/springer)には、次のような伝説が記されているそうです。
その不可解な現象は1936年6月に起こっています。ローマとオースティアを結ぶ道路で、ムッソリーニの妻ラチェル・グイディをのせた車を含む何台かの車が、理由がわからないままに、かなりの時間まったく動けなくなり、立ち往生する、という出来事が起こりました。帰宅したグイディがそのことを夫に話すと、ムッソリーニは、「イタリアを無敵にする殺人光線と呼ばれる兵器を研究するマルコーニの実験だ」と説明したと言うのです。
1945年には、ムッソリーニが処刑される直前にインタビューを受けた、ファシスト政権の専属ジャーナリストイヴァノエ・フォッサーニが、「ローマ教皇から『殺人光線』の危険性について説得されたマルコーニは、すでに完成したその兵器をムッソリーニには手渡さず、どんな説得にもマルコーニは気持ちを変えることがないまま、秘密を明かすことなく1937年に亡くなった」、と語りました(イタリアWired誌)。またマルコーニは後年、自らの研究から発展したラジオが、ファシスト政権の大々的プロパガンダに使われたことを憂慮し、「わたしの研究は、本当に人々のためになったのだろうか」と苦悩していた、というエピソードを、さまざまな記事で目にすることになりました。
このように、マルコーニが「殺人光線」を発明しながら実用化を拒絶した、という物語が語られ続ける一方、実は別ヴァージョンもネット上に散見されるのです。それは1938年、まるで異次元にワープしたかのように、何の手がかりも残さず失踪した、若き天才物理学者エットレ・マヨラーナが、その開発の原点である、というものです。
マヨラーナは、エンリコ・フェルミが率いるローマ大学サピエンツァの原子核物理学インスティチュート、通称「パニスペルナ通りの少年たち」の一員で、フェルミをして「マヨラーナはずば抜けている」と驚嘆させた、という逸話が残るほどの異才です。そのマヨラーナが、ある日突然いなくなってしまうわけですが、その失踪の理由も、いったいどこに消えてしまったのかも、いまだにまったく明らかになっていません。
その後のマヨラーナについてはさまざまな説があり、レオナルド・シャーシャから、ジョルジョ・アガンベンにいたるまで、多くの作家、研究家、ドキュメンタリー作家たちが、その行方を推理し続けており、「殺人光線」マヨラーナ起源説は、そのうちのひとつである、シャーシャが推理した修道院への隠遁を基に構築されています。失踪後、修行僧として修道院に身を寄せていたマヨラーナが、無名の弟子(ラ・レプッブリカ紙によると、あまり芳しくない評判を持つ人物だったようですが)に送った手紙に、この幻想的な兵器の理論の詳細がしたためられていた、と言うのです。
マヨラーナ説に基づき開発されたこの兵器は、殺傷力のみならず、金属を分解することで、莫大なエネルギーを生み出す能力があるとされ、Youtubeにも、実際にマヨラーナ理論に基づいて製造された(と言われる)機械が実験された古い動画が複数上がっています。しかしながら、この「殺人光線」を誰が開発したかには流行があるようで、過去の一時期はマヨラーナ説が有力でしたが、現代ではマルコーニ説が多く語られるようになりました。
なお、イタリアWired誌は、プロパガンダや噂はさておき、マルコーニ自身はそのような兵器の開発を常に否定しており、その存在を示す証拠は何ひとつない、と断言しています。確かなのは、マルコーニは国際的に認められたスター科学者であり、ファシズムを支持していたことで(政権から研究のための予算を得ていたわけですから)政権のシンボルとなって、政権そのもののイメージを一流に押し上げた、ということだけです。
また、マルコーニは以前から、電磁波が通信手段であるだけではなく、動く物体を探知するために使えることに気づき、各地の研究所で、位置を特定することを目的に、さまざまな動く物体(飛行機、車、牛など)にマイクロ波ビームを当て(もちろん損傷するためではなく)、それをアンテナに収束させる、という実験を繰り返していました。そしてこれらの実験に関する記述が、幻の殺人光線伝説を生み出したのでは?と推測されています。
ところが1996年、突如として「ファシストのXファイル」という一連のミステリアスな文書が浮上し、マルコーニの「殺人光線」は、1933年に墜落した未確認飛行物体とエイリアンのリバースエンジニアリングの結果として誕生した、との説が流布するようになったのです。
この「ファシストのXファイル」から再び、ムッソリーニのUfoの物語に戻ることになるわけですが、前述した民間のアソシエーションCUN(国立Ufo研究所)に、かつてキャビネットRS/33の研究者だった人物の家族だと言うミスターXから、約10通の書類が送られてきたのが、根強く語られ続けるUfo→キャビネットRS/33→マルコーニの殺人光線物語のはじまりであり、それが前述した、1933年6月13日、国家中枢間を行き交ったとされる電報を含む書類です。
それらの「ファシストのXファイル」は、CUNのメンバーによって検証された結果、紛れもない真性とされ、現在、チャールズ・グルシュの内部告発に絡めて、CUNのホームページにプレス・リリースされていることは、先で述べた通りです。
しかし、「ファシストのXファイル」に関しては、多くの科学者や他のUfo学者たちが強い疑義を唱え、たとえばCICAP(イタリア疑似科学主張統制委員会)の秘書を務めるブロガーで、Youtubeにもチャンネルを持つマッシモ・ポリドーロは、CUNの書類の検証のあり方に疑問を呈しているのです。ポリドーロは自らのチャンネルで、このような主旨の発言をしています。
「そもそも1933年に、飛行機(飛行体)が墜落したなどという事件に関する記述は、公的なアーカイブには何ひとつ存在していない。送られてきた書類は、確かに紙そのものは当時の紙かもしれないが、骨董市などで古紙はいくらでも手に入るし、古いタイプライターを使えば、簡単に書類を作成することもできる。それにミスターXから送られてきた書類には、省庁のスタンプは打たれておらず、『公文書』ではない。その内容も、未確認飛行物体ではなく、未知の飛行機がイタリア領内に着陸した、としか書かれてはいないのだ。まず、CUNが独自に検証しただけで、他の機関に依頼して確実に検証すること、また書類を送ったミスターXの正体を公表することをも拒否している のは問題だ」
同じくCICAPのUfo研究家、ジョゼッぺ・スティロも、リチャード・グルシュの「1933年にイタリアに墜落したUfoがエリア51に保管されている」という内部告発について、Fanpage.itの長文インタビューに次のように答えました。以下、要約して抜粋します。
「かつてイタリア系の陸軍大佐で、Ufoの存在を同じように主張していた人物が存在していたが、たとえ告発者が陸軍将校、空軍パイロット、シークレット・サービスの出身者だったとしても、推論には常に慎重であるべきなんだ。少なくとも(グルシュは)自分の発言を裏付ける証拠を何ひとつ提示してはいない」
「Ufo学と呼ばれるものは75年間続いており、このような発言はほとんど最初から繰り返されてきた。特に、地球外生命体(当時は火星人と呼ばれていたが)の遺体がアメリカ政府によって隠されているという説は1949年の夏に、アメリカの新聞に体系的に掲載されたという経緯もあった。このようなある種の神話を語る者たちの中には、科学者や軍関係者、政府の指導者もいる。しかし国防大臣が占星術を信じているからといって、占星術に信憑性がある、というわけではないだろう」
「グルシュは1990年代からイタリアに広まるムッソリーニのUfoの話を持ち出しているが、それはナチスが保管していたと言われるUfo神話と結びついた物語だ。送られてきた文書(ファシストのXファイル)は、それを受け取った人々が鑑定した結果、確かにアンティークの紙であることが確認されたため、当時、わたしたちが他の方法で鑑定したい、と申し出たところ、彼らからは何の反応も得られなかった。それらの文書が興味深いものではない、とは言い切れないが、そう簡単に真性だとは認められない」
「われわれCICAP(イタリア疑似科学主張統制委員会)は、現在出回っている情報はゴミであり、われわれがすべて解決する、と自分たちの優越性を示したいわけではないのだ。答えが出ないことは、もちろん山のように存在する。われわれの興味は、『火星人や宇宙人、幽霊は存在しない。血の涙を流すマドンナはいない』と断言することではなく、現象が本当に存在する、という証拠の明確な提示を、人々に考えてほしいということだ。それは現象がどのように証明され、反証されるのか、証拠とは何か、論理とは何か、ということであり、合理的で、批判的で、論理的な思考を促進することだ」
「グルシュのような人物は、過去に何十人もリストアップできる。要するに人々の当局に対する一般的な不信感が、(このような話が広まる)現代が抱える問題のひとつである。われわれは、政府が宇宙人を隠している、という事項も含めて、常に何かが隠されていると信じたがっている。これからもこのような告発はいくつも出てくることだろう。問題は、反証するために検証できるようにすること。何ひとつチェックできないものに、どのように反証すればいいのか。たとえば友人から『昨日、マドンナを見たんだ』と言われたら、なんと答えればいいのか、わたしは反証するシステムを持たない。問題は、この種の物語が雪だるま式に増幅していくことだ」
「あらゆる種類の物語がある。ある人物が別の話から部分的な説をコピーし、ある人物はある部分を別の要素に置き換える。まず、誰が最初にそのディテールを取り入れたかを確認しなければならない。そして、このように膨れ上がった話が繰り返されることによって、何もないところに、本当に何かがあるような印象を人々に与えることになる。物語の絶え間ない繰り返し。そう、繰り返しこそが広告効果であり、マーケティングの効果だ。CICAPは、このような考え方に対して警戒するようにアドバイスしている。『本物のUFOがやってくるはずはない』であるとか、『何も信じるべきではない』ということではなく、人々に考えることを提唱したいのだ」
というわけで、CICAPの人々は、今回の米国発のUap(Ufo)に関する内部告発に対しても、徹底的な検証を求めているわけですが、Ufoのような未知の現象の証拠を米国が保有しているのなら、それらを長年に渡って、隠匿し続ける理由(軍事機密として)がさっぱり分からない、というのが、個人的な感想です。それとも米軍は、リバースエンジニアリングで、あっと驚く幻の兵器を研究しているのか、あるいは何らかの心理プロパガンダなのか。
もちろん、Ufoがいったい何であるのか、その正体が明らかになるのであれば、ワクワクもしますが、ムッソリーニのUfo、キャビネットRS/33の存在については、歴史SF物語としては面白くても、どこかしら怪しく、曖昧で、真偽についての判断は控えたいと思う次第です。墜落したのはUfoではなく、ムッソリーニが考えたように、本当にドイツ軍の偵察機かなにかで、その形状から、ただの飛行船だった可能性も考えられるかもしれない、などと、かつてUfoにあれほど執心していたにも関わらず、まったく夢のないことすら考えます。しかし、こうして分別に振り回されることは、寂しいことなのかもしれません。
もはや、何が起こってもおかしくない世界ではありますが、古代文明の遺跡や、聖書をはじめとする古文書に「これはひょっとしたらUfoなのではないのか」とも考えられる表現があちらこちらに見られる未確認飛行物体現象に関しては、こうして信じるでもなく、疑うでもなく、やはり一定の距離を保ちつつ、今後、どのように発展するのか、それとも発展しないのか、ぼちぼちと動向を追ってみたい、と思っているところです。