Manifesto Deep Roma

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Deep Roma

Passione 「 パッショーネ」、と名づけた小説を出版するにあたり、Deep Rome というタイトルで、Webサイトをはじめることにしました。

小説の解説になりそうなローマの出来事、おもしろい、と思ったこと、また、ローマに住むいろいろな人々のインタビューなどもして、その風俗、文化、メンタリティや社会事情をつれづれなるまま、行き当たりばったり、文体も変えながら、ヴィジョンなく書いてゆこう、と思います。興味のある事象については、脈絡なく、あっちへ行ったり、こっちへ飛んだりと掘り下げるつもりです。

政治的な内容に触れる記事が多くなるかもしれませんが、わたし個人はいかなる政治思想にも心惹かれることなく、感心も薄く、自由でありさえすれば、右でも左でもどちらでもかまわない、と考えていることを、まず最初に白状しておきたいと思います。できることならあらゆる政治思想の外側で、感心したり、おろおろしたり、騙されたり、踊ったり、唄ったり、そんな具合に気まぐれに、ふらふら放浪しながら、なんでもない「でくのぼう」として無責任に生きていくのが理想だとも思っています。

しかしながら、ローマに住んで人々と接し、その文化に触れスピリットを探るうち、政治的な動きをまったく知らないと、その動きがどのストリームからやってきたのか、何がルーツなのか、本質が理解できないことも事実です。実際のところ、文化的動向には必ず何らかの政治的な背景があるもので、たとえば、「わたしは政治的な動きには興味ない。政治思想なんてどうでもいいんだ」と断言することも、実のところ、立派な政治的発言でありましょう。

したがって、ローマの街で、人だの文化だの表現だのの動向を追ううちに、「何が彼らをそうさせているのか」、政治的背景やそのストリームを調べなければならなくなりました。しかもローマという街は、はるかかなたの古代より、政治でできた街でもあり、人々が、老いも若きも「俺は絶対右だ」「わたしは当然左よ」「おいらは断然アナーキーだぜ」と明らかな意見を持っていたりするのも難儀です。

ことに60年後半〜80年代前半にかけてのかなり厄介なイタリアの政治、市民の間にバイオレンスのカルトが吹き荒れた『鉛の時代』の余韻は、いまだに実感として肌で感じることのできるストリームであり、ときおり巷のあちこちにヒョイッと顔を覗かせます。また、その時代を一概に「あれは時代の徒花。それになんだか時代遅れ、時代は変わったんだよ」とひとくくりには言い放つことができない根深い背景もあるように思われます。ひょっとすると、えてしておおげさで芝居がかった傾向を持つローマの有り様は、世界のある種、『寓話』ともいえるべきものなのかもしれない、などとも思うのです。

テリトリーを持たない、リベラルなお金が国境を超え、怒濤のごとく地球上を駆け巡るハイパーキャピタリズム、それにともないテロまでがグローバル化してしまった現代。右であるとか、左であるとかの論争は単なる机上の空論であり、対立が存在するかのような構図は、民主主義という政体下における政治ダイナミズムとして、便宜上存在しているかのような印象を、わたしは常に抱いています。

それでもやっぱりわれわれは、どこの国にいても、いまだに右であるとか、左であるとか、保守であるとか、革新であるとか、互いに互いを攻撃しあい、誰のせい、彼のせいと責任を押しつけ合うだけです。それぞれの多様な意見を尊重しあう民主主義における「自由、平等、平和」の輝かしい理想は、遠い彼方の地の果ての、ひたすら続く砂漠の向こう、蜃気楼に浮かぶ「幻想」のようなもので実感が伴いません。そして現実の、その砂漠の国々では、先進国も参戦しての長い戦争が繰り広げられ、多くの無辜の市民たちが、銃弾と爆弾が飛び散らす砂嵐に飲まれながら、毎日、生命を失ってもいます。

『現実』。

この尤もそうな顔をした正体不明の永遠の謎は容赦なく、蜃気楼をも、幻想をも、たちどころに木っ端微塵に打ち砕いていきます。豊かと言われる国に住むわれわれ個人の日常は、一見おだやかに、ありふれながら過ぎてゆくとしても、どこかで間違ったスイッチが入れば、あっという間に底なしの闇にも通じる、実は謎に満ちた現実にわれわれが生きていることを、少なくとも自覚しておくべきかもしれない、と外国にいながら思います。いまやわれわれ世界市民は、あちらが揺れればこちらが揺れる、ひとつの大きな船に乗っているようなものではないでしょうか。

さて、少し話は逸れましたが、ローマという街は、さまざまな顔を持つ、時と人のカオスです。『ドルチェ・ヴィータ』もあれば、『自転車泥棒』もあり、『ローマの休日』もあれば、『サティリコン』も『ソドムの市』もある。あたりまえのことですが、古代の華々しい英雄たちの想い出とノスタルジーだけで、ローマという街が形成されているわけではありません。それぞれの胸に、希望や、時には絶望を秘め、お金持ちや宿無し、宗教者や芸術家、革命家や有名、無名の人々が、時代を漂流しています。陽気で明るく呑気、という定説を持つイタリア人ですが、もちろん彼らも、世界中すべての人々と同じように慟哭し、焦燥感にさいなまれ、歓喜し、迷い、日常に翻弄されていて、本当のことをいえば、ステレオタイプは、結局あまり当てにはなりません。

ただ、イタリア人において特筆すべきことといえば、彼らの、その尽きることのない、しかも自分勝手なエネルギーでしょう。わたしの周囲の人々は、一日じゅう平行線のまま議論し続け、それでもやはり平行線のまま次の日まで継続し、縦横無尽に動き回っているかと思えば、その途中、スマートフォンでも議論に明け暮れ、眠る間を惜しんで遊びにでかけ、さらに出かけた先で議論に興じ、その合間に、情熱的でロマンチックな恋に胸を焦がしていたりもします。ファー・イーストから訪れた異邦人としては、その彼らの、『個』を隠さない、空気なんか読まないエネルギッシュなスピリットは、なかなか観察し甲斐のある、さらには少し見習いたい、とも思えるものなのです。

そしてまた、過去の時間の残骸ともいえる、廃墟に覆われたローマの宵闇、誰もが寝静まった街角、路地、広場に絶え間なくほとばしる噴水の音が、パソリーニの言う、Disperata Vitalità (絶望した生命力)という、哀しく、激しく、うつくしい言葉が、なにかこう、ぴったり似合うようにも思ったりしています。

 

Anna Magnani canta “Quanto sei bella Roma” .


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