2017 ローマ 灼熱の夏:Vacanza Movida 水騒動 etc.

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日本も暑い毎日が続いているようですが、今年のイタリアは6月中旬から35℃に達するという例年にない灼熱の日々が続いています。遂に8月に突入した今週は、サハラからの熱嵐、その名もルシフェル、が急襲し、40℃以上!という砂漠予報が続いているにも関わらず、今年はローマの中心街のどこを歩いても、昼も夜も人があふれている、という印象。もちろんローマの人々が海や山に出かける、本格的なヴァカンスシーズンを迎える時期なので、だんだんに人が少なくなるのかもしれませんが、いずれにしても、今年の夏のローマには例年以上の観光客が押し寄せている。

さらにシチリアをはじめ南イタリアには、地中海を渡って5000人もの難民の人々が1日に訪れることもあるわけですから、彼らの移動に伴って、ローマにもたくさんの難民の人々がやってきます。わたしが住んでいる地区は、アジア各国からの移民の人々が多く店を構える、ちょっとした「コスモポリタン」地区でもあり、最近ではアフリカ人の青年たちや婦人たちが集まって、建物の影の少し涼しい場所でおしゃべりをしたり、パンを食べたり、音楽を聴いているのをよく見かけます。たまたまその辺りを通りかかると、「I love China」と声をかけられたりするので、「に見えるけど、残念。わたしはJapanです」 と答えれば、すかさずその婦人は「I love also Japan!」と叫び、ははは、と笑う。そこでわたしも笑いながら通り過ぎる、と言う具合です。

そういうわけで、夏の灼熱期間は、重たく熱い『鉛の時代』のリサーチや、人々のインタビューはお休みして、いつもとはちょっと違う、どこもかしこも満員感のあるローマ、イタリアの夏を、さらっと眺めてみようと思います。

イタリアを訪れるヴァカンス客たち

真夏に向かうここ数ヶ月、どこに行ってもヴァカンス客にあふれ、地下鉄もバスも時間帯によっては超満員、聴こえてくるのは、ほとんどイタリア語以外の言語だと言っても過言ではないかもしれません。サン・ピエトロ寺院、ヴァチカン美術館、コロッセオなど、観光名所には長蛇の列が延々と並び、3、4時間待ちもざら、という話をあちらこちらで聞きます。先日、ローマを訪れた友人と共にコロッセオ近辺を散歩した際、エントランスから続く入場待ちの列が、遥か遠くまで延々と続いているのを観て、顔を見合わせたのち、「噂は本当だ」と無言のうちに入場を断念したほどです。もちろん、ローマは世界有数の観光地には違いなく、シーズンともなると、どっと人が訪れはしますが、これほどの混雑を体験したのははじめてかもしれません。

ただし今年は、これほど人が多いにも関わらず、例年、ふたつ、みっつは必ず起こる観光客がらみの事件が、今のところほとんど起こっていない。例えばトレビの泉に飛び込んで泳いだり、ナヴォナ広場の重要文化財、ベルニーニの4大河川の噴水で裸になるトゥーリストが現れたり、酔っ払って大騒ぎをしたり、という困った事態が続出するのが恒例ですが、厳重なテロ対策のため、多くのポリスや銃を手にした軍隊が、地下鉄、駅周辺を含める街中を隈なく見張っているという状態ですので、行きすぎた悪ふざけをする勇気ある輩もなかなか現れません。

そういえば、テロ対策として銃を構えた軍隊が街角や教会の周辺に立つようになった頃は、ドキドキするようで恐ろしく、目に映る世界が突然変わってしまったようにも感じましたが、今ではまったく普通の光景となりました。人は自分を巡る環境に、たちまちのうちに慣れるものです。

さらにローマ市は、市民であっても観光客であっても、街の重要な文化財である歴史的な噴水にプールのように飛び込んだり、水遊びをするなどの度を越した悪戯をした場合は、240ユーロの罰金を課すことを決定し、今年のローマは『旅の恥はかき捨て』対策にも余念がない。わたし自身は、罰金を課すことで規則を守らせる、という姿勢は、あまり好ましいとは思ってなくとも、歴史的な文化財を被害から守るためにはやむを得ない処置なのでしょう。

実際、罰金が決定されてからは、まだ一件も「噴水飛び込み事件」を耳にしません・・・・と断言するつもりでしたが、遂に、7月31日にシャンプー持参で、トラステヴェレの噴水をシャワー代わりに使った観光客グループが、写真入りで報道され、しかし警官が駆けつけた時は、大挙して立ち去った後だったそうです。さらにはトラステヴェレの近くのジャニコロでも、全裸で噴水に入っている男性がビデオ撮りされ、報道されています。罰金も、ルシフェルの圧倒的な熱地獄を前にして、ほどほどにしか威力を発揮していないようです。

ところで少し話は逸れますが、これほどたくさんの観光客がローマに滞在し、炎天下にも関わらず、永遠の都を、時間を惜しんで散策しているハイ・シーズン。ローマ市内バス、地下鉄を運営する市営ATACは、英断なのか、無謀なのか、無神経なのか、7月20日、最も散策するに適した涼しい午前中、全面交通ストライキを敢行。「えー!スト?!バスも地下鉄も?」と街にあふれかえる観光客たちを足止めし、落胆させる、という1日もありました。

しかしまた、この「あらゆる条件下においても毅然として信念を貫く」あるいは「人の迷惑をまったく顧みない、ひたむきな抗議」というATACの姿勢には、イタリアの伝統的な精神性の一端を垣間見るような気がした、と告白しておきます。実際、「まさかこんな時に、突然ストライキとは」という経験は、イタリアにおける重要な通過儀礼のひとつでもあり、この『洗礼』を受けてはじめて、『イタリアへの巡礼者』と正式に承認されたということでもありましょう。

いずれにしてもローマ市営ATACとヴィルジニア・ラッジ市長はどうも相性が合わないようで、7月28日には「ATACの財政はかなり悪化していて、毎月やっとのことで職員に給料を支払えるほどだ。どのような再建計画を立てても危険であり、状況は脅かされている」と発言し、総責任者が辞任(させられた)しました。ATACの責任者絡みの混乱は、市長の在任約1年で2度めのこと。早速新しい責任者が決まりましたが、ローマのトラフィック・カオスはまだまだ収まりそうにありません。

また、地下鉄に関していえば、7月の31日から9月3日まで地下鉄A線の工事に伴い、テルミニ駅からアルコ・ディ・トラヴェルティーノ駅まで、7駅が完全閉鎖(代わりにシャトルバスが運行)。ヴァカンスに行かない市民からは「夜間に工事をすればいいのに」と大きな不満の声が上がっています。さらに市内バスもヴァカンス期で大幅に便を減らされているため、8月のローマ市内の交通事情は、かなりの注意を要する状態です。

 

コロッセオ周辺は常に大変な混雑。

 

さて、この数年の間に年間400万人もの観光客が訪れるようになったカプリ島の市長が、「島のイメージと自然環境の破壊から島を守る」ため、これ以上、島に観光客を増やしたくない、島に乗り入れる船の便数を減らしたい、と悲鳴をあげるほど、イタリア各地に続々と観光客が訪れているのは、特筆すべき現象です。もちろん観光産業界には大変喜ばしいことですが、普通に生活を送る市民にとっては、いつ地下鉄に乗っても満員、という暑苦しさが増す夏でもあります。

しかしなぜ急に、イタリアへのヴァカンス客がこれほど増加したのか。

周知のごとくイタリアは、豊かな自然に恵まれ、風光明媚な上、歴史建造物、モニュメント、芸術作品が至るところに散在、見どころが多くあるBel Paese(美しい国)。1年を通じて、観光客が絶えることがない人気の観光スポットを多く有する国には違いありません。とは言っても、ここ1、2年の夏の観光客の多さは尋常ではなく、欧米各国からだけでなく、中国、日本、韓国、インドをはじめとするアジア勢、中東勢も途切れなく訪れている。

その理由として、一般的に考えられるのは、イタリアのブランドイメージの確立もさることながら、近年の欧州各地、中東、アフリカで頻発しているテロリズムの大きな影響です。つまり今までエジプトやトルコなど、中東各国、アフリカへヴァカンスに出かけていた人々の選択肢が、各国の不安定な政情で大幅に狭められ、今のところ、IS絡みの大きなテロは起こっていないイタリアをはじめとする南欧へと、人々の旅先が集中している。去年ニースで大きなテロが起こったフランス人のヴァカンス客は、最近国内のヴァカンス地へと徐々に人々が戻りはじめてはいても、シチリア、サルデーニャ、あるいはギリシャの島々へと多く繰り出している、と聞きます。確かにローマでも地下鉄に乗ると、英語よりもずっと多くフランス語を耳にするという印象です。

また、つい最近、トルコで自国の人権活動家が不当逮捕された経緯を持つドイツに至っては、「活動家が無闇に逮捕されるトルコのような国には行くべきではないし、投資すべきでない」とメルケル首相自らトルコへの観光を留まるよう国民に呼びかける(コリエレ・デッラ・セーラ紙)という事態ともなっているようです。

 

サン・ピエトロは厳重な警戒で、セキュリティを通らなければ中に入れなくなったため、延々と列が続いており、寺院の内部に入るまで、まさに修行とも言える、巡礼の旅。かつてはサン・ピエトロで待つことなど皆無、自由気ままに出たり入ったり、ミサにも参加できました。

 

夏が終わり、はっきりしたデータが出るまでは、どれほどの人々がイタリアに訪れたのか、明確な数字はわかりませんが、日々の実感としては、確かに観光客がぐんぐん増えている (2017年5月の時点で、今年はイタリアにおけるトゥーリストによる消費が、過去最高の400億ユーロに届く、というリサーチが出ています。これからヴァカンス・シーズン本番を迎えるにしたがって、イタリアの、特に海辺、山間の地域の混雑は、いよいよ増すはずです。

つまり、続々と訪れる人々の、陽気で賑やか、歴史のロマンに彩られたイタリア旅行の背景にも、一連のテロ事件が影響しているということです。もはや、冒険に満ちた未来を信頼できない、という不信感が、普通に毎日を送るわれわれの意識の奥底にじわっと根を下ろし、静かに人々の動きをコントロールしはじめています。例えばイスタンブール、カッパドギア、シャルムエルシェイクやカイロ、かつては気軽に行けた場所が、いつの間にかはるか遠く、何が起こるか分からない、危険な場所になってしまった。そういえば、15年ほど前には「シリアってめちゃくちゃ面白い」と身近な友人たちがこぞって出かけていたのが嘘のようです。

そしてその、「未来を信頼できない」という漠然とした不安感を誰もが持っていることを象徴する大きな事件が、つい最近、イタリアのトリノでも起こったところです。今のところ、ISのテロを体験していないイタリアの人々にも、その漠然とした『恐怖』が、意識の奥底にしっかりと根付いていることが、この事件で明らかになった。

フェイクテロ・パニックからモヴィーダ・カオスへ

それは6月2日、トリノの街が待ちに待った欧州チャンピオンズ・リーグの決勝、リアルマドリッドとユーベントスの試合が行われた晩のことでした。その夜トリノの市民の『サロン』と呼ばれる巨大なサン・カルロ広場には、マキシ・スクリーンが設置され、ユーベ必勝の願いを込めた、トリノ初とも言える大掛かりなお祭りが準備されていた。試合当日は、3万人を超えるユーベファンがイタリア中から集まっていたそうです。

それぞれがビールを片手に広場一面をびっしりと埋め尽くし、前半から旗色が悪かったユーベを力の限り声援。わたしはちょうどその時、ローマの広場の片隅のバールで試合を観ていましたが、リアルマドリッドのゴールが決まるたびに、そこに集まった50人ほどの人々は、みるみる不機嫌になり、イライラしてテーブルをコツコツ指で叩いていましたし、あまり好ましくない、険悪なムードの中、試合が進んで行ったのは確かです。リアルマドリッドが勝利に一歩近づいた3本めのゴールあたりでは、ガタガタッと席を立ってその場を離れる人も数人いました。

トリノのサン・カルロ広場では、その3本めのゴールが決まった時に異変が起こった。いったい何が起こっているのかわからないまま、何千人もの群衆が、怒涛のように逃げ惑い、足をもつらせて転んでは、逃げ惑う人に踏みつけにされる、という凄まじいパニックに巻き込まれています。

爆発のような音、誰かの「爆弾だ!」という叫び声がきっかけだったということですが、そもそもユーベが劣勢で、誰もが苛立つ不穏なムードのなか、スクリーンを凝視していた群衆が、「爆弾!」の一声で、咄嗟に『テロだ』と信じ込み、瞬時に逃げ惑っている。その結果、群衆に押しつぶされた女性ひとりが死亡、重傷を含め、1527人が負傷するという大惨事となりました。その夜、テレビのニュースに映し出された広場の光景、ビール瓶の破片が散乱し、バックや靴が転がり、本物の爆弾が爆発したかのような惨状に、イタリア中が衝撃を受けた。

 

トリノ、サン・カルロ広場 (Emanuele Menietti – il Post)引用

 

現在、トリノ市を含め、イベント制作者、当局の警備体制の管理に落ち度はなかったか、その夜のイベントの準備段階からの詳細が調査されています。もちろん、緊急の際のセキュリティが万全ではなかったことは否めませんが、現実はといえば、一体何が具体的に人々の恐怖をかきたてる引き金となり、群衆をパニックに陥れたか、その場にいた人々も「よく分からない」と首を傾げるだけでした。ただ、確実に言えることは、そこに集まった3万人が、いまやどこででも起こりうるテロの可能性を、あらかじめ漠然と共有しており、その群衆の意識の奥底に潜む『恐怖』が、ちょっとしたきっかけでコントロール不能な集団ヒステリーに陥らせた、ということです。

つまり、今回の事件は、物理的な武器、爆弾を使うことなく、無から「ひとりで」にテロが発生したと言えるかもしれない。そして人々の心理にテロの恐怖がしっかりと根を下ろす状態こそが、おそらくテロを起こす側が目的とする群衆の心理であり、それがすでに成功していることが、トリノの大パニックで歴然としたわけです。『恐怖』という感情が、どれほど人間を簡単にコントロールし、一瞬にして狂気に導くかを目の当たりにし、その場にいたら、おそらく自分も逃げ惑っていただろうと想像して、慄然としました。

さらにトリノに関しては、後日談があります。サン・カルロ広場の大惨事のあと、おそらく警察も、あらゆる地区のセキュリティに関して緊張状態だったに違いありません。しかしトリノの『モヴィーダ』のひとつ、Vanchiglia(ヴェンキリア)地区で警察隊と市民の間で起こった衝突は常軌を逸している。

スペイン語の『モヴィーダ』は通常、ペドロ・アルモドバルなど独特の個性輝くアーティストたちを多く輩出した、ちょっと退廃的な空気を持つ70年代の文化社会運動。イタリアでは最近、若者たちや観光客が、広場や通り、レストラン、バールの屋外のテラスなどで、熱い真夏の夜を楽しむことを表現する言葉として、そのスペイン語の『モヴィーダ』を使うことが多くなりました。そもそもイタリアで『モヴィーダ』という言葉が使われるようになったのは90年代。その頃のイタリアの『モヴィーダ』は、スペイン語の由来に近い、若い人々が集まるヴァイタリティのある真夜中のカルチャー・ムーブメントのことでしたが、現在では、ただ人々が集まって、なんとなく騒いで楽しむだけの、商業的なナイト・スポットを指すことも多くあります。

衝突の発端は、ビール瓶のガラスの欠片が散乱した、サン・カルロ広場で起こった大パニックを念頭に、近年、モヴィーダで起こるアルコール絡みの事件を防ぐため、5つ星運動のキアラ・アッペンディーノ、トリノ市長が決定した、夏期限定のアンチ・アルコール法でした。モヴィーダ地区では、道端で違法にビールを売る移民や、夜遅くまで開いているバングラデッシュ人が経営するミニマーケットでビールを買い込んで、夜遅くまで道端で騒ぐ若者たちが近隣の迷惑になるのみならず、暴力事件に発展することもある。それらの事故を未然に防ぐために、アッペンディーノはミニマーケットや、移民たちの屋外での、ガラスのボトル入りアルコール飲料の販売を、22時以降禁止した。

その、少々威圧的なアンチ・アルコール法に反発、アッペンディーノのやり方に異議を唱える地元のチェントロ・ソチャーレ(文化的占拠グループ)『アスカタスーナ』の活動家たちと、数日間、ちょっとした諍いを起こしていた当局は、その日、よほど腹に据えかねたのでしょう。一般の人々がなごやかに食事をする広場、『モヴィーダ』に押し寄せ、レストランやバールを破壊するという暴挙に出た。しかし、いくらなんでもこれは当局の過剰反応に違いなく、SNSやメディアで大きな非難を浴びました。

 

 

さて、トリノと同じく、5つ星運動のヴィルジニア・ラッジ市長が率いるローマでも、同様に夏期アンチアルコール法が制定され、0時以降午前7時まで、屋外でのアルコールの摂取は禁じられることになっています。その規則を破った場合はヴァカンス客を含め、150ユーロの罰金が課せられる。また、午後10時から午前7時まで、無許可でアルコールの販売を行った者には280ユーロ、午前2時から7時まで、パブでもバールでも、あらゆるアルコールの販売は禁止、販売を行った者には同様に280ユーロの罰金が課せられます。

繰り返しになりますが、わたしは個人的には罰金で人を規制することを好ましく思いません。しかしいいか悪いかは別として、今回の一連の政策で、難民の人々の排斥傾向という姿勢も含め、なかなかシビアで融通が利かない、という息苦しい印象を、5つ星運動に改めて持った、というのが正直なところです。

ところで、ローマで『モヴィーダ』と呼ばれる地域はトラステヴェレ、リオーネ・モンティ、ピニェート、テスタッチョ、カンポ・ディ・フィオリ、サン・ロレンツォ、通好みの渋いアンダーグラウンド地区はティブルティーナからプレネスティーナ、チェントチェッレのローマEST(東)、といったところでしょうか。今年はしたがって、今のところは割合落ち着いた雰囲気の真夏の夜が進行中です。

また、嬉しいのは、70年代後半に端を発するローマ市が主催する真夏のイベント「Estate Roma-エスターテ・ロマーナ」が小規模ながら復活しつつあること。去年まで下火となっていた、オープンシネマやライブが、今年はローマの街の各地区の広場や街角、公園で開催され、老いも若きも三々五々と集まって、庶民的で活気のある夏のイベントとなっています。近所のオープンシネマを覗いてみると、23時からの上映も満員盛況。もちろん、今年もトラステヴェレのサン・コシマート広場では、チネマ・アメリカの若者たちが、厳選した作品と、監督、俳優たちを招いて、映画の夕べを毎晩企画して、大賑わいです。

イタリア人よりも移民や難民の人々にすれ違うことの多い、わたしの住む地区では、夜が更けるにしたがって、たむろして飲み明かすグループがあちこちに集まり、酔っ払いの喧嘩が起こったり、ビール瓶を石畳に投げつけて粉々にしたり、朝、路上に注射器が転がっていたり、と真夏の深夜の無法地帯となっていましたが、今年は広場で夜遅くまでオープンシネマが上映されるせいで、人々が行き交い、明るく、健全な雰囲気ともなっています。そういうわけで、『鉛の時代』の暗い空気を一新したローマ市主催のイベント、エスターテ・ロマーナ以来の「文化が地域を活性化し、人々を健全にする」という定説は真実だ、と実感した次第です。

ローマの水問題、断水はとりあえず中止

世界中でじわじわと進行している温暖化のせいか、降雨量がきわめて少ない今年のイタリアは、全国的な大干ばつ。ローマも例に漏れず、水源のひとつであるブラッチャーノ湖が、1m60cmも標準値を下回り、生態系が変わりそうなほどの枯渇の危機を迎えています。

ローマ市の水の供給を行なっているのは、Aceaというイタリアのエネルギー主要会社のひとつですが、湖がこれほど枯渇する前に、何の方策も取らず、ひたすら汲水し続けたことに、現在調査が入ったところです。そのため、7月31日からラツィオ州、ローマ市内の水が供給制限され、8時間の断水が実施されるかもしれないと、この灼熱にとんでもない断水計画がAceaから持ち上がり、ヴァチカンは直ちに全ての噴水の水を止めた。ローマで『断水』なんて、古代ローマ時代以来一度もなかった、と市民からも大きな反発が起こりました。

しかしながら、土壇場になって「ローマで断水だなんて、国際社会の笑い者になる」と、断水は中止。ブラッチャーノ湖を保護するため、7月28日に設定されていた汲水中止は、1日の汲水量を厳重に管理されながら9月1日まで延期となりました。市民はもちろん、レストラン、ホテル、バール、病院など、水なしの状況では運営できない施設に関わる人々も、深刻な事態に陥らず、ホッとひと安心した次第です。また、ナゾーネ(公共水道)が生命線でもある、路上で生活することを余儀なくされた人々にとっても、断水中止はとても良いニュースでした。

NYタイムズ紙は、今回のローマの水騒動を報道するにあたり、「そもそも古代ローマは、優秀な水道設備で『水』という自然を制覇したことから発展しているのに」と現代のローマを皮肉る記事を書いていますが、実際、NYタイムズの言う通り、現代ローマにおける水道管理はかなり酷い状況です。70年代以来、水道管設備が修復されていないため、水源から各地に水が運ばれる途中、水道管からは汲水量の44%以上!の水が漏れ出しているのを放置されたまま、という信じられない杜撰さ。

今回問題となったブラッチャーノ湖は、ローマの水の供給の8%を担うにすぎず、水道インフラが100%管理されていたならば、まったく問題にならなかったはず。また、古代ローマからの街の水源でもある大切な湖が枯渇しそうなことは、環境の観点から大問題でも、明日にでも水が止まる、という緊急事態を煽る報道のあり方、Aceaの脅迫的な姿勢にも大きな疑問が残った。さらにはラッジ市長が選挙時に掲げていた「水の公営化」の話はどうなったのか、水を議論するには絶好のチャンスだったというのに、何の議論も起こりませんでした。

いずれにしても、今回の水騒動の一件で、ローマの水道管のインフラ整備の見直しを、Aceaが大掛かりにプロジェクトするようで、多少ゼネコン臭というか、政争臭がしないわけではなくとも、水道管から44%も漏水するという尋常ではない状況は、責任を持って、一刻も早く改善してほしいものです。

街の隅々まで噴水や、ナゾーネと呼ばれる常に冷たい水が迸る水道がある、水が豊かな印象のローマ。断水で街が荒れ果てることもなく、枯れた廃墟を抱きながらも。瑞々しいローマのまま、いよいよ本格的なヴァカンス・シーズンに突入です。そろそろ人々が、海へ、山へと旅立つ頃。街の満員感も、少しは収まるかもしれません。

 

街角のオアシス、『ナゾーネ』と呼ばれる水道からはいつも冷たい水が迸っている。ありがとう、水。

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