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集積から空へ:大きく変容するローマの画家 サルヴァトーレ・プルヴィレンティ

Cultura Deep Roma Eccetera Intervista

Salvatore Pulvirentiは、彼の描く絵のインパクトもさることながら、その飄々とした風情、柔らかい物腰と常に紳士的な振る舞いに、いつもほっとさせられる画家です。ここ数年、制作を停止、沈黙していたそのサルヴァトーレ・プルヴィレンティの展覧会が、久しぶりにbibliotheで開かれ、展示された作品を観た途端にあっと驚区ことになりました。魔術的な色彩が踊るプルヴィレンティ・スタイルからは想像できない、「」をも感じさせる「墨絵」が壁の一面を覆っていたからです。

プルヴィレンティの絵といえば、メタフォライズされた彼自身の記憶無意識シンボリックなオブジェクトが集積され、その世界の色や空間はひたすら濃密、きわどく危ういバランスが人々を魅了する。それが彼の絵に抱く、わたしの毎回の印象でした。放たれるエネルギーは強烈でありながら、しかし同時に気品があり、彼独特の、どこかアイロニカルな遊びが見え隠れする。そしておそらく、その「濃密」さとアイロニーは、彼の原風景であるシチリアの、太陽の光、大地に落ちる濃い影、そしてその地に繰り広げられた長い歴史、さらにローマで過ごした彼の時間に大きく影響されたのであろう、と想像していましたが、そのイメージは今回、見事に打ち壊されることになりました。。

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Dopo la danza, 2005 olio su tela 140×20 cm collezione privata(2005年 ダンスのあと 個人蔵)

シチリアのカターニャで生まれたこの画家は、シチリアの美術学校を終えた後、ローマのAccademia di Belle Arti(ローマ美術大学)を卒業、イタリアの『鉛の時代』、激動の幕開けとなった69年から、制作活動に入っています。イタリアの70年代は、政治的混乱真っ只中の時代でありながらも、ローマにおける演劇、文学、音楽、映画、そして現代アートのシーンが活気を帯び、次から次へと新しい表現が模索された時期でもあります。奥さまが日本人であることから、日本にも縁が深く、日本各地で数々の展覧会を開催。日本文化に造詣も深く、その作品に彼のルーツであるシチリアと日本がメタフォライズされていることを見抜く批評家もいます。また、プルヴィレンティは長きに渡り、Liceo Artistico (美術高校)で教鞭を振るい、ローマの若いアーティストたちを育ててきた人物でもあります。

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今回、Bibliotheで発表されたSalvatore Pulvilentiの作品。シチリアのカクタスと海と空が墨絵として描かれた。ローマ中心街にある、カルチャースペースbibliotheでは、Unum ー”Un Artista, Una grande opera(ひとりのアーティストと傑作)”と題された展覧会が開かれている。

さて、今回の展覧会のカタログに、ローマ大学サピエンツァの政治科学学部の教授であり、自身もまた画家でもあるTito Marciはこう書いている。以下、抜粋して意訳します。

夏の気だるい午後を想像するといい。海には波がつくる泡。湿りのある太陽。太陽がサボテンに支えられ、照り輝いている。空にはちいさい雲がふたつ。目をつぶると、目がくらむような純白にピントのぼやけた、か細い線が浮かんでいる。影のない光。この短い時間に、精神の非現実的な観念は、繊細であった時代の月日の明確な印象と融合し、瞬間、彼自身のやるせない不在(画家の生地であるシチリアに)は形となって満たされる。これがサルヴァトーレ・プルヴィレンティの画家としての最新の表現だ。彼の表現は、Cromatica(色彩)勢い、色の爆発から白へと移行した。この変化は、形こそ違うが、(Lucio) Fontanaに起こったことと同様、表現からあらゆる要素を取り除き、浄化し、観念化へと進んだということでもある。

また、展覧会を企画したFrancesco Gallo Massero(フランチェスコ・ガッロ・マッセロ)も「自らの内にある神性、そして宇宙の神性の深い謎を結ぶには(プロティノス:ネオプラトニズム哲学)、革新的な方法を使うのが理想だ」と、革命的な変化を見せたプルヴィレンティの表現に一文を寄せました。

実際、展覧会に集まった、彼の今までのスタイルを知っている人々からは驚きの声が上がっていました。3年もの間沈黙しながら、きわめて印象的に再び姿を現した画家の、このドラスティックな変容に、わたしももちろん大きな興味を抱きました。しかもプルヴィレンティは、あまり饒舌ではなくとも、話す機会に恵まれるたび、ハッとするようなヒントをあたえてくれる人物。イタリア人である彼の話しぶりを、こんな風に表現するのは適切ではないかもしれませんが、含みがあるというか、暗示的というか、時に「法話」を聞いているような気持ちにもなります。ゆっくりとした、音楽的な口調から、彼に流れるリズムが聴こえてきて、思わず時間を忘れて引き込まれる、と言ったらいいでしょうか。

なにより、自分自身の表現の変化、つまり、自意識を超えた領域の変遷を、過去のスタイルに執着することなく、のびのびと打ち破るおおらかさには、小気味よさを覚えます。墨で描かれたひとつひとつの線の筆の勢いで出来る黒の濃淡で語られる、抽象としてのシチリア。そのシンプルなモノクロームの世界に、色彩、太陽、風、匂い、時間、画家のすべての想いが満ちている。彼が描いた新しい絵を前に、じっくりと話を聞いてみることにしました。

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オープニングで開かれたトークには、大勢の人々が詰めかけた。

沈黙の3年の理由

3年。今思えば長い時間だ。その間、私がずっと考えていたのは「浄化」。つまり自分自身を「浄化」しなければならない、ということだったんだ。そしてその浄化にどれぐらい時間を要するか、まったく見当がつかないまま毎日を過ごし、結局3年の歳月が流れたわけだがね。しかし何もしていないからといって、絵を描いていないわけではないんだよ。手は動かしていなかったが、実のところ絵を描いていた。もちろんキャンバスにではなく、私のアイデアのなかでね。

この3年間、それでも毎日スタジオには通っていた。そう、毎日。しかし一度も「描かなければならない」と義務を感じたことはないんだ。スタジオにいる時間は穏やかに過ごしたと言ってもいい。ところが、いつものようにスタジオに出かけたある日、まったく予期することなく自然に絵を描き始めることになり、それがわたしの新しい表現となったわけだ。展覧会のオープニングに来た女性に「この絵を描くのに、どれくらい時間がかかったんですか」と尋ねられたとき、だからわたしは「3年」と答えたよ(笑)。

私の絵画表現を振り返るなら、色彩イメージ集積した画風を貫いた時期があった。それはまるで溶岩がみっちりと充満している火山が今にも爆発しそうな、濃密なものだったよ。その時期に比べると、今表現しようとしているのは、ある種「」的な、と言える世界かもしれないね。もちろん、この表現はこうしよう、と考えて生まれてきたわけではない。自分にとっての必然、生理的な欲求というか、無意識がわたしをこの表現に向かわせた。遠近法も、対象物もすべてキャンセルするという表現へとね。

今回描いているのは、シチリアの風景ではまったくありきたりな3つの要素でもあるだろう? カクタスと海と空。しかしこれらをどのように表現するかが問題ではあったね。また、どんなマテリアルを使って表現するか、ということも重要だった。結局選んだのは紙と墨、elementare、つまり究極的にエレメント(基本)であるマテリアル。それらを使って、シチリアのエレメント(基本)を表現したということなんだ。

シチリアという自然

シチリアはわたしの自然であり、大地だ。おかしなことに離れれば離れるほど、シチリアこそがわたしの大地だ、と痛切に感じる。もはやほとんどシチリアへは帰ることがないにも関わらずね。正直に言うとね、シチリアへ旅することは、わたしにとってはあまり好ましいことではなく、一種の痛みを感じることでもあるんだ。シチリアへ旅する人はみな、風景、光、海に魅了され、すぐに島の虜になる。しかし残念ながら、僕がシチリアに旅して、すぐに反応するのはシチリアの言葉だからね。もちろん僕はシチリアの方言をすべて理解することができるから、人々の話す言葉の意味が押し寄せてくる。つまり、非常に強烈な、場合によっては暴力的な言葉が、シチリアへ着いた途端に耳に入ってくるんだ。

もちろん、ローマの方言に暴力的な部分がないとは言わないよ。シチリアから来たわたしがRomanesco(ローマ弁)の壁の内部に入り込むことはまた、非常に難しいことだとも言える。しかしローマの人間の会話というものには、アイロニカルな表現が多いから、攻撃的なニュアンスは、アイロニーに緩められるじゃないか。一方、シチリアの言葉には、アイロニーという概念はないんだ。すべてが強烈ダイレクトに迫ってくる。これはシチリアの風土、自然に関係しているのかもしれない。エトナ山の、あの荒ぶる様子を想像するといい。そして、もまた、ある時突然怪物になる。そしてシチリアは、その事実を隠すことをしない

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Al di sopra del mare, 2003 olio su tela 140×120 cm collezione privata(2003年 海の上 個人蔵)

また、海岸線には、地中海を渡って、アラブギリシャフェニキアノルマンディ、とさまざまな文化が上陸しているだろう? 文化思想足跡をしっかり残しながらね。この事実もまた、土地に強烈さを与える要因となっている。シチリアに足を踏み入れた途端、わたしは瞬時にシチリアのすべてを体感することができるんだ。だから近年の自然破壊を見ると、とても哀しく、やるせなくなるよ。

シチリアで、わたしが最もホッと息がつけるのは、島の内部の農村部、いまだに昔ながらの巡りで人々が生活している地域だね。確かにその地域は現代の経済システムの基準から見れば貧しい地域かもしれない。しかし彼らはマテリアルな充足、という価値観とはまったく異なる価値観を日常の哲学としている。つまり、ゆっくりと、速度の遅い、自然の巡りに沿った生活、いわばシチリアの伝統的な生活を送っているんだ。速度が遅いということは、慎重に考える時間がある、ということだからね。わたしはその速度の遅さに価値を見出す。

実際、スピーディにとどまることなく生産し、消費、消費と追い立てられる世界が何処へ向かっているのか、すでに我々はこの目で確かめているじゃないか。まさに大量自殺に向かっているようだ。そして我々は、行き先の分からない世界に、漠然とした不安を抱いて毎日を過ごしているというわけだ。それはもちろんイタリアだけの問題じゃなく、世界に覆う黒い雲だよ。だから今こそ、政治、経済、社会と言うものを誰もが再考し、再構築しなければならないと思っている。このままじゃ、世界はどうにもならないだろう。「ハーメルンの笛吹き」の笛の音に導かれて、世界じゅうの人々がウェーザー川に向かって歩いているようだ。今のシステムを変えることはかなり難しいだろうが、若い世代はそれをやらなければならないよ。彼らや彼らの子供たちがシステムの犠牲になってはいけないと思っている。

『鉛の時代』

わたしがローマで活動し始めた頃と、ローマが極端な混乱に巻き込まれた時期はほぼ同時だったんだ。あの頃のローマには、毎日恐怖に満ちた緊張が覆っていてね。ローマのような「権力の中枢」である都市に住んでいると、好むと好まざるに関わらず、その混乱に巻き込まれざるを得なかった。当時の衝撃的な記憶として、わたしに強烈に残っているのは、アルド・モーロ元首相誘拐された朝のシーンだ。第一報を聞いた時、わたしは、Radio Onda Rossa(ラディオ・オンダ・ロッサ)というラジオを聴きながら、洗面所で出かける用意をしていたんだが、そのニュースを聞いたその瞬間、「最悪だ。これで終わりだ」と脱力したよ。いかに緊張が高まった時代だとはいえ、アルド・モーロという、同時のイタリアの政治中枢を担う最重要人物の一人が誘拐され、最後には殺害される、などというストーリーを誰が想像できたと言うんだ。

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サルヴァトーレ・プルヴィレンティ 1984年

当時のローマは、政治的混乱の最中ではあったが、アートデザイン文学現代音楽と、文化のそれぞれの分野に関わる人物たちが、出会う街でもあったんだよ。文化の交流にとっては非常に豊かな環境だった。さらに各分野の人々の間にもボーダーがなく、互いが自由に行き来していた。例えば誘拐されたアルド・モーロ元首相を、わたしはカンポ・ディ・フィオリの映画館で見かけたことがある。つまり各界の重要人物も普通に街を行き来していた、ということだね。しかし、その自由な空気もこの事件完全に終わった。事件が起こった後、勤務していた美術アカデミーに出かけると、シーンと静まり返っていて、ローマ中がまるで砂漠のようだったよ。そしてこの事件が起こったのをきっかけに、街中に銃を構えた警官が並んだ。

『赤い旅団』が起こそうとした革命を、わたしは根本的には信じていなかったが、彼らの思想には、賛同する部分もあったんだ。いや、もちろんわたしは暴力には反対だが、思想だけを見れば彼らはファシスティックな全体主義を主張していたわけではなかったからね。しかし、彼らがテロに走り始めた時から、わたしは彼らのことが信頼できなくなった。ただね、アルド・モーロ事件に関して言えば、彼らのあまりにプロフェッショナルな行動に驚愕したことは確かだ。脅迫のプロセス、送られてくる書類、手紙、すべてプロフェッショナル落ち度がない。いや、なさすぎた。つまり、この事件が、単純に革命を求める青年たちの手で企てられた、と考えるには無理があった。背後に非常に大きな力が潜んでいるに違いない、と感じたよ(注:アルド・モーロ事件については、先でリサーチをしますが、Youtubeに、モーロの友人であり、当時司法最高責任者だった人物が、モーロを殺害したのはテロリストたちではない、と発言する爆弾映像もみられます)。

▶︎記憶に根差した『革命』

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