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高校生のスロー・インフォメーション:Scomodo No.0

Cultura Cultura popolare Deep Roma Società

なるほど。マニフェスト紙は、ローマの高校生たちの編集によるこの月刊誌、『Scomodo(厄介な、迷惑な、邪魔な、気難しい)』を、「スロー・フード」ならぬ、「スロー・インフォメーション」と表現している。スピードと軽さとインパクト、玉石混淆でWeb上を濁流となって流れ、巨大な渦になったかと思うと、瞬く間に消え去る無限の情報に、まさに「Webド真ん中世代」にいる高校生の有志たちが「待った」をかけたという現象です。超人気アンチグローバルFumettista(フメッティスタ:コミック作家)、ZeroCalcare(ゼロカルカーレ)デザインの表紙で、No.0がいよいよ登場しました。

ほぼ大人、もどかしく、デリケートな自意識を持て余し、とどまることなく溢れるエネルギーで爆発しそうな、なかなか大人たちの手には負えない高校生たち。その彼らの間に世の中の流れとは逆行する、「月刊誌」という紙媒体のみで情報を発信しようという「へそまがり」なアナログムーブメントが起こったことを、わたしはまず、面白い!と考えました。しかもその、「へそまがり」な動きにあっという間に同調者が続々と現れ、ついには学生による大がかりなジャーナリズム・コミュニティができあがるに至った。また、大人たちが彼らのその動きに早速注目、学生たちが秘める可能性をバックアップしよう、と盛り上がる様子から、現在のローマという都市に生きる人々のメンタリティの深層を垣間見ることができるのではないか、とも思います。

マニフェスト紙は、彼らの月刊誌『Scomodo』を、「さまざまな社会的テーマを調査し、考察を深めるだけの雑誌ではなく、新旧の音楽、文学、芸術、つまり自分たちを取り巻くカルチャーへの情熱をもぶつけた、『マス』の高校生による『実験的』行動」と書いています。『マス』と表現されるのは、アドリアーノ・カーヴァ、トマーソ・サラローリ、エドアルド・ブッチという3人の高校生の思いつきが波紋を起こし、そのアイデアに共鳴した総勢200人(!)余りの学生が「編集」に参加しているから。9月初めの編集会議にはじまり、あっという間にコミュニティが構成され、出版に至っている。もちろん紙媒体の月刊誌の実現には、かなりの費用がかかりますが、その約4000ユーロの出版費用もすべて学生たちが自ら捻出するという、完璧なインディペンデント出版です。

さて、ローマの高校生の有志たちが、自力で資金集めをして月刊誌を出版しようとしている、という情報をはじめて得たのは、とあるチェントロソチャーレ(イタリアに多く存在する反議会的文化占拠スペース)がFacebook上にシェアしたコリエレ・デッラ・セーラ紙の記事でした。以下、意訳します。

サン・ロレンツォのマッキャベッリ高校を、月刊誌『スコモド』出版費用捻出のため、高校生たちが一晩占拠。

ゼロカルカーレがデザインした表紙は、月刊誌『スコモド』を読む男の子が、2人の警察官に引きずられ、連行されている、というもの。100人以上の学生たち(コリエレ紙に取材された時点では、まだ100人そこそこだったメンバーがマニフェスト紙の取材の時点では200人余りになっています)が参加、企画編集した新しい月刊誌「Scomodo」が出版されることになった。「僕らの雑誌を読むのは、Scomodo(厄介な、迷惑な、邪魔な、気難しい)な人々なんだろう、と思うんだ」トマソ・サラローリとエドアルド・ブッチと共に、この月刊誌のアイデアを思いついたアドリアーノ・カーヴァは、「真の情報を与える者も、それを読む者も、(真実を誰にも知らせたくない何者かにとっては)スコモド(邪魔な、迷惑な、気難しい)な人間なんだよ」と言う。今夜、彼らはまず最初の試みとして、出版費用を捻出するために、マッキャベッリ高校を一晩占拠する(学生たちが校舎を占拠して「Notte bianca(白夜)」と呼ばれるカルチャーイベントを開催)。

9月初旬の、はじめての企画編集・決定会議

9月初旬に開かれたこの会議には、かなりの数の高校生たちが参加した。「確かにすごい数の参加者だったが、僕らはそのすべての参加者と共に、この月刊誌を編集出版しようと思っている。外部とのコミュニケーションを担当する者、Webサイト、グラフィックを担当する者、それぞれがそれぞれに違う仕事を引き受けている。多くの人間が参加したほうが、いい雑誌を作ることができる、と思うんだ。議論がさらに豊かになることを、僕らはなにより歓迎している。僕らが編集した全ての記事は、起草の段階から編集と執筆者、そして会議の参加者全ての協同作業で出来上がったものなんだよ」とアドリアーノ・カーヴァは言う。出版は10月20日〜24日の予定。巻頭は、「オースティアにおけるマフィアに関する調査」、そしてローマ郊外に存在しながら、いまや、まるで廃墟のごとき様相の巨大な建造物「コルヴィアーレ」に関する評論が飾る。

「出版過程を全て僕らの手で行うだけでなく、費用は僕らが『Notte Scomodo(やっかいな夜)』と名付けたNotte Bianca(一晩じゅう行われるイベント)を通して集めたいと思っている。まず最初の『ノッテ・スコモド』は、今夜、サン・ロレンツォのマッキャベッリ高校を占拠して開催する」

配布(学校、大学、図書館、店など)も、月刊誌に関するキャンペーンも全て、編集に関わっている学生たちが行うと言う。初版は7500部の予定。「僕らと同じ年代の子たちが世の中で起こっている現象を見直し、クリティックな考えを持つようにエンジンをかける必要がある。僕らは僕らのミクロコスモスから始め、『現実』を読んで、解釈した上での議論を発展していきたいと思う」「確かに僕らの周囲には、ニュースがとめどなく流れている。しかしその情報には人間的な温度が感じられないし、情報の背景を探ることなく平べったく書かれている」

事実、(彼らが言うように)掘り下げられた情報というものは、まったくScomodo(厄介)な情報であるには違いない。

つまり、イタリアの最主要新聞であるコリエレ紙が、学生たちがこれから出版する月刊誌の資金集めのためのノッテ・スコモド、「マッキャベッリ高校占拠ナイト」の、いわば告知記事を掲載したというわけです。

アイデアを出した高校生メンバーのひとり、エドアルド・ブッチは、「月刊誌『スコモド』をひとつの都市における新しい文化、社会モデルの実験にしたいと思っている」「僕らはWebを拒絶しているわけではなく、WebにはWebなりに、便利で有効なことが沢山ある、とも思っている。ただ紙媒体を使って、さらに深い考察が必要な情報も存在するじゃないか。スローガンだけの1日限りのコンテンツだと、その背景に光を当てて深く掘り下げることもないからね」「ゆっくりと熟考しなければならない情報が確かにある。そういうわけで僕たちは、ローマだけではなく、世界に横たわる様々な問題を調査し、歴史、科学、経済、そして音楽と文化の世界をも含め、深く追求していきたいと思っている」とマニフェスト紙に語っている。ちなみに月刊誌『スコモド』は、無料で配布されます。

また、『Notte Scomodo』イベントが開催される予定の日には、コリエレ紙だけでなく、ラ・レプッブリカ紙も同様の告知記事を掲載。イタリア主要2紙が学生たちが出版する月刊誌を印刷する資金集めのための「高校校舎占拠ナイト」を告知する記事を載せた背景を鑑みるなら、ZeroCalcareという大人気のコミック作家が『スコモド』の表紙をデザインしていることもひとつの要素だったかもしれません。

というのも、表紙を描いた、このゼロカルカーレは、ここ数年の間に、ローマからイタリアじゅうでみるみるブレイクした、まだ32歳という若さのアンチグローバル・コミック作家。いまやWiredイタリア、インターナショナル誌が、バックアップするほど注目度の高い作家です。そもそも彼は、ちょっと物騒で怪しい雰囲気を醸しながらも、ローマのストリートアーティスト、ストリート・カルチャーの中心地ともなったローマ・エスト(東)のチェントチェッレにある有名チェントロ・ソチャーレ(反議会主義文化占拠スペース)、パンクロックなCSOA Forte Preneste(フォルテ・プレネステ)が運営する出版グループのメンバー。その頃の彼は、イベントのフライヤーやデモの横断幕などをデザインしていた。

 

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ゼロカルカーレが、イラク、シリア、トルコ国境をルポルタージュした「KOBANE CALLING」

 

そのゼロカルカーレが、アンチグローバルの学生たちのデモと警察の衝突で大騒乱となり、警察が無抵抗の青年を射殺、学校に乱入するなど、社会に大きな禍根を残した国際サミット、2001年ジェノヴァG8を2006年にコミック化、ローマで人気を集めはじめ、2011年には『Profecia dell’almadio(アルマジロの予言)』を出版。さらにその年からはじめた、自身の毎日をコミックで描いたブログには2012年、Macchianeraアワード「最優秀デザイナー賞」が風刺作家として贈られています。それまでほとんど無名だった彼ですが、この賞をきっかけに瞬く間に注目を集め、2013年に毎年ルッカで開かれる「コミック&ゲームフェスティバル」では最も優秀なアニメに贈られるGran Giungiを受賞、2015年にはイタリアの文学界の権威でもあるプレミオ・ストレーガの次点として評価されました。

また、2015年には、インターナショナル誌の企画で、ISISと闘っているクルドの人々をコミックでルポルタージュ。シリア、イラクとのトルコ国境Kobanaに滞在した経験が描かれた、このときのルポルタージュは『Kobane Calling』として発表されています。余談ではありますが、最近、ZeroCalcareが米国で開催されるコミック・フェスティバルに参加するためヴィザを申請したところ、イラク、シリア、トルコに滞在したことを理由に、ヴィザ申請を米国に拒否されたことが話題になりました。

彼のコミックは、ローマだけではなく、世界の状況に関しても一定の共通認識を要する、なかなか深いアイロニー、複雑な、しかし独特な感性で表現され、コミックではあっても確かに文学的とも言える。緻密に書き込まれ、幾重にもニュアンスが織り込まれた作品を読むのはけっこうくたびれますが(吹き出しの文字が手書きのせいもあり)、読みはじめると癖になります。超有名になった今も、例えばアンチファシズム・アンチグローバルデモの横断幕などをデザイン、彼のスピリットは、あくまでもローマ・エスト、チェントロ・ソチャーレ文化に根ざしている。

なお、ZeroCalcare(カルシウム・ゼロ)という一風変わったペンネームは、インターネット上の議論で使うニックネームを考えていた際、テレビで洗剤のコマーシャルが「Zero Calcare! Zero Calcare!(カルシウム・ゼロ、カルシウム・ゼロ)」(イタリアの水はカルシウム分が多く、水道管からガス湯沸かし器、何から何まですぐに真っ白に結晶化するため、カルシウム除去洗剤が存在)と連呼していていたので、それをそのままニックネームにし、今でもペンネームとして使っているのだそうです。

そのZeroCalcareが表紙をデザインした、つまり出版の門出を応援した、ということで、まず、この月刊誌『スコモド』に大きな注目が集まったとも考えられます。が、しかしながら、イタリア主要2紙が揃いも揃って、ゼロカルカーレの知名度だけで高校生の自費出版雑誌のためのイベントを告知するとも思えない。何はともあれ、そのコンテンツがかなり充実しているからに違いない、とわたしは考えました。また、ゼロカルカーレも、月刊誌の内容に共感したからこそ表紙を引き受けたのでしょう。

そこで、早速ネットで検索したところ、すでにスコモドチームは、シンプルなWebサイトを開いていました。月刊誌の名前は正式には『Leggi Scomodo(レッジ・スコモド:面倒だが読んでくれ、ぐらいの意味でしょうか)』というようです。その飾りがまったくないサイトで、スコモドチームが宣言している短い文章を読んで、一瞬、「あれ? これ本当に高校生の意見?」と背景を疑ったことを告白したいと思います。わたしの常識から言えば、高校生らしからぬ、非常に慎重な、まるで大人の意見のごとく思えました。実を言えば、常日頃、わたしがぼんやり思っていることと重なる部分もいくらかある。

彼らの言い分をざっくり意訳してみたいと思います。

 

Scomodoは、ゆっくり時間をかけて、という覚悟で、辛抱強く読む月刊誌なんだ。基本としては、情報に深く食い込むために、紙媒体の価値というものを再考したいと思う。近年、僕らはニュースや意見を拡散するために、Webやソーシャルネットワークを過剰に使う、ということにいよいよ慣れてきている。デジタル・インフォメーションのコンテンツの夥さ、散漫な素早さのせいで、行き当たりばったりに、ただ、頼りない知識としてニュースを知っているだけ、というディメンションに、僕らは陥っているのではないだろうか。

まるで怒涛のように流れる過剰な情報の中から、批判的な意識を構築するために重要なニュースや意見をフィスターにかけることが難しくなっているように思うんだ。簡単にアクセスできる記事が猛スピードで巡り巡るせいで、多くの場合、真剣にその事項を理解するための必要な注意は行き届かず、余分な部分をそぎ落とした本質的な考察をすることができない。鋭く、個性的な熟考に導かれることはほとんどないとも言える。

だから僕たちは細心の注意を払いながら読むことができる『紙媒体』による、ゆっくりした情報を提案することにした。この方法なら、僕らのプロジェクトのバックグラウンドでもある『人間的』なディメンデョンのコミュニケーションを成立させることができるとも思う。

Webと比較するなら、(マスで仕事をすることで)ひとつひとつの事項について、グループの全員と議論、協力しながら仕事を進めている、と感じることができるし、記事のクオリティをより向上させようと、皆が努力するようになる。それぞれがそれぞれに影響しあうことがこの月刊誌『スコモド』のハートなんだ。また、デジタル雑誌には足りない「何か」を、皆で討論することで、個々の仕事の質としてポジティブに反映することができる、とも思う。そしてそれが、この月刊誌に関わるメンバーに共通する集団的スピリットでもある。

さらに、この月刊誌の配布の方法も、公共の読者と編集の間に最高の関係を構築、書き手と、周囲にある現実、それぞれの記事の内容との間に新たな親密感を創造することができると思う。

僕らの月刊誌は、だからWeb上では読むことができないようになっている。Scomodoを読むためには、このサイトに掲載している配布場所まで行ってもらわないといけない。

Scomodoという月刊誌を彼らは、こう定義しています。(意訳・要約)

Scomodoは、高校生、大学生の有志の熱望から生まれた、オルタナティブな情報アプローチを提案する、インディペンデントな評論情報誌(紙媒体)です。学校、大学、広場(街角)で無料配布。国内、国外、社会における、経済、政治、そして文化的なテーマを、市民の視線から扱います。

出版費用は、活用されず、管理されず、置き去りにされているスペースを一晩占拠してnottescomodoというイベントを開催、捨て去られているスペースを再評価するとともに、新しい才能を見出す(イベントに参加するミュージシャン、DJ、パフォーマー?)ことを目的とするという「プラットフォーム」を基盤に捻出します。

僕たちは、政治的、社会的にはそれぞれ違うスタンスを取っていますが、社会の発展において、情報、文化というものが並々ならない重要さを持つ、ということを確信する男女の若者のグループです。僕らを取り巻く現実を分析、論考、あらゆる派閥からは距離を置き、充実した情報の提供、評論のあり方を提示します。何より出版社に属さないインディペンデントな月刊誌と宣言するわけですから、編集に枠を作る、特定の政治方針、イデオロギー、教義を提示することはありません。

Scomodoは、そういうわけで、日々の出来事を扱うマスメディアとは一定の距離を取り、現実を別の視線から捉えた、『Scomodo(厄介)』な事実を扱っていくことを約束します。

ジャーナリズムの質の高さと市民の視線、紙媒体を通しての表現だけが、アンティファシズムを自認する僕ら創立者の思いを明確にすることができると信じています。

シンプルなアイデアから始まって、Scomodoは瞬く間に現実になろうとしています。たくさんの仲間たちが僕らのプロジェクトに参加することを決心し、彼らのストーリーを書き始めました。

作家、グラフィックデザイナー、アーティスト、思想家、支持者、どしどし参加してください。
僕らはすでに大勢のチームですが、十分ということはありません。

多分僕らは、まさに『君』、を待っているのかもしれません。

 

コリエレ紙の記事を読んだ時点では、面白い!と思うぐらいに止まっていましたが、彼らのサイトを訪問、その覚悟を知るうちに、どうしてもこの月刊誌を入手して内容を知りたい、と思うようになりました。これほどきっぱりと宣言するのですから、彼らには、自分たちが作った月刊誌、そのコンテンツによほどの自信があるに違いない。またローマの高校生たちが、どのような現象に興味を示し、記事として掘り下げるかを知りたいとも考えた。残念ながらWebでは読めないので(というか、それが「売り」でもあるわけですから)、日にちとしては、すでに出版・配布済みと認識し、早速ディストリビューション・マップから、いくつかのポイントをピック・アップ、『スコモド』の現物探しに出かけることにしました。

 

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Scomodoディストリビューション・マップ。このほか、ボローニャなどローマ以外でも配布されているようです。

 

ところが、『スコモド』探しは初日から、しっかり出足をくじかれます。その日は大学、高校を含み、3ポイントを訪ねたのですが、「スコモド? さあ、知らないなあ。その雑誌を探しに来たのは君で2人めだけれど、僕らは全然知らないんだ。そのうち持ってくるかもしれないけれどね」「え? スコモド? 何かの間違いじゃないの?」とあしらわれ、「すでに配布済みと認識していたが、もしかしたら、まだ配布されていないのかもしれない」と途中で断念。数日置いて、さらに2ポイントを訪ねてみることにしました。それでもやはり誰も知らないので、2軒目に訪ねた高校で、「コリエレ紙もラ・レプッブリカ紙も、今日はマニフェスト紙も掲載していますし、この高校もディストリビューション・ポイントになっています」と校長室まで行って説明、じきじきに掛け合いました。しかし「その雑誌については何も話を聞いていないのよ。残念だけど」と、女性の校長先生は静かに首を振り、職員の方に玄関ロビーまで誘われる、という出来事もありました。

出版されてまだ数日しか経っていないし、7500部も刷ったのならば、それほど急激になくなることはないはずです。ディストリビューションに何らかの手違いがあったのだろうか、とマップを眺めながら、諦めて帰路に着こうとした時のこと、その場所から歩いて行ける場所に、もうひとつだけポイントがあるのに気づいた。「もう一軒だけ。ここに無ければ、別の入手方法を考えよう」と15分ほど歩き、ローマで最もラディカル・シックと言われるゾーンにある、ヴィンテージ・ファッションのお店に向かいます。

「スコモド?」と、接客中の店員さんが不思議そうな顔をしたので、やはりここにもないんだな、とがっかりして踵を返しかけたところです。「あ、ちょっと待って」と店主らしき人物が奥から出てきました。「スコモドなら、ほら、ここにあるよ。数日前に学生が持ってきたんだ」と、レジの台を指さした。あ、ありました。他のフリーペーパーや、フライヤーが並ぶ台の上、ネットや新聞ですでに見慣れたZeroCalcareの表紙が燦然と輝いていた。確かに『スコモド』です。コーティングがかかった、しっかり重みのある紙、プロフェッショナルな装丁、文字が読み易い綺麗な印刷、開いた途端、インクと紙の匂いが鼻についた。こうしてようやく、晴れて本物の『スコモド』に触れることができたというわけです。

そういう経緯でしたから、入手するのも、まさにScomodo(厄介、不便、面倒)極まりなく、無駄足も多く踏むことになった。しかしながら、諦めかけながらあちこちを探し歩くという、ささやかな苦労のあと、その月刊誌をめくった瞬間の感激はひとしおでした。これもまた、「スロー・インフォメーション」を謳う高校生たちの狙う、Scomodo効果のひとつとでも言うものでしょうか。

さて、その『スコモド』、とりあえず入手できたことが嬉しくはあっても、これで退屈な記事の羅列であれば許さない、と歩きながら目次をざっと見て、思わず立ち止まった。「これ、本当にいまどきの高校生の編集?」と再びその背後を疑うほど、ハードボイルドな記事が並んでいたからです。Attualita(今月の話題)、Cultura(カルチャー)、Plus(プラス)大きく3つのカテゴリーに分かれた目次に、それぞれに吟味された記事タイトルが並んでいる。また、いわゆるコマーシャルな『広告』は、どのページにもまったく入っていません。

 

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ハードボイルドな記事タイトルが並ぶ、『スコモド』の目次

 

例えばAttualita −「今月の話題」はこんな感じです。

ローマ

○打ち捨てられたローマー1972年に建造された全長1km、現在は打ち捨てられ、荒れ放題になっている「大蛇」と呼ばれる巨大集合住宅、コルヴィアーレに関するレポートと考察。

○オースティアー街の中にある街ーローマからすぐ近くに存在するマフィアと収賄ーマフィアが跋扈するオースティアの現状と、アンチマフィアのアソーシエーションを運営している人物をインタビュー。

○オリンピックとは、一体誰のためのものなのか?
この記事ではフィミチーノ航空を64億ユーロかけて増設したアリタリアーエティハッド航空が、オリンピックのメインスポンサーであったことにも言及。国を挙げて開催される政治ー経済発展モデルとしてのビッグ・イベントは市民のためではなく、トゥーリストのために開催されるものでしかなく、ゼネコンを潤させるだけ、と厳しい論調。

イタリア

○憲法改変の国民投票。投票に行くべき? どう投票すべきか。
12月4日に行われる「国民投票」の内容について考察、詳細が端的に語られている。

世界

○世界じゅうの戦争ー米国大統領候補の外交政策
○クルディスタンー存在しない国
○荒れた海で方向性を失った航海者たちー移民問題
○リオ・オリンピック2016の矛盾ーメダルに隠れた別の顔

「カルチャー」カテゴリーでは、70年の終わりから80年まで大きな人気を博したフィレンツェのバンド、Diaframmaの最新アルバムに寄せたインタビュー、キング・クリムゾン(プログレ!)のライブレポート、演劇、文学、アートギャラリーに関する評論がそれぞれ3、4記事ずつと、かなり充実。さらに「プラス」では、経済、科学のテーマをも扱い、特に興味深く読んだのは、現在EUと米国との間で交渉が進んでいる、北大西洋版TPPと言われるTTIP(大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定)、TISA(サービス貿易協定)、CETA(カナダEU包括的経済貿易協定)ー全ては市場の手の中にあるーという短い評論でしょうか。また、科学分野の記事では、日本をはじめとする世界の例に見る免震建築についても考察しています。

 

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味のある写真を多く使い、レイアウトもシンプルで読みやすい。

 

何度も感嘆を繰り返しますが、とても高校生とは思えない(勉強の片手間に編集したとは思えない、という意味で)、腰の座ったジャーナリスティックな取り組み。さらにレイアウトも無駄なく、飾りなく、読みやすく、写真もイラストも面白い。近頃何かと暗いニュースが続くローマですが、高校生が社会の問題、文化のあり方に真正面から取り組むという、このようなムーブメントが起こると、ひょっとすると輝かしい未来が待っているかもしれない、と希望を持ちます。

さて、高校生の突っ込みはどれぐらいのものなのか、特集記事のひとつを、部分的にですが要約させていただこうと思います。ローマのローカルな話題、『スコモド』主幹の一人、エドアルド・ブッチによる記事。ローマ10区に当たる海岸地区、夏ともなると海水浴客で賑わう海辺の街オースティアで、長い期間に渡って、アンチマフィアの非営利組織Liberaを運営するマルコ・ジェノベーゼを訪ねています。2015年、『鉛の時代』の数々の事件の裏側に暗躍したローマ・マフィアのBanda della Maglianaのメンバー、マッシモ・カルミナーティが中心となった犯罪組織が、ローマ市政の運営を牛耳っていたことが明らかになって、ローマは大騒ぎになりました。現在も捜査が続く『マフィア・カピターレ』と呼ばれる事件です。オースティアのあるローマ10区もその舞台のひとつでした。

 

オースティア:街のなかにある街

テヴェレ 川を下るか、あるいは(クリストフォロ)コロンボ通りを下るか、いずれにしろ30Kmも行かないうちに、ローマ市、10番目の区の一部分となるオースティアに辿りつく。そのオースティアはしかし、ローマ市とは言いながら、ローマとは一線を画した世界観を持つ地域である。また、ヨーロッパ内で最も汚職・収賄にまみれ、非効率きわまりないローマ市政下、中心部から遠く離れ、市政の管理からも分離され、オースティアはローマ中心部よりもさらに酷い状況が続いている。

ここ数年、ローマ市政からまったく顧みられることなくオースティアは孤立し、いよいよ弱体化したとも言えるだろう。ローマという犯罪に塗れた、あてにならない首都の周辺に存在することで、オースティアは何年もの間、ひどい政治状況に見舞われている。また、ローマ10区の区長アンドレア・タッソーネと代表委員の逮捕(「マフィア・カピターレ」事件における、ローマの市政関係者、一連の逮捕劇)で、その状況は頂点を迎えた。

オースティアはいまや、首都ローマに属しながら、隠されることもなく犯罪組織が跋扈する中部イタリアの急所であり、犯罪組織と政治家たちとの関わりが、不穏な影を地域に落とし続けている。日常的には大きな声では口にできない名前や現実が存在し、おおっぴらに収賄が横行、脅し、マフィア仲間はかばい合って沈黙を保ち、日中に、発砲騒ぎや殺人が起こる場所なのだ。

不法ビジネス、存在しない都市計画、犯罪、口に出しては言えない名前を持つ人物たちによる賄賂、上納金(マフィアへの)、脅迫など、少なくとも70年代(鉛の時代)から、オースティアに住む人々は、この酷い状況と共存せざるをえなくなった。このオースティアの現状、マフィア的な犯罪に、人々が問題意識を持つように働きかけているアソシエーション、Libera※のマルコ・ジェノベーゼに話を聞いた。(以下、インタビューから7つの質問のうち、比較的短い4問を抜粋して意訳しました)

※Libera(リベラ)は1995年に設立された、人々に反マフィアという姿勢に関心を持ってもらうための文化活動を行う、市民で構成されたアソシエーション。

どうしてオースティアは犯罪組織の基点となっているのか? 犯罪組織はどのように生まれ、どうしてこの地域にこんなに広がったのか。

現在オースティアに存在する犯罪組織のルーツは歴史のあるもので、最近の犯罪記事からも、その事件に連なる遠い過去に遡ることができるんだ。オースティアは、かのBanda della Magliana(バンダ・デッラ・マリアーナ:70年代後半から暗躍したローマ・マフィア)が分裂したグループが成長し、根を張った重要なテリトリーでもあるからね。彼らはローマの海岸線オースティアに根を下ろし、違法ビジネス、違法輸出入と、暗躍する犯罪組織の温床へと変化させた。強調したいのは、その犯罪グループは、テリトリー外、それもかなり広範な地域を巻き込んでいるということなんだ。つまり地域内での犯罪、違法行為だけではなく、いわゆる典型的なマフィア、つまりイタリアの首都、ローマに入り込んだコーザ・ノストラ(シチリア)から、カモッラ(ナポリ)、ンドゥランゲタ(カラブリア)が関わり、重要な政治案件から、違法ビジネスを取り仕切っている。

いつ頃から、このように広範にこの地域に収賄が広がり、実際のところ、どれほどオースティアの行政は彼らと取引しているのでしょう。

犯罪組織の絶え間ない過酷な圧力、そして収賄の存在、オースティアの政治家や執行部が、事実、逮捕されるに至った状況がどんな風であったのか、人々が我々に語ってくれている。そしてどれほど広範に渡って犯罪組織が広がっているかをはっきりと見きわめることはかなり難しいんだよ。しかし2015年には、マフィアが潜り込んでいることが発覚し、ローマ10区の執行部そのものが解散しなければならないような事態にまで見舞われているのだからね(マフィア・カピターレ事件で)。

この事件の発覚ののち、犯罪組織とローマ市政との関係を捜査するために、特別捜査委員会が作られたのだが、結局のところ、この地域があまりに異常な状況だということから、重点的に捜査されることになった。マフィア・カピターレ事件における、市の職員と犯罪組織のボス、カルミナーティの下、暗躍していたは、このオースティアを牛耳っていたグループだったことが分かっているんだ(ファッシャーニ・ファミリーと『スパーダ』と呼ばれるグループ)。その繋がりは事業者や自由業者たちにまで及び、この地域は、犯罪組織のゆすりと恐喝で完全にコントロールされている。しかもそれを行うのは、予想もつかないことにホワイトカラーの人物たちだったりする。(後略)

ここ数年の間に、その直接的、あるいは間接的関係が指摘され続けていた極右グループとマフィアグループの間に合意が交わされたということですが、現状はどうなのか?

例えば、極右グループ、カーサ・パウンドのメンバーが、この地域の選挙に出馬したことがあるよね。この地域の犯罪グループとの関係が指摘されていた人物だけど・・・。さらにはオースティアが合法的な健全で住みやすい地域となるよう働いているアソシエーションをターゲットに、果てしなく脅迫したり、暴力的な投稿を続ける『スパーダ』と極右グループがFacebook上で、会話しているケースもある。近年極右グループによる暴力事件も起こっていて、活動家やアソシエーションの運営を行っている者たちが脅迫され、圧力をかけられ、その暴力の犠牲となっている。しかしながら、僕らアソシエーションを運営する者たちは、それでも今のところ、幸運なことに、継続して活動を行うことができてはいるが。

どこで何をすれば、状況が良くなるのか? Liberaはオースティアでどのような活動を行っているのか。

我々は日常的に、学生たちに情報を流すように心がけている。実際、たくさんの学生たちがボランティアとして協力してくれていて、オースティアの過酷な状況を同年代の友達に説明している。また、ここ数年、我々は他のアソシエーションとインターネット上で協力して、例えば犯罪組織から当局が押収した建物内で、無料で文化的活動(コンサート、展覧会、イベント)を行ったりと、確実で具体的なアクションを起こしている。(中略)我々の仕事は、オースティアの現状に興味を抱いてもらうために、君たち若者に向かって、日常的に、市民を支えるための情報文化活動を行うことだ。ローマ市政はもっとオースティアに関心を持たなくてはならないし、組織的な犯罪に加担しないよう若者たちを教育し、この地域が持つ潜在的な、ユニークな可能性を再出発させなければならないと思うよ。

 

4ページに渡るロングインタビューの、ほんの一部を訳しましたが、長らくローマに暮らしながらも曖昧だった、オースティアの明るく、美しい海岸線の闇に蠢く犯罪組織の規模の大きさを明確に知ることができました。また、70年代、『鉛の時代』に端を発する犯罪組織がいまだに跋扈しているという事実を、十代の高校生が暴いていることが、なにより興味深かった。

他にも秀逸な記事が満載で、もっと内容を詳しく紹介したいように思いながらも、彼らの方針は何より『スコモド』。Webで記事内容について多くを語るのは、反則となるでしょう。そういうわけで触りだけ。

詳細を知りたい方は面倒でも、ぜひ何らかの方法で『スコモド』を入手して、200人余りもの高校生による実験的情報革命、「スロー・フード」ならぬ「スロー・インフォメーション」をじっくり掘り下げていただければ、と思います。次の号は11月22日あたりの出版だそうです。

VIVA !

ノッテ・スコモドのアフタームービーが彼らのFacebookにアップされていました。こうしてムービーで見ると、まったく普通の高校生たち。

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