危険なサルヴィーニ効果と、ロムの人々への圧力
6月18日の夜には、2人の移民の青年が、近づいてきた黒いFiatに乗った3人のイタリア人に、突然銃で打たれて怪我をする、という事件がありました。しかもそのイタリア人たちは犯行当時「サルヴィーニ、サルヴィーニ!」と叫んだというのです。男たちは、他の移民の若者たちに向かって、さらに無差別に発砲したそうですが、幸いなことに的を外しています。しかしサルヴィーニの心酔者から、こんなテロリストが現れるなんて、これじゃ原理主義者の過激テロとなんら違いはない。また、このような現象が他の極右グループを勢いづかせることになるのでは、と強く危惧もします。
ラ・レプッブリカ紙によると、この2人の青年は、戦争と貧困、干ばつで混乱するマリ共和国から2年ほど前に移民。カンパーニャ州カセルタの慈善プロジェクトsprarの保護のもと、ウルスラ会修道女のカリタス麻繊維工場を改装し、チェントロ・ソチャーレ(反議会主義文化グループ)が運営する移民の人々の住居で暮らしていました。ひとりの青年は、ようやく滞在許可証を得たところだったのだそうです。前述しましたが、数週間前にカラブリアで、アフリカ青年が理由なく銃で打たれ亡くなったところでもあり、犯人も未だ見つからないまま、2人の青年は非常に怯えています。また、その直後のナポリでも、軽症で済んだとはいえ、アフリカ人青年を狙った同様の事件が起こりました。
さらにサルヴィーニは、今度はロムージプシーの人々にも矛先を向け、「ロムの国勢調査を行い、イタリアの市民権をすでに持っている者は、残念ながらイタリアに滞在させなければならないが、市民権のない者は、即刻イタリアから追い出す」とも宣言。このCensimentoー国勢調査という言葉は、イタリアの人々に、重い過去を思い出させる言葉でもあります。というのも、80年前の1938年、ムッソリーニ政権下で制定された『人種法』のもとで行われた国勢調査で、ユダヤの人々はすべてリストアップされ、そのリストに名が連ねられた人々は、そのままアウシュビッツへと運ばれることになったからです。そのためその後のイタリアでは民族的な国勢調査は禁じられています。
今回のサルヴィーニの発言で、その過去を思い起こした野党、ジャーナリストたちは一斉に『憲法違反!』と大反発。『5つ星』のディ・マイオ副首相兼労働大臣が、改めて「民族的な国勢調査という憲法違反を認めるわけにはいかない」と発言し、サルヴィーニはとりあえず撤回しましたが、それでもロムの人々への弾圧は「諦めない」と断言しています。事実、『同盟』から市長が選出された地方自治体では、シンティージプシーの家族が住むバラックを、当局の許可なく打ち壊すという暴挙に走り、イタリア南部ではロムの人々のキャンプをカラビニエリが急襲、37名の逮捕者を出した地区もありました。
その破壊行為に、サルヴィーニは#Primagliitaliani(イタリア・ファースト)というハッシュタグで、「言葉から行動へ」とツイートしていますが、これはわれわれのような(いわゆる)善良主義の市民の怒りを駆り立てる一種の挑発です。真夏に向かって毎日暑さが増す季節、イタリア市民はこの挑発に乗ることなく、冷静に対処しなければなりません。
この数週間で、少し気になった記事の要約
そういうわけで、サルヴィーニ内務大臣の暴走に、BBCやガーディアンなどの外国メディアも危惧を呈するほどの話題となり、ジュゼッペ・コンテ首相の影はすっかり薄くなってしまいました。賛成派にしても反対派にしても、口の端に上るのは、内務大臣の発言と行動ばかりの数週間で、それは現在も続いています。 こういう状況で、たまたま読んだふたつの記事が多少気にかかったので、要約しておきたいと思います。
もちろん、その背後に緻密に練られたメカニックな謀略がある、と思っているわけではありませんが、世界に広がりを見せる『極右+ポピュリズム文化』の傾向はどこからはじまったのか、少し探っておきたいと考えました。 いずれも、現在は解雇されているとはいえ、元トランプ大統領の強力なアドバイザー、ホワイトハウスのラスプーチンと言われたスティーブ・バノンに関する記事です。
解雇された後、バノンは欧州にしょっちゅう来ているようで、ここ数週間は特に、ことあるごとに名前を耳にしました。 6月3日付のラ・レプッブリカ紙は、ローマにもかなりの頻度で訪れているらしいバノンをインタビューしています。「『同盟』、そして『5つ星』にもアドバイス。今、ローマこそが世界の中心だ」という、イタリア至上主義者たちが大喜びしそうな記事のタイトルでした。
そのインタビューでバノンは、「ローマは、いまや世界政治の中心。ここで起こっていることは、尋常ではないことだ。近代になって純粋なポピュリズムが政府を担ったことはないのだから。だからわたしはここにいるんだ。その一角でありたいからね」と話しています。 「わたしがサルヴィーニと『5つ星』の連帯を決定したわけではなく、ただこの政府を試してみてはどうか、と説得しただけだよ。わたしが決定した、と言っているのはイタリア人たちだけだ。わたしは単にアドバイスして、彼らがそのアドバイスを聞いたんだ」(略)「外国メディアはディ・マイオとサルヴィーニを政治初心者と見ているが、実のところ、非常にソフィスティケートされた人物たちだ。何もないゼロの状態から、ネットを駆使して人々の合意を取り付けたわけだからね。イタリア人たちは誇りを持つべきだよ」(略)
サルヴィーニが『5つ星』との連帯に乗り気でないとわかったとき、あなたはなんと説得したのか、との問いには「連帯するのはいい考えだと思う、と言っただけだよ。誰をも説得していない。というのも、(連帯こそが)論理的に正しい結論だったのだから。ディ・マイオとサルヴィーニは英雄だよ。そしてもうひとりの英雄はベルルスコーニだ」と答えています。サルヴィーニとは選挙の後に知り合い、どれぐらいの頻度かは明らかにしていませんが、頻繁に会っている様子です。また、詳細を語ってはいませんが、ディ・マイオとも会ったような話ぶりでした。
今後ヨーロッパに何が起こるのか、と問われると「コンテ政権のせいで欧州には大地震が起こるだろう。まだ君たちには『同盟』と『5つ星』が連帯して何をするか想像できないと思うがね。フィナンシャル・タイムスは彼らを野蛮人と呼び、ドイツは彼らを『おんぼろ』と呼び、(ギュンター)エッティンガーは、イタリア人は市場の動きを見て投票の仕方を学ぶだろう(政局混乱の際に市場が荒れ)と言った。しかし大嵐を起こす風はすでに集まっている。イタリアとハンガリーの選挙の結果は、明らかに(人々の)アンチ移民を物語っている。(欧州連合の)終焉だ。ブリュッセル(欧州連合)の専制と、(国債)スプレッドによるファシズムは崩壊する。『ユーロ』の存続についてはイタリア国民が決定するだろう。そのうち君たちは、欧州連合ではなく、自由な国々として、他国と同盟を結ぶことになる」と、不吉な予告をしています。
さらにバノンは『右派連合』の肝の政策であるフラットタックスを賞賛。「2008年のサブプライム危機からポピュリズムが世界中に広がりを見せ、しかもその時代はたった今はじまったばかり。今後大変な勢いで発展していく」と分析している。トランプに解雇されるぐらいの人物ですから、それほど信用できないとは思ってはいても、その自信満々の受け答えは、得体の知れない不安をかきたてます。
そんなインタビューを読んだあと、難民の人々の情報を知りたいと買った6月15日号のインターナショナル紙にも、スティーブ・バノンに触れたコラムを偶然見つけました。BBC、リベラシオン紙の特派員であるフランス人ジャーナリスト( Natalie Nougayrède) が「バノンの欧州ミッション」というタイトルで書いたコラムで、バノンの人物像、その思想と動きを考察した短い記事でした。
彼女によると、ポピュリズムのミッションのため、何度もバノンは欧州を訪れて、「極右+ポピュリズムの反乱」を説いて回っているというのです。イタリアに樹立したポピュリズム政権は彼の説を正当化するひとつの証拠になり、しかもバノンは、イタリアだけでなく、プラハ、ブダペスト、パリにおいても大きな賞賛を受けています。
確かにバノンは、すでにホワイトハウスから追放され、極右情報サイトBreitbartも解雇された人物で、彼の英語圏における影響力は限られており、現在は単純にトランプ大統領の注意を惹くために動いているとも考えられます。しかしトランプから離れたと同時に単純に、だから今度は欧州を標的にした、とは考えにくい、とも彼女は言うのです。バノンが煽ろうとしているのは欧州における、ナショナリストとグローバリストとの闘いであり、トランプが大統領選挙に立候補する以前から、欧州の極右勢力と強い絆を結ぼうと動いてきたという経緯もあるのだそうです。
たとえば2014年にはヴァチカンの所有する建物で、カトリックのウルトラ保守グループ( これはフランチェスコ教皇の自由な発言と改革の機運に反発し続けるグループと思われます。現在ヴァチカンで、教皇派、保守派の反教皇派の諍いが起こっていることは周知の事実で、『同盟』は、カトリック原理主義者を多く擁しています)を前に、自身の持つ世界ヴィジョンを披露しています。
バノンはイタリアの新政府をポピュリストと極右の『歴史的な連帯』と位置づけ、プラハでは戦後の自由主義は退廃の源泉であったと明言。マリーヌ・ルペンの集会では、「差別主義者、クセノフォビア、ホモフォビア、ミソジニーと呼ばれても気にするな。誇りを持て」と激励していると言います。そこで彼女は、欧州の極右グループに大きな影響を及ぼすバノンの、(欧州における)計画はいったいどういうものなのか、どこから彼はファイナンスを得ているのか、2019年(の6月に予定される)欧州議会選挙に何らかの影響を及ぼすのか、本当にバノンはただ脚光を浴びたいだけの『ご都合主義者』でしかないのか、と疑問を呈しています。
トランプ大統領の欧州への敵意は周知のことですが、トランプ大統領は、たとえ欧州連合が破綻しても、米国には何ら影響はないとも考えているようです。また、彼女は、バノンの欧州訪問の時期がトランプ大統領が仕掛けた関税を巡る貿易戦争の時期と重なるのも興味深いと分析。バノンは欧州統一通貨『ユーロ』が終焉し、欧州の自由主義が大敗を期した場合、欧州は『自由主義だがそれぞれ独立した国による連合』となる、と予見しているのだそうです(要するに、いまだ脆弱ではあっても、今後威力を増すかもしれない『ユーロ』の崩壊を、意図して予言している、ということでしょうか)。
実際のところ、バノンが推奨し続けてきたエリートたちへの文化的な戦争をしかけ、欧州連合のあるブリュッセルにはひたすら攻撃的な態度をとる、という考えはヨーロッパを席巻しはじめています (まさに、それこそイタリア新政府の主張です)。もちろん、バノンというひとりの人間が、それほどの影響力があると買い被る必要はないのでしょうが、バノンこそがトランプを選挙で勝たせた人物でもあるわけで、彼はどうやら国際レベルの極右勢力を誕生させようとしているのかもしれない、と指摘されてもいます。 ヨーロッパの自由な民主主義を弱体化させ、極右勢力の反乱というイデオロギーの名のもとに労働者たちを守り、保護主義を広めようとする欧州でのバノンは、まるでトランプ大統領のスポークスマンのように振る舞っているそうです。
さらにバノンは、欧州はロシアを恐れる必要はなく、ユダヤーカトリック世界の敵である中国、トルコ、イランを中心に形成された連帯を恐れるべきだ、とも進言している。バノンとその連携グループが、欧州で政治的な『市民戦争』のリスクがあるとも語っているのは、なんとも不吉です。 記事は最後に、「バノンはまるでショーマンのようで、エクセントリックなデマゴーグには違いないが、彼の動きには注意を払うべきではないのだろうか。さもなければ、気づかないうちにひどい状況に陥る可能性がある」と警鐘を鳴らして締められていました。いずれにしてもサルヴィーニ内務大臣が、バノン・モデルを踏襲していることは明白です。
イタリアに住んでいると、周囲の誰もが『脱ユーロ』を望んでいる様子はありません。したがって『ユーロの崩壊』などというヴィジョンにはまったくリアリティがありませんが、近年、あっと驚く予想もしなかった出来事、例えばトランプ大統領の誕生であるとか、ブレクジットであるとか、ありえないはずのことが連続して起こり、その度に「えええ!?」と驚きました。さらにイタリアで、『5つ星運動』と『同盟』によるポピュリズム新政府誕生が紛うことなき『現実』となった今、われわれが目の前にする未来では、何が起こってもおかしくないのかもしれない、とは思います。
過度の心配はナンセンスですが、ちょっとしたきっかけで時代なんてコロッと変わることだけは、自覚しておいた方がいいのかもしれません。 #MaiConSalvini