ロシア、米国、中国、欧州連合:列強入り乱れるイタリアと『世界家族会議』

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だいたい『世界家族会議』とはいったい何なのか

そこでもう少し、『世界家族会議』の内容を知りたい、と考え、イタリア語や日本語ネットを逍遙していたところ、なんと、そのものズバリ。『リベラルを潰せー世界を覆う保守ネットワークの正体』(金子夏樹著/新潮新書)という、日本で出版されて間もない本に出会ったわけです。Kindle版で一気に読ませていただきましたが、頭の中でモヤモヤしていた事柄が、この本のおかげで、だいぶん整理されたように思います。

『リベラルを潰せ』には、ソ連崩壊後、ロシアの社会学者アナトリー・アントノフと米国の社会学者アラン・カールソンの協力による、『世界家族会議』1997年創立の動機から、福音派などの米国宗教右派、ロシア正教を核として、米国、ロシア、欧州各国、そしてもちろんイタリアの、現在の政治における保守・右傾化の要因となった宗教思想の構造が明瞭に描かれています。

最近はイタリアの国営テレビのインタビューに登場するまでに市民権を得たスティーブ・バノン、以前から時々イタリアメディアに登場していた「プーチンのラスプーチン」と呼ばれる哲学者、地政学者のアレクサンドル・ドゥーギンの立ち位置も明らかになりました。現在の日本を俯瞰するためにも、興味のある方にはぜひ、読んでいただきたい本です。

なにより『リベラルを潰せ』を読んで「なるほど!」と膝を打ったのは、ヴェローナの第13回『世界家族会議』にスピーカーとして登場した『同盟』のマテオ・サルヴィーニが、そもそもこの会議の常連だったということでしょうか。イタリアでは当初、「結婚しないまま、ふたりの女性それぞれに子供がいるマテオ・サルヴィーニは、男女による伝統的な家族しか認めない『世界家族会議』に、モラル的にはほとんど関係ないはずなのに、なぜ出席するのだろうか。きっとウルトラカトリックたちの『票』が欲しいからだろう」ぐらいの評価でしたが、過去からすでにこのロビーに繋がっていたわけです。

確かに『同盟』は、ジョージ・ソロスがNGOと共謀し、難民の人々を欧州に送り込んでいるという「陰謀説」をハンガリーのヴィクトール・オルバン同様にSNSなどで盛んに流し、アンチ・ソロスを訴えていました。しかしこの「陰謀説」に関して、インターポールもかなり綿密に長期に調査したそうですが、ソロスがNGOと共謀して、難民を欧州に送り込んでいるという証拠は今のところ何ひとつ見つかっていません。

さて、ソ連崩壊後、共産主義VS.資本主義という対立軸が消失して久しい現在、米国の福音派、宗教右派総動員でトランプ大統領を勝利に導いたストラテジスト、スティーブ・バノン、ロシア正教と強く繋がるロシアのストラジストと言われるアレクサンドル・ドゥーギン、そしてイタリアのウルトラカトリックたちが新たな対立軸として構成するのは、リベラルに対抗する新たな(古色蒼然とはしていますが)イデオロギーなのだそうです。

イタリアでは『リベラル』といえば、たとえばベルルスコーニ元首相を代表とするような自由経済主義(ネオ・リベラリズム)を表現するときには使われても、『思想』として女性たちやLGBTの人々、そして難民の人々の権利の保護を訴えるのは、共産主義における68年の労働者と学生の蜂起、77年の大規模な学生運動の流れを汲む『中道左派』『左派』『極左』という感じでしょうか。そういえば、もはや純粋な思想、あるいは政党としては、イタリアのどこにも存在しないにも関わらず、マテオ・サルヴィーニが事あるごとに共産主義者を目の仇にするのは、共産主義の崩壊以後、困窮と堕落に陥った「思想」への悔恨に基づく、プーチン大統領の反共姿勢に、おおいに共感しているからでしょう。

そこで、ほんの少しだけですが、リベラルに対抗するという『世界家族会議』の宗教の精神、基本的な方向性の片鱗を探るために、2017年、Il Foglio紙に掲載された、ロシアのラスプーチンと言われる哲学者のアレクサンドル・ドゥーギンのインタビューを意訳、抜粋してみようと思います。

モスクワ大学の教授でもあるドゥーギンは、2016年にはロシア正教キリル総主教を伴ってギリシャ正教の聖地アトス山を訪問する際、ウクライナ紛争の首謀者リストに名前が載っており、欧州当局から空港で足止めされた経緯もある。なお、ドゥーギンの著作『ポストモダン、無謀の自覚』、『地政学の基本』は、ロシアの軍事学校で教科書として使われているほど重要視されています。余談ですが、最近のTVのインタビューを観て驚いたのは、サルヴィーニを賞賛するドゥーギンが、ほぼ完璧なイタリア語を喋る、極めて知的な人物であったことでした。

「現代の西側諸国は、モダニズム、そしてポストモダニズムの罠にはまっている。リベラルな近代化プロジェクトは、社会、伝統的な精神性、家族、ヒューマニズムのすべてのしがらみから自由な個人主義というリベラリズムに向かい、やがてそれは個人をジェンダーから自由にし、そのうち自然な人間であることをもやめさせるだろう。今日の政治プロジェクトは、このリベラリズムプロジェクトであり、欧州の幹部たちは、このプロセスを止めることはできず、ただ継続していくに過ぎない:もっと移民を。もっとフェミニズムを。もっと開かれた社会を。開かれたジェンダーを。この路線を欧州のエリートたちが議論することも、コースを変えることもできず、時間が経てば経つほど、人々は反目するようになる。欧州には(開かれた社会)への反対者が増え、エリートたちは、彼らを悪魔呼ばわりしながら押さえつけようとする。欧州のエリートたちが目指すのは、リベラリズム・イデオロギーだ

「モスクワでは、ドナルド・トランプの勝利が『米国のトランプは、状況を少し変えながら、権力を握り、欧州は孤立した」と婉曲的な表現で、好意的に受け止められた。われわれの大統領プーチンはポストモダンなイデオロギーを共有しないために、ロシアは欧州にとって、NO1の敵でもある。われわれはイデオロギー戦争の真っ最中だが、今回は、共産主義対資本主義ではなく、政治的に正当な(と思っている)リベラルなエリートたち、グローバリズム貴族階級と、例えばロシアやトランプのようにリベラルな思想を分かち合わないものたちの闘いなのだ」

「リベラルのエリートたちは、欧州が移民の受け入れとジェンダーの解放で、アイデンティティを失うことを望んでいる。したがってヨーロッパは権力を失い、それを自ら認めることになり、内面の自然を認めることになるだろう。欧州は知的、文化レベルでひどく脆弱だ。わたしはこんな欧州を認めるわけにはいかない。(欧州の)思考は、可能な限りの低レベルにある。欧州はロゴスの、知性の、思想の祖国であるにも関わらず、現在は、そのカリカチュアでしかなく、スピチュアルにも、心理的にも脆弱で、それを治療するのは不可能だ。なぜならエリートたちによる政治がそれを許さないからだ。欧州はさらに矛盾し、愚かになっていく。ロシアはリベラルのエリートたちから破壊されようとしている欧州を救わなければならない

「ロシアはロシア正教という、それ自身の文明を持っており、欧州とロシアの間には似た側面がある。しかし共産主義が崩壊し、ロシアが欧州に近づこうとしたとき、われわれは欧州はすでにそれ自身ではないことを理解した。欧州はリベラルのパロディであり、デカダンスに陥ったポストモダンであり、トータルな腐敗へと向かおうとしていた。こんな西洋は目指すモデルにはならないから、われわれはロシアのアイデンティティに霊感を受け、カトリックと正教、ポストモダンと正教の間に違いを見出したのだ。われわれはローマ、ギリシャ、ビザンチンの伝統を継承し、欧州が失ってしまった、古いキリスト教のスピリットに忠誠を誓う。ロシアは現在の欧州を、より欧州的に再構築するために重要なポイントになるだろう」

 

リベラルなエリートを敵とみなす、反啓蒙主義のトランプ大統領やサルヴィーニ副大臣と重なる発言ですが、Il Folgio紙は、このロシアのストラテジストが、リベラルと闘うことを主張する背景にはユーラシア主義があり、現在はロシア人ではない人々の土地となっているバルト海から黒海までの旧ソ連領を再構築することだと分析しています。モスクワの野心は、欧州がそれを認め、保護する方向へと持ち込むことでもある。

つまり、ロシアと同じイデオロギーを持つ、伝統主義、政教一致、保守主義を核とする、強いリーダーによる専制傾向を持つ欧州諸国(たとえばオルバンのハンガリー)、そして政党(『同盟』や『国民戦線』)、宗教原理主義者(ウルトラカトリック)たちが欧州議会の中核へと踊り出ることができれば、その目的を果たす可能性があるということです。ドゥーギンの語る内容は、もちろん互いに尊敬し合うスティーブ・バノンに通じ、『同盟』『国民戦線』などの欧州右派政党に共有され、そういえば、どこまで信憑性があるか、は別として、「5月の欧州議会選挙では大地震が起こる」と、バノンは度々発言しています。

事実、5月の欧州議会選挙では『同盟』の著しい躍進が予想され、ある意味政治が混乱、長期の経済不振に喘ぐイタリアが、ロシア+米国右派勢の、欧州連合に食い込む突破口と見なされていることは確かです。そして『同盟』を抱く『右派連合』は、政権樹立以後行われた、北イタリアから南イタリアまで、すべての地方選で大勝している。

いずれにしても、巷間で囁かれるような軍事目的だけではなく、未来を握るAI戦略勝利のため、5Gで世界のビッグデータを収集しようとしている、と言われ、着々と『一帯一路』の完成を目指す中国主席がイタリアを訪れた1週間後のヴェローナで、伝統主義を核とする『世界家族会議』が開かれるのは、両者ともに専制的な性格があるとはいえ、未来、過去と真逆の方向を向く世界の分裂を物語る興味深い現象です。

もちろん中国は、ロシア、米国、欧州の新しいイデオロギー闘争の外にあり、まったく次元を異にしています。ロシアはといえば、欧州の分断を狙いながら、中国と強く連帯しているわけではなく、米国右派は、明らかに中国を敵視。ひょっとすると、ここにきて急速にイタリアの港、トリエステ、ジェノバを確保する合意を結んだ中国は、5月の欧州議会選挙での混乱を見越して、予防線を張ったのかもしれません。

▶︎ヴェローナの第13回『世界家族会議』

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