伝説の「ラストタンゴ・イン・パリ」、監督ベルナルド・ベルトルッチは禁忌に触れたのか

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イタリア文学界の巨匠、クラウディオ・マグリスの「ミクロコスミ」に続き、同じくマグリスの短編集「クレムスの曲がりくねる時間」を翻訳、出版したばかりの二宮大輔氏、久々の投稿です。公開当時、イタリアではたちまち上映禁止となったベルナルド・ベルトルッチ監督の問題作、「ラストタンゴ・イン・パリ」。主演女優マリア・シュナイダーに生涯つきまとい、現代に至るまで物議を醸し続ける、監督とのエピソードを深掘りした二宮氏の原稿を読みながら、映像美と印象的なサウンドトラックに感銘を受けながらも重苦しい余韻が残る、あのときの気分がみるみるうちに蘇りました。マーロン・ブランドとシュナイダーの扇情的な絡みが1970年代のイタリアのカトリック文化とは相容れず、最高裁まで続いた裁判では映画の破棄が命じられ、プロデューサー、監督をはじめ、主演のマーロン・ブランドまでが、執行猶予付き懲役2ヶ月の実刑を受けています。にもかかわらず、いまなお傑作の誉れ高い「ラストタンゴ・イン・パリ」の、ベルトルッチが現代に遺した袋小路を彷徨っていただければ、と思います。

『ラストタンゴ・イン・パリ』で起こった「事件」

近年、男性TVタレントらが性加害で告発されるたびに思い浮かぶのがベルナルド・ベルトルッチのことだ。『暗殺の森』『ラストエンペラー』などで知られるイタリアを代表する映画監督の彼は、名作『ラストタンゴ・イン・パリ』撮影時に、性加害とも呼ぶべき問題を起こした。

1972年、鋭いセンスですでに世界中で評価されていたベルトルッチは、さらにセンセーショナルな内容の『ラストタンゴ・イン・パリ』を発表する。あらすじはこうだ。妻を失い自暴自棄になり街を徘徊する中年男ポールがアパートの空室を見学に行き、そこで偶然鉢合わせた20歳の美女ジャンヌとレイプまがいの性行為に及ぶ。お互いのことを知らないまま、二人はアパートの空室で会っては体を交える関係になっていく……。中年男ポールを世界的名優マーロン・ブランドが演じ、相手役のジャンヌを当時20歳だった新人マリア・シュナイダーが演じた。

さて、問題はここからだ。本作は内容が内容だけに過激な性描写が連発するのだが、物語の後半、バターを潤滑油にしてポールがジャンヌに無理やり陵辱するシーンがある。ベルトルッチはマリア・シュナイダーのリアルな反応を撮影したいがために、彼女に事前告知することなくこのシーンを撮影したという。

映画は公開後、過激な性描写が問題となり、イタリアでは上映禁止の処分が下された。それでも本作は大変な話題を呼び、主役を演じた若きマリア・シュナイダーは一躍有名になった。だが「バターで陵辱された女優」の烙印が押され、思うように俳優業ができず、ストレスからドラッグや性的スキャンダルにまみれていく。その後は、なんとか心身を立て直し、2011年に亡くなる少し前まで俳優として活動するが、一貫してベルトルッチを強く糾弾し、彼と和解することは生涯なかった。

1971年、若き日のベルナルド・ベルトルッチ。Wikipediaより。

これが一般的に知られている事件の経緯だが、私はこの事件に関して、ずっとわだかまりを感じていた。ベルトルッチが2018年11月に亡くなり、翌2019年初頭にキネマ旬報で彼の追悼特集が組まれたときのことだ。この特集に掲載するため、ローマに住む友人のつてで、長年にわたりベルトルッチの撮影監督を務めたヴィットリオ・ストラーロにインタビューをする機会をもらった。

インタビューは長時間にわたり、キネマ旬報の紙面ではあえなく割愛した内容も多かったのだが、ストラーロは『ラストタンゴ・イン・パリ』の事件についても言及していた。曰く、件のシーンは事前に打ち合わせされて撮影したものであり、問題何もなかった。シーン撮影後も、マリア・シュナイダーは、ブランドやベルトルッチと仲良く談笑していた。先ほど説明した経緯とは矛盾する話だ。だが、その場に居合わせたどころか実際に撮影していたストラーロの発言は、私の記憶に強く残った。

そして昨年、マリア・シュナイダーの従姉妹でジャーナリストのヴァネッサ・シュナイダーが2018年に刊行したノンフィクション『あなたの名はマリア・シュナイダー』を原作に、事件の裏側をマリア側から描いた映画『タンゴの後で』が日本で公開された。

監督は、ベルトルッチの後期作品『ドリーマーズ』撮影時にインターンとして参加した経験を持つジェシカ・パルー。実際ベルトルッチに会い、その作品を深く敬愛しているがゆえに、『ラストタンゴ・イン・パリ』の事件に疑問を抱いていたとバルーは語る。近年よく見聞きする性加害のニュースと『タンゴの後で』の公開。これを機会と捉えて、私個人もあのわだかまりに向き合ってみようと思った。

映画『タンゴの後で』

まず『タンゴの後で』の内容だが、これは一般的に知られている事件の経緯と大きな違いはなかった。ただ、いくつかの事実が作中では丁寧に、かつ印象的に描かれていた。例えば、物語の冒頭は母親との食卓から始まる。アナマリア・ヴァルトロメイ演じるマリア・シュナイダーが、女手一つで彼女を育てた母親に、「自分の父親に会ってきた」ことを告げる。父のダニエル・ジェランは著名な俳優で、マリアの母とは結婚しないまま別れてしまった。不満げな母をよそに、マリアは父との再会を契機に俳優業に興味を持つようになり、17歳で銀幕デビューを果たし、そして19歳で『ラストタンゴ・イン・パリ』のジャンヌ役に抜擢される。

つまり、彼女は自分を育ててくれた母親と衝突したうえで映画の世界に進むことを決め、後戻りができない状況で、『ラストタンゴ・イン・パリ』を選択したのだ。

そして「バターの事件」のシーン。冒涜の言葉を口にするように強制させられながら、陵辱されるマリア。思わず嗚咽をもらす。それをただ傍観するだけの撮影スタッフたち。撮影が終わり、衝撃のあまり言葉を失うマリアにブランドが近づき、こう囁く。「たかが映画だ」。その後、彼女は周囲からの声と性被害を受けたショックで徐々に神経をすり減らし、ドラッグに手を染めていく……。

映画『タンゴの後で』。transformer.co.jpより引用。

「『トラウマのゆっくりとした毒』を描きたかった」と監督のジェシカ・パルーはインタビューで述べている。映画で描かれたマリアは、やはり私の聞いたヴィットリオ・ストラーロの証言とは食い違っている。老いた撮影監督の思い出と、従姉妹の手記をもとにしたフィクション映画のどちらを信じればよいか。

それでは『ラストタンゴ・イン・パリ』撮影以降、実際にマリア・シュナイダーがどのような言動をしていたかを見ていこう。

▶︎バターの場面のその後

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