「メローネルム」の具体的な仕組みと憲法違反の疑い
さて冒頭に記したように、このような状況下、来年の国政選挙を見据え、新選挙法が議会を通過したわけですが、これは『イタリアの同胞』が連立する『同盟』の不満をなんとか抑え込みながら、訂正に訂正を重ねたものです。また「メローネルム」はメディアが使う通称で、与党側は「安定」を意味する「スタビリクム」という名称で呼んでいます。
以下が、今回の新選挙法の簡単な特徴です。
●多数派ボーナスの導入
新選挙法の最大の特徴は、優先順位がついた比例代表制に加え、多数派にボーナス議席が与えられるというものです。具体的には最多得票を獲得した政党、あるいは政党連合の、得票数が42%に達した場合に限り、安定した過半数を得られるよう、下院70議席(最大220議席ー定数400議席)、上院35議席(最大113議席ー定数200議席)が与えられることになります。
ただし、上院、下院ともに獲得できる議員数には上限があり、勝利した政党連合は、下院、220議席以上、上院では113議席以上を占めることはできません。この上限の議席数は、得票数が48%以上にならなければ獲得できない数字となっています。
また、上院、下院いずれにおいても42%に達する政党、あるいは政党連合がない場合、あるいは上院のみ、下院のみしか42%を獲得できなかった場合にはボーナス議席は与えられません。その場合は純粋な比例代表制での勝敗が適用されることになります。
●小選挙区のほぼ全廃と比例代表制への移行
これまでの選挙法は小選挙区制(37%)と比例代表制(64%)のハイブリッドでしたが、「メローネルム」では一部の地域を除いて小選挙区制を廃止。ほぼ全域で比例代表制の選挙が行われます。
また、これまでの選挙法では、有権者が個別の候補者の優先順位を指定することはできませんでしたが、新選挙法では、各政党幹部が決定したリストの先頭候補は自動的に当選し、2番目以降の議席については、投票用紙に記された7名の候補者リスト(先頭候補を含め)の中から最大3名の名前を、有権者が指定することになります。さらに、上記したボーナス議席のための各政党連合の全国大リスト、および選挙区においてはひとりの候補者が最大5つの選挙区で立候補することが可能になりました。
この部分が少し複雑なのですが、これは全国大リスト、選挙区リストの2回投票や特定の分離投票という意味での「ふたつのリスト」を規定しているわけではなく、複数議席選挙区制と統治能力ボーナスに基づく比例代表制に基づくとされます。
そしてまず、このボーナス議席という変更が、「イタリア共和国憲法の第57条『共和国上院は地域を基盤として選出される』部分に抵触する可能性がある」と激しい議論になっているポイントです。
「分かりやすく説明すると、連立Aが全国規模で勝利したが、連立Bが少なくともひとつの地域で優勢だったと仮定する。この場合、全国ボーナスにより、連立Bはその地域で連立Aよりも少ない上院議員数しか獲得できないことになる。これは、上院の議席配分について地域基準を義務付ける憲法の条文に違反することになる」(ラ・レプッブリカ紙 コンチータ・サンニーノ)
●首相候補の事前明示
新選挙法における、もうひとつ重要な点は、各政党、政党連合は、選挙前に首相に指名する人物を決定しなければならない、という点です。つまり『5つ星運動』が大勝したにも関わらず、1党では過半数議席を獲得できなかった2018年の国政選挙の際のように、何ヶ月も政治を空白にしたまま、各党と交渉を続け、結局『同盟』と組まざるをえず、結局それまで政治経験がなかった弁護士ジュゼッペ・コンテが首相を引き受けざるをえなかった、というようなケースはなくなる、ということです。
と同時に、2021年コンテ政権崩壊ののち、マッタレッラ大統領が元欧州銀行総裁マリオ・ドラギを首相に指名してGoverno Tecnico(政治的立場を明言しないテクニカル政府)を樹立した、というケースも、今後は起こらなくなるはずです。すなわち、現行の大統領の首相指名の権限が政党、政党連合に移行する、ということであり、冒頭に記したように大統領権限を縮小させる可能性があります。
また、事前に首相候補を明示しなければならない、ということは、そもそも政策が分裂し、明確なリーダーを創出できない『民主党』『5つ星運動』『ヴェルデーシニストラ』野党連合を混乱に陥れる与党側の政治的意図をも感じます。事実、『右派連合』に対抗するために急遽連合が組まれた野党連合、『Campo Largo(とりあえず進歩派連合と訳しておきます)』では、誰を首相候補にするかがなかなか決まらず、それが対立へと発展しそうな気配もあるのです。
「首相に相応しい人物は」という世論調査によると、首相経験者である『5つ星運動』のジュゼッペ・コンテが、ジョルジャ・メローニに次ぐ人気を誇っていますが、野党の中で最も支持率が高い『民主党』が、首相候補として党首エリー・シュラインを退ける様子はありません。また、政策においても統一感がない『進歩派連合』に漂う、なんとなく不調和、が野党政党連合への魅力を半減させてもいる。たとえば『民主党』の大部分の議員たちがウクライナへの武器供給を支持しているのに対し、『5つ星』は武器供給の停止とともに、その予算を医療、教育に回すべきだと主張する、という具合です。
ところでマッタレッラ大統領は、といえば、新選挙法が下院を通過すると、時間をおかずに署名、公布しましたが、これは元憲法裁判所の裁判官であった大統領が、「憲法学者のタスクフォースが、異議申し立ての手続きを開始するための時間を確保すると同時に、憲法裁判所の判決が投票前、おそらく春までに下されることを期待する意図も込められている」(イル・ファット・クォティディアーノ紙)からだと見られます。
イタリアの大統領は、法律に重大な欠陥があった時にのみ、議会へ差し戻すことができますが、2、3ヶ月の再度の審議ののち修正が加えられ、議会を通過した法律への再度の署名を拒絶することはできません。
また、異議申し立てを受けた憲法裁判所の審理は数ヶ月を要すわけですから、結果、次の選挙に間に合わず、新選挙法が既成事実となる可能性があります。ならば議会に差し戻すよりも、いち早く憲法裁判所へ異議申し立ての手続きが行える状況とすることで時間の猶予が生まれることになります。そしてそれが、新選挙法へのマッタレッラ大統領の判断でした。
実際、10月12日には憲法裁判所に30件の異議申し立てが湧き起こり、99人の弁護士、憲法学者のグループが「この法律は著しく違憲である」とし、ボーナス議席を筆頭に6つの項目にしぼり「合理性の原則および立候補的確性の原則に基づく、立候補への平等なアクセス権の侵害」である、と訴えました。実際の異議申し立ては、国政選挙前の来年1月に審理が行われるよう、法律が成立する10月26日に提出される予定です。その異議申し立てには、政治家、憲法学者、作家、元裁判官、文化人など錚々たる著名人の署名が連なっています。
さらに現政権にとっての懸念となっているのが、元軍幹部で欧州議員であるロベルト・ヴァンナッチ(元『同盟』所属)が立ち上げた、極右政党『国家の未来(Futuro Nazionale)』の存在です。『国家の未来』は、ここ2、3ヶ月の間に『同盟』の支持率をがっつりと奪いながら、8%を超える支持率を得るまでに膨れ上がり、現政権の政党間バランスを揺るがしています。
この『国家の未来』という新興政党は、イタリアのAfdとも評される、メローニ首相率いる『イタリアの同胞』のさらなる右を極める政党で、反中絶、同性婚、同性パートナーシップを認めないジェンダー思想への徹底規制、学校教育への「防衛・軍事教育」の導入(!)、防衛費ターゲット(NATOへ国家予算の5%)などを掲げ、現政府に納得しない「極めて右」の市民の人気を集めています。
本質及びその歴史はともかく、対外的にはEUの政策に寄り添い、ウクライナを支援する『イタリアの同胞』『同盟』『フォルツァ・イタリア』による現政権と、ロシアを擁護し続ける『国家の未来』との連立は、いずれにしても難しい、とされますし、表面上、『右派連合』側も連立はありえない、と主張しています。しかし選挙結果いかんでは、連立はありうるかもしれず、そう予測する野党政治家、言論人たちが多数存在するのも事実です。

現在の世論調査による支持率のまま、ボーナス議席が提供された場合の、左が『右派連合(Centro Destra)』に『国家の未来』が合流しなかった場合の下院、上院の議席数。右が『右派連合』に『国家の未来』に合流した下院、上院議席数。左が合流なしの下院、上院議席数。コリエレ・デッラ・セーラ紙より引用。
現在メローニ首相の支持率は、統計各社でばらつきがあっても、33%から42%、不支持に関しては53%という数字を出す統計会社も存在します。さらにイタリア人の77%は、イタリアの状況が間違った方向に進んでいると考えており、正しい方向に進んでいる、と考えるのはわずか23%にとどまっています。ここでは細かい数字は省きますが、2026年9月時点(つまり新選挙法の議会通過の前)では、現在の与党が『国家の未来』と連立しなければ、40%前後の支持率しか得られず、『イタリア民主党』『5つ星運動』『ヴェルデ・シニストラ』による『進歩派連合(Campo Largo)』が、44.5%と大きく上まる結果となりました(IPSOS)。
私見ですが、このままの支持率が続き、『右派連合』が『進歩派連合』に敗北するような結果になった場合、メローニ首相は『国家の未来』とやにわに連立を組み、政権を維持しようとするのではないか、と考えます。ただし、その場合『フォルツァ・イタリア』、『同盟』がどう動くか、今の時点では不明確であり、巷に流れる噂によると、『右派連合』には、表面化していない意見の対立があり、一枚岩ではないとも言われます。
個人的には『イタリアの同胞』『国家の未来』が連立を組むことは、さらなる右傾化、専制のリスクをイメージさせる、まったく好ましくない組み合わせで、なんというかこう、暗澹たる気持ちにもなります。しかし前述したように、野党『進歩派連合』を形成する各党には強い結束感が見られず、政策の方向に統一が見られないのも事実です。「そもそも左派」を自認する人々とのよもやま話でも、『進歩派連合』に大きな期待が寄せられることはありません。
20年前までは±80%あった投票率は、現政府が誕生した2022年の国政選挙では、69.3%まで下がっています。野党である『進歩派連合』から無駄な諍いがなくなり、人々の生活に密着した、実効性のある経済政策を打ち出されなければ、市民の投票意欲は薄れ、特に「未来が危うい」と感じる若者たちは政治から遠ざかることになるやもしれません。
ちなみに9月に発行されたイタリア国債の5年債金利は4.08%、10年債金利は4.58%となっています。さまざまな条件の違いがあるとはいえ、日本の政府債務(総債務1,346兆6,833億円)残高の対GDP比、約235%に比べるとイタリアのそれ(3.207,3 miliardi di euro=約565兆5700億円)は137~8%と約半分ですが、それでもEU内ではギリシャに次いで2番目に高い国ですから、日本同様、金利の支払いだけで財政が困窮する状況です。
気候温暖化、戦争、エネルギー価格の著しい上昇、インフレによる衣食住の高騰、子供たちの暴徒化、とだんだんに住みにくい世界になる昨今、何かパンチの効いた朗報が届くことを願っているところです。











