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ようこそ、宇宙へ。深淵かつおおらか、これぞローマの書店 Libreria A. ロトンディ

Cultura Deep Roma Intervista letteratura

信念愛情を持って集められたが並ぶ書店が、わたしは大好きです。選び抜かれた古書、あるいは専門書を扱うちいさい書店の、ショーウインドーに並ぶ本のタイトルを眺めるだけで、今まで知らなかった異次元の世界を垣間見るような気がします。ガラス扉を開いた途端、古いインクと紙の匂い、スペースにひたひたと充ちる本の魂に、ふわりと全身が包みこまれる。これこそ「ローマの書店」と呼びたいLibreria A. Rotondi(リブレリア・A・ロトンディ)を久しぶりに覗いてみました。

サンタマリア・マッジョーレ教会サン・ジョバンニ・ラテラーノ教会、ローマの主要教会を一直線に結ぶVia Merulana(メルラーナ通り)。今頃の季節は並木が青々と明るく、木漏れ日が気持ちいいメルラーナ通りに、ふと立ち止まってショーウインドーを眺めてみたくなる、アンティークな佇まいの書店があります。実際、通りかかるたび、誰かが足を止めて、ガラス越しに本のタイトルを品定めしている光景に遭遇し、絶え間なく車やバスが行き交う騒がしい大通りのその書店のあたりだけ、ふいに空気が変わり、時間がゆったりと過ぎていくようで、ほっと安心するのです。

1500年代ルネッサンス、あるいはバロックの時代から静かに生き続けた本の数々、そして普通の本屋ではなかなか見かけない現代の希少な学術書が、さほど広くはないスペースの隙間という隙間、天井までぎっしりと並ぶ、まさにここは「本の洞窟」。はるか昔から現在まで、幾千万の考察や思考、経験をものがたる無限の言葉が本に閉じ込められ、誰かが表紙を開いて、解き放たれるのを静かに待っている。本を読むということは、それが昔の人であれ、現代の人であれ、自分以外の誰かの人生、あるいはその熟考や思索、物語の世界を疑似体験すること、つまり時を超え、自分とは違う誰かの生きた時間を再び生きること、とわたしは思っています。

幾分トーンを落とした、リブレリア・A・ロトンディの、やさしい照明に照らされた本たちには、媚びることや慌てることのない、たっぷりと自信に満ちた重厚感が漂っているようです。

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扉を開いて書店のなかに入った途端、天井まで並べられた本たちに見下ろされ、圧倒される。

そもそも1941年秘教学精神世界学の学者、また教師でもあった先先代のアメデオ・ロトンディにより創立されたこの書店は、今ではアメデオの甥、Aldo Rotondi(アルド・ロトンディ)、さらに彼の甥であるFrancesco Rotondi(フランチェスコ・ロトンディ)のお二人により受け継がれ、運営されています。書店に並べられた、西洋哲学、宗教、東洋思想、心理学、歴史、建築、文化人類学、考古学、秘教学(エゾテリズム)、錬金術研究(アルケミア)に関する研究書の数々は、おふたりの叔父さまのアメデオによって集められた本に加え、現在書店を守る、アルド、フランチェスコ、おふたりの不断のリサーチと情熱で集められたものばかりです。

ラテン語で書かれた本、私の語学力では、読むのに1年は優にかかるにちがいない難解な哲学書から、イタリアに唯一残された錬金術の痕跡として有名な、ヴィットリオ・エマニュエーレ広場にある「錬金術の門」に関するシンボリズムの研究書まで、かなりマニアックな品揃えに関わらず、その書店には入りづらい、排他的な雰囲気はなく、むしろ入った瞬間に緩やかな安定感に包まれます。もちろん、その空気は、アルド、フランチェスコのおふたりの、気さくでゆったりとしたお人柄に支えられたものであるには違いないのですが、本に封印された、異次元の世界から溢れ出るオーラ、豊かな時間がそのスペースに充満しているからかもしれません。

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書店の創業者、アメデオ・ロトンディ。

アメデオ・ロトンディの不思議な体験が生んだ書店

フランチェスコ 入り口のガラス扉に貼ってある写真が、僕らの大叔父であるアメデオ・ロトンディだよ。彼は自分の人生に起こった不可思議な出来事から、東洋哲学精神世界宗教世界秘教、つまりエゾテリズムを追求した学者で、彼がスペシャライズして集めた本がこの書店の基礎になっているんだ。彼自身も作家でね。90年代になくなるまで、執筆活動を続けている

アルド 彼は生涯で25、26冊の本を書いているんだが、ペンネームはAmadeus Voldben(アマデウス・ヴォルドベン)というんだ。なぜ、ヴォルドベンなどという名前にしたかというと、その名には、Volontario del bene(善への希求)という意味が込められているからなんだ。彼の執筆のテーマは、スピリチュアリティ、つまり精神世界と大きく結びつき、人間の存在における諸問題を考察するというもの。彼のペンネームが語っているように、人々が「」を求め、その「善」が人々を通じて世界に広がることを望んでいた。彼はあらゆる宗教、たとえばキリスト教ヒンドゥー教仏教イスラム教を研究し、西洋、東洋の枠を超えて、「永遠の真実」を考察しようと試みていたんだ。

フランチェスコ さっきも言ったように、叔父は、若いころから何度も不思議な、というか常識では説明のつかない体験をしているからね。たとえばこの書店のなかでも、叔父は不思議な出来事遭遇しているんだよ。ほら、ちょっとここに来てごらんよ。ここに階段があるだろう? 書庫まで、だいたい4mはある、かなり深い地下だ。バランスを崩して落ちれば、まず重症となるに間違いない高さだよ。ある日の事、アメデオ叔父は、ちょっとした拍子に大きくバランスを崩して、前のめりに、この穴のなかに落ちた。落ちる、と恐怖に襲われた時、咄嗟に彼は両手を胸で十字に組んでGesu mio(私のイエスさま)と三回唱えたそうだ。するとその瞬間、ふいに目には見えない、何か柔らかな両腕のような感触で抱きかかえられた、と叔父はいうんだ! その見えない感触は、叔父を抱えたまま、デリケートでゆるやかなスピードで、ゆっくりと地下の床へ降ろした。 叔父は4mの地下に落ちたというのに、怪我ひとつなかった!

アルド その経験を彼は、『Il protettore invisibile(見えない守護者』という本に書いているんだが、彼がはじめて常識を超えた出来事に遭遇したのは第2次世界戦争中、ファシスト政権から徴兵を受け、逃亡したときだったそうだ。普通では考えられない偶然の連続で、命を落としかねない出来事に遭遇しながら、その度に不思議な出来事が起こって、叔父は助かっている。その話の詳細も『見えない守護者』に書かれているが、この本はある意味、叔父の自叙伝と言えるかもしれないね。やがて戦争が終わり、神父をはじめとするさまざまな人々に説明を受けるうちに、少しづつ理解が深まり、自分に起こった現象の背景を研究しはじめた。叔父はそもそも教師だったのだが、その仕事を辞め、この場所に精神世界に関する研究書をスペシャライズする書店を開いた。そしてこの書店の品揃えはローマだけではなく、イタリアにおいても、スピリチュアリティの研究に関してはたったひとつ重要な書店となった。

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アメデオ・ロトンディ大叔父が落ちたと言う、深さ4mの地下倉庫。

フランチェスコ そのアメデオ叔父のスピリットをそのまま受け継いで、アルド叔父と僕とで書店を守っているわけだけれど、僕らには叔父のような、不思議なエピソードはまったくないよ(笑)。もちろん、書店には大勢の人々がやってくるし、長々と話したり、ちょっとした議論をしたり、人との出会いが僕らには大切なエピソードだけれどね。ただね、この書店を運営していると、なんというか、目には見えない何か、不思議なエネルギーに支えられている、という感触はあるんだ。僕らがここで経験するすべては、叔父の魂に抱かれながら起こることでもあるからね。だから彼が作った書庫の構造書店の体裁本の選択変えたことはない。もちろん時代に伴い、新しくしなければならない部分も出てくるが、スピリットは決して変えない。

アルド 確かにここにやってくる人々は、「ここに入ってきた途端、えもいえぬエネルギーというか、特殊な力が渦巻いているようだ」と言うね。え、君もそれを感じるから、ここに来た、と言うのかい? しかし毎日ここにいる僕たちにとっては、まったく普通のことで、特別なエネルギーなどは感じないんだがね。ここにやってくる人々は、口を揃えてそう言うんだよ。これは面白いことだね。

ルネサンス時代の、『暗号』の作り方を書いた本まで扱う書店

フランチェスコ この書店にある最も古い本は、1500年代に出版されたものだね。つまりグーテンベルグの印刷技術の発明から、それほど時間が経っていないころの本だというわけだ。見たい? それなら、いくつか選んで見せてあげよう。えっと・・・・。これはエジプトの「ヒエログラフ」に関する本で、出版は1567年。当然のことながら、この時代の本は、もちろんすべてラテン語で書かれている。この時代の知識人たちはラテン語で話してもいたんだからね。本としても美しく、質のいい紙が使われているだろう? ご覧の通り、アンティークの本というものは、実に質が高い500年を経た現代まで、こうしてほぼ、遜色なく残っている

アルド この書店には、1000、2000ユーロから始まる高額な本も、もちろんあるよ。本の内容、希少価値で値段が変わるからね。さらに銅版で印刷された本はさらに価値が高くなるし、手書きのものは遥かに高額になる。骨董の本にも、いろんな種類があるんだ。たとえばこの本は、1576年に出版された「マレウス・マルフィカルム」、イタリア語に訳すとMartello delle streghe、「魔女たちの金槌」という本。魔女狩りのために出版された本だよ。日常の生活のなかで、どのように魔女を見分けるか、どうしたら魔女がその正体を現すか、その詳細が書かれているんだ。1576年当時、魔女を見つけるために実際に使われた本なんだ。大変珍しい本だ。

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1500年代、魔女を見つけるために書かれた、いわばマニュアル・ブック。

フランチェスコ ほら、この本はなかなか凄いよ。いかにして暗号をつくるか。つまり、一見意味をなさないと思われるアルファベットや記号のなかに、文章をクリプト化する方法を書いた本だ。つまり、いかにして秘密の文章を書くか、暗号はどのように構成するかの詳細を記した本なんだ。現在でもシークレットサービスが普通に使っていそうだよね(笑)。このページにはどのようにアルファベットの順番を変換させるか、が書いてあるだろう? 本そのものが少し黒ずんでいるが、これは実際に人々が利用した事実を物語るね。1676年に書かれた本だ。

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一見、意味をなさないと思われるアルファベット、数字の羅列に、メッセージを隠すマニュアル。

アルド そうそう、この建築の本も素晴らしいものだ。マニエリスムの建築家として名高い、セバスチャーノ・セルリオの著書で、大変希少で大切な本だよ。この時代の本には珍しく、デザインや建築の図案がふんだんに盛り込まれているのは、斬新なんだ。グーテンベルグの印刷技術が欧州に広がってから、あっという間に印刷技術が発展していったという証拠でもあるね。

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マニエリスム建築で有名なセバスチャーノ・セルリオの本のページを開くと、建築の図案がふんだんに盛り込まれている。

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