「国民投票」: イタリアの司法を巡る憲法改定案に、なぜ市民はNOを突きつけたのか

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国政からは完全に自律、独立した政治で機能するイタリアの司法

さて、本題の憲法の7つの条文に影響する今回の「国民投票」のテーマである「司法改革案」がどのようなものか、司法に関してはまったくの門外漢ゆえ、ときどきAIの助けなども借りながら、イタリアの現行の司法システムをざっくりと理解してみたいと思います。

ジョヴァンニ・ファルコーネパオロ・ボルセリーノについてリサーチした項で何度か触れましたが、イタリアの司法システムは、裁判官と検察官のキャリアの間に分離がなく、司法全体を総括的に管理する最高司法評議会CSM)が存在するなど、他国の司法システムとは異なる、ユニークで複雑な構造を持っています。そしてこのシステムそのものが今回、「国民投票」で民意が問われる最も重要なポイントとなりました。

まず、1948年に制定されたイタリア共和国憲法で定められた、イタリアの司法制度において、最初に定義されるのは、他の民主主義国家同様、司法権が他の国家権力から完全独立していることが基本原則である、ということです。当たり前のことですが、三権分立は民主主義の重要な柱のひとつです。

イタリア共和国憲法では、司法の公平性を確保するために、次の「黄金律」が定められています。⚫︎第101条:「司法は国民の名において執行される」。司法官は、上司や政治家にたいしてではなく、法律の規定のみに従う義務がある。⚫︎第104条:司法は、他のあらゆる権力から自治的、かつ独立した組織である。⚫︎第111条:すべての裁判は、第3者である裁判官の前で、当事者間の対審方式によって行われ、妥当な期間で終了しなければならない。⚫︎第24条 弁護を受ける権利。顕在的能力のないものも「国費による弁護」を受ける権利がある。

イタリアにおいては、第111条の「妥当な期間で終了しなければならない」という部分の実践が難しく、長期にわたる裁判が問題となっているのは確かですが、今回の「司法改革」では、裁判短縮保証されていないことは、提案者であるカルロ・ノルディオ法務大臣からじきじき明言されていました。

なおイタリアの司法機関は、扱う事案に応じて、民事、刑事、行政(市民と行政機関との関係、公務員採用試験や収用に対する不服申し立てなど)、会計(公金の管理、公務員の浪費に対する責任)などの部署に別れて機能しています。また裁判は日本同様、第一審、第二審(控訴)、最高裁判所と日本同様に三審制が取られていますが、イタリアの最高裁判所(破毀院)は、事実に基づいて有罪か無罪かを判断するのではなく、それ以前の裁判官が法律を正しく適用したかどうかのみ確認する司法機関となっています。

何よりイタリアの司法において、特徴的なシステムは、日本では明確にその役割が分離されている裁判官と検察官が、同じキャリアの中で活動する司法官であるということです。つまり両者同じ教育を受け、単一司法試験を受け採用され、一定制限はあるものの、現行では、検察官(起訴する者)から裁判官(判決を下す者)、あるいはその逆の異動可能なシステムとなっています(検察官、裁判官のキャリアに就いて10年以内1回のみ異動が可能)。なお裁判官、検察が単一のキャリアとして機能しているのは、現在、欧州ではイタリアギリシャのみです。

また、政府が異動や昇進の決定など、司法官に影響力を行使することを防ぐために、イタリア共和国憲法は、最高司法評議会(CSM)の設立を明記しています。司法システムの頂点に存在するCSMは司法官(検察官、裁判官)の自治機関、いわば政府であり、司法官の採用、配属、異動、職務能力評価、幹部任命、懲戒処分などを決定する機関となります。

したがってイタリアの司法界には司法官による独自政治が存在する、ということであり、詳細は後述しますが、現行では選挙で選ばれた20名司法官(裁判官、検察官)と議会が選出する10名一般委員(法学教授および15年以上の実務経験を持つ弁護士から選出)で構成される最高司法評議会が、司法システムの自律性と独立性を保証する役割を果たしています。なお、CSMの最高議長イタリア共和国大統領最高裁判所主席判事最高裁判所検事総長3名が担っています。

これはファシズムを経験したイタリアが、第2次世界大戦後、司法が完全に時の政府の支配下に置かれないために、制憲議会が吟味し尽くした司法システムで、検察官、裁判官が同じ教育文化の中で共通認識を持ちながら、それぞれの役割を果たすことで、行政、立法、司法の役割を完全に分散させることが可能となり、権力の集中を防ぐバリアともなってきました。

ただし、ここ数年、第2次世界大戦後から1990年初頭までのマフィアの動きを追ってきた経緯があるわたしとしては、ジョヴァンニ・ファルコーネ、パオロ・ボルセリーノという時代の象徴ともなった検察官たちへの、当時CSMの悪意と思われる不適切対応には正直、疑問も残ります。

しかしそれは、CSMそのものの構造が原因というわけではなく、CSMの評議員たちの人間であるゆえの嫉妬、あるいは司法界に存在する派閥、または第三者(当時の国家を牛耳っていた逸脱したフリーメイソンや諜報局など)の意図的な介入が引き起こした、ふたりの検察官への妨害、冷遇だと捉えるのが妥当なのだ、とも考えます。

司法官(裁判官、検察官)の赤いトーガは、極めて重要な公式行事や、最高裁判所、会計検査院、行政裁判所での審理の際に着用されます。厳粛さの象徴であり、上級裁判官や特定の式典でのみ着用されるものです。スタンパ紙より引用。

さらにあれこれ調べながら興味深く感じたのは、検察警察関係でしょうか。憲法は「司法当局は、司法警察直接指揮する」と述べているのですが、これは犯罪の捜査に関して、警察は内務省や上司から要請されるのではなく司法官(検察官)から完全(日本の場合は、検察官には一定の指揮権、指導権しかない、と認識しています)に直接要請されることを意味します。この命令系統は警察のみならず、カラビニエリにも当てはまり、警察官が司法警察として捜査、逮捕、押収などの活動を行う場合、その警察官はたとえ内務省から給与を得ていたとしても(カラビニエリは防衛省から)司法官従属しなければならない義務があるのです。

つまり犯罪を予防するために警察署長の命令で治安警察として街をパトロールしていた警察官が犯罪に遭遇した場合、その警察官は「遅延なく」検察官に報告する義務があり、通報を受けた検察官は、警察官に実行すべき行為(取り調べ、張り込み、鑑識)を委任します。この時点で治安警察官司法警察官となり、警察署長から検察官管理下に置かれるわけですが、この関係が確実に機能するよう、法律は司法警察官に対しての懲戒権裁判官に与えました。すなわち警察官が捜査を遅らせたり、検察官の命令を実行しなかったり、捜査上の秘密を漏らした場合、検察官は直接、その警察官の懲戒手続きを開始することができるということです。

以上が、今回の「国民投票」に関係するイタリアの司法の大枠ですが、もちろんイタリアの複雑で難解な司法システムを、このようにさらっとまとめるのは無謀だということも承知しており、もし現行のイタリアの司法システムの内容に間違いがあれば、ご指摘いただければ、と思います。

では、今回の「司法改革」で、具体的には何をどのように変えたい、と現政府は国民に問うたのか。

まず、現在は同一のキャリアである検察官(2200名)と裁判官(7200名)の職務を完全分離させ、それに伴い現行では単一である最高評議会(CSM)を、二分化して検察官、裁判官それぞれのCSMを設立。また、今までは選挙で選出されていたCSMの構成員を、「公平性」を担保するという名目で抽選で選出するシステムにするというものです。このふたつのCSMの最高権威者は、現行通り、イタリア共和国大統領が担うことになります。

さらに構成員である検察官、裁判官の懲戒手続きをCSMから分離し、さらに高等懲戒裁判所を新設し、その評議員を同じく抽選で選出。すなわち改定後司法は、今までCSMが担っていた司法官の管理を、3つの評議会分業により管理する、ということでした。

もともと検察官と裁判官のキャリアが分離されている日本人から見ると、この司法改定案はそれほど大きな問題を抱えているとは思えませんが、ネオファシストマフィア傍系フリーメイソン諜報局政治家癒着して暗躍した戦後史を持ち、40人近い検察官司法官がマフィア(+α)の犠牲となったイタリアでは、簡単に受け入れられる内容ではない、というのが「反対」派のそもそもの意見です。

また、確かに他の欧州の多くの国は裁判官、検察官が分離、あるいは微妙な折衷システムとなっていますが、他国にはイタリアのような、マフィアと政治の親密な関係が、時代を動かした特異歴史はありません。たとえば元パレルモ検察局長官で現上院議員であるロベルト・スカルピナートは「残念ながら、イタリアは普通の国ではないのだ」と語りました。

それに、もともと政治権力に支配されないように、と統一化された司法の機能、権力、文化をバラバラに分散しようと試みることは、司法そのものを次第に弱体化させる道程へと導くための第1歩なのではないか、とも捉えられるのです。

しかもこの改革案が、秘密結社「ロッジャP2」のグランド・マスター、リーチョ・ジェッリが1976年に作成した「Piano di rinascita democratica (民主主義再生計画)」や、その「P2」の構成メンバーであったシルヴィオ・ベルルスコーニ元首相の1994年綱領に、すでに描かれていた内容であったという事実は軽視すべきではないかもしれません。

「今回の司法改定の方向性はジェッリの『民主主義再生計画』のプログラムのひとつではないのか」とジャーナリストに問われた法務大臣カルロ・ノルディオは、「ジェッリと同じ意見を持つことの何が悪いんだ」と開き直り、『P2』という傍系フリーメイソンである秘密結社がイタリアの近代史において、何をしてきたかを知っている市民たちを唖然とさせた、というエピソードもあります。

なおベテランジャーナリストのミレーナ・ガバネッリの解説によると、この司法改革案は、イタリアで長年の問題となっている、前述した裁判の長期化を含め、裁判官、書記官、事務職員の慢性的な不足、ITシステムの不備といった具体的な問題には何ら関係がなく、平均で年間600人の「不当拘禁」の補償金の減額や、司法の誤りによる確定判決の再審を減少させるものではない、ということですから、いったい誰のための、そして何のための改定案なのか、はじめから判然とはしなかった、というのが正直なところです。

現政府は今回の「国民投票」を「裁判官と検察官のキャリアを分離」することで、欧州の他の国と同様の司法システムを実現することは、司法の近代化であり、「公平」で機能的市民を助ける司法改革となる、と主張していましたが、「反対」派は、分析に分析を重ねたうえで「今回の司法改革は、裁判官と検察官のキャリアを分離することが目的ではない。本当の目的検察の力を弱体化させ、政府管理下に置くことだ」と訴え続けました。

実際カルロ・ノルディオ法務大臣は、「検察と政治の均衡をとることが目的」、とまるで現在は検察と政治の均衡がとれていないかのような意味不明な発言もしていますし、賄賂、詐欺、横領、マフィアとの癒着など、不正が相次ぐイタリアの一部の政治家たちにとって、検察が長年の天敵であったことは間違いありません。

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