永遠の都ローマの著しい荒廃は、本当に市長ヴィルジニア・ラッジのせいなのか

Deep Roma Eccetera Quartiere Società

イタリアの国政は懸案の国家予算案を含め、アゼルバイジャンからトルコ、イタリア北部を結ぶガスラインTAP、フランスとイタリアの国境を走る超高速列車TAVの建造、また事実上の「移民難民排斥」法であるサルヴィーニ法案や長い裁判などで生じる『時効』の廃止を巡る葛藤、さらには稀にみる悪天候で全国に多くの被害が続出し、紛糾が続いています。しかしながら今回は、国政はとりあえず「要観察」にしたまま、みるみる荒むローマについて考えてみることにしました。比類なき美しさを誇る永遠の都市は今、中心街からちょっと外れると、壊れた車(!)、冷蔵庫、マットレス、ソファなどの粗大ゴミが置き去りにされ、街角のゴミ収集カセットは常に溢れかえって「分別」どころの騒ぎではありません。

ローマという都市は、古代ローマ帝国の廃墟から、中世、ルネッサンス、バロックと各時代の建造物が無作為に密集して出来上がった街ですから、そもそもその風景には秩序らしきものがない。しかしそんな無秩序な風景が、想像を超えた長い時間とともに朽ち果てながら、もはや「天然」とも呼べる柔らかさと温かみを醸し、その街に暮らす人々に、聖母の懐のような安定感を与えています。とりわけ澄み切った青に覆われる宵闇の街の美しさは、何年もこの街に住んでいる者を、繰り返し感嘆させる強い魔力を持っている。

ところがここにきて、そんなローマがじわじわと荒廃しはじめ、道端に溜まる一方のゴミの周りにはネズミたちが駆け回り、アスファルトの車道にも、石畳のあちこちにも、ボコボコと大きな穴が空いて危険極まりなく、停留所で待てど暮らせどバスが来ない。やっと来た、と思ったら途中で故障して、うむも言わさず全員降ろされる、ということまで起こるほどです。「ローマだから仕方がないよね。これもローマ名物のひとつだから」と顔を見合わせて微笑むレベルは、とうに越えていた。

わたしが住むエスニック地域は、賑やかな中心街や観光スポットからは少々離れた、もともと特別に治安がいい場所ではなかったのですが、このところ、というか、新しい政府が樹立して『外国人差別』が声高に叫ばれるようになってから、ひときわ状況が悪化したように思います。行き交う人々がなんとなく緊張し苛立って、1日に1回は凄まじい喧嘩の声が響き渡り、人通りが少なくなる時間には、盗難に遭った旅行者の叫び声が闇を貫く。警官やカラビニエリが道ゆく外国人を呼び止めて、職務質問をする光景が、いつの間にか日常になりました。

思い起こせば5、6年ほど前までは、バングラデッシュやパキスタンや中国の人々が、エスニックな店を構えるこのあたりの地区に住む、イタリア人も外国人も特に分け隔てなく、諍いもなく、むしろ誰もが異文化に興味津々という雰囲気でもありました。もちろん今でも地域に住む顔見知りの人々は、基本、何の問題もなく暮らしてはいるのですが、子供たちも遊ぶ公園に茂る木々の下、行き場なく休息する難民の人々に混じり、いつの間にかアフリカ人のドラッグの売人たちがたむろするようになり、手錠を手にした警官たちがパトカーで現れたかと思うと、目の前で捕り物が繰り広げられるようになった。

しかしここで、まず断っておきたいのは、アフリカ、中東の難民の人々で、犯罪に関わる輩はごく少数だということです。特にドラッグの売人となるアフリカ人のほとんどは、イタリアのマフィアグループの手引きで地中海を渡ってやってきた、自国の犯罪グループ(一般にナイジェリアのマフィアが有名)に属す、そもそもの「ならず者」だと言われています。手持ち無沙汰に集まる難民の人々を隠れ蓑に紛れ込み、たとえば『ンドゥランゲタ』や、ローマの新興勢力『第5のマフィア』などが流すドラッグを、末端で売る役割を負っている。

ローマのドラッグ問題については後述しますが、いずれにしても彼らがたむろするようになってから、外国人であれイタリア人であれ、ドラッグやアルコールに依存する人々が集まるようになり、そうなると、飲み干したビール瓶を次々に舗道で叩き割ったり、酔っ払って大声で喚いたり、殴り合いの喧嘩をしたり、と途端に街角の雰囲気が荒れ果てます。

幾度となく警察が介入し、その都度売人たちは散り散りに逃げ惑い、あるいは逃げ遅れて逮捕されても、警察の姿が見えなくなると、またぞろ何食わぬ顔で街角に戻ってくる。イタチごっごで収拾がつかず、「これでは地区が滅びてしまう」と近所に居を構える著名映画監督も加わって、若い住人を中心に有志たちが立ち上がった。現在は地区の「健康」を取り戻そうと、さまざまな文化的イベントの企画を練っているようです。そういえば、公園でオープンシネマが上映される夏の間は賑やかになり、物騒な出来事もぐんと少なくなるので、住民たちが子供連れで集まることができるような、定期的なイベントが開催されると雰囲気が大きく変わるかもしれません。いずれにしてもここ数日、売人たちが集まっていた場所は入れないように閉鎖されています。

#romadicebasta(ローマは「もうたくさん」と言っている)のハッシュタグで、ローマ市庁舎につめかけた市民たち

そういうわけで、わたしが住む地区のような突然の環境の悪化が、あちらこちらで顕著になるうえ、毎日のように起こるバス、地下鉄の故障と遅延、終わりが見えない、まさしく山積みとなったゴミ問題、道路や広場などローマの公共スペースのインフラの劣化が改善されるどころか、日に日に劣悪になる状況に、ついに市民たちの堪忍袋の緒が切れることになりました。10月27日、ローマ市庁舎のあるカンピドリオ広場で、2万人を超える人々がシット・インを敢行。政党や組合、団体の旗はひとつも掲げられず、徹底して政治色を排除、市民ひとりひとりが、ローマ市政に純粋に怒りをぶつける、という企画でしたが、PDー民主党の主要メンバーであるカルロ・カレンダらが『市民』として訪れたことで、多少政党色が加わったかもしれません。

 

 

このシット・インの数日前に、日本のSNSにも動画が出回っていた地下鉄のエレベーターの大事故が起こり、さらにはローマ大学サピエンツァのあるサン・ロレンツォ地区で、未成年の少女がドラッグ絡みで売人のアフリカ人たちに暴行を受け殺害される、という痛ましい事件が起こったため、「何もかも市政の管理不行き届き。市長は何も解決していない」、と市民の市政への不信は一気に頂点に達しました。カンピドリオ広場に「ヴィルジニア・ラッジは辞任!」のシュプレヒコールが巻き起こり、イタリアの主要メディアのみならず、ニューヨーク・タイムズ紙、CNNなど外国メディアまで報道する事態ともなった。終わりがけにちょっと覗いてみましたが、思ったほどの緊張もなく、意外と落ち着いた大人のシット・インでした。

今回のシット・インを企画したのは、建築家や編集者、ジャーナリストなど女性ばかり6人が今年5月にフェースブックに立ち上げたグループ、Tutti per roma, roma per tutti (すべての市民がローマのために、そしてすべての市民のためのローマ)。政党とは一切関係ない一般市民が起こしたムーブメントで、現在グループには、約2万人のメンバーが参加しています。また、FacebookとYoutubeに彼女たちが投稿した、誰も語らないローマの現状を市民がレポートしたいくつかの動画が人々の共感を集め、賛同者、支持者が急速に広がった。

シット・インの参加者の中には「自分は『5つ星』に投票したけれど、今は後悔している」というプラカードを持った人も現れ、主催者たちの「機能しないどころか、悪化の一途をたどる市政への静かな抗議」から一転、市民からの「ラッジ市長の不信任表明」という形になり、主要各メディアもここぞ、とばかりに、「ラッジ辞任を求める声」と報道することになりました。冒頭でも書いた通り、確かにローマの公共サービスの機能は交通機関を含め、近代都市とはとても呼べない状況です。

しかしながら、ここはひとつ、ちょっと落ち着いて考えてみたいと思います。たとえラッジ市長がただちに辞任したところで、ローマのあらゆる問題が一気に解決するとは到底思えない、というのが正直なところです。ローマの荒廃の背景には、マフィア案件も含めて、長い時間にどんよりと折り重なった、複雑怪奇な『利権の澱』というか、歪みというか、簡単には理解しがたい問題が立ちはだかっているように感じます。2000年前のモザイクの床は丁寧に修復され美しくとも、2年前に出来たばかりの舗道は、ダイナミックにあちらこちらがひび割れて、ぼうっと歩いていると躓いてしまう、という工事は、通常ありえないのではないか。

当のラッジ市長は、といえば今回の市民の大抗議に、「シット・インは明らかにPDー民主党が主導している」と、多少ヒステリックにSNSで反応し、「われわれは民主党ではない」と主張する主催者側とちょっとしたいざこざを起こしたことは、市長としては軽率だったと思います。それにルイジ・ディ・マイオ副首相を筆頭に、自分たちに向けられた批判や抗議を、すぐに『攻撃』と捉えて過剰反応する『5つ星運動』の傾向は、被害妄想が過ぎるのではないか、とも思う。

ただ、市長が主張し続ける「ローマはマフィア・カピターレの遺産」という言葉には、ある種の真実も込められているのでは?と思います。犯罪組織が巨額のマージンをとって市政に介入することで、ゴミの収集、難民の人々の住居施設、ロムの人々のキャンプなど、公共予算を使ったサービスがようやく機能していた、という前代未聞のスキャンダルが暴かれ、ラッジ市長当選時はデフォルト寸前だったローマ市です。現在も資金繰りが、非常に難しいのは事実でもある。巨大インフラ企業群を敵に回しての2024年のオリンピック候補地取り下げを、わたしは英断だと思いますが、その決断が公共サービスシステムに、何らかの歪みを生んでいるのかもしれない、ともぼんやり想像します。

もちろん、どのような状況が背景にあったとしても、市長であるならば、ローマの状況悪化を食い止めるだけの腕力、政治力をフルに発揮して、市民の要求に応えなければならないわけですが、ヴィルジニア・ラッジが市長になってから、まだ2年しか経っておらず、評価を下すのは時期尚早ではないか、と思う。また、今後どのような動きがあるか、いまだ不安定ではあっても、『5つ星運動』が国政を担う勢力となった今、ラッジ市長は国政からの更なるサポートを期待してもいいのでは、とも考えます。後述しますが、ラッジ市長の辞任を見越した、ローマ市政を巡る心配な動きがだんだんに顕著になってきているところです。

なにより、ローマ副市長であり文化評議委員のルカ・ベルガモが、市営美術館MACROのディレクションを、MAAMの発案者であるジョルジョ・ディ・フィニスに一任し、アーティストと市民に、『スペース』を開放する実験的な美術館MACRO asiloをスタートさせたことは、ローマ市政の文化面における大きな功績です。さらにローマ市長自ら、アンチファシズムを宣言したことも、市政に希望を持つひとつの要因でもあります。ルカ・ベルガモはシット・インの翌日、テレビ番組で主催者の女性たちと直接に話し合い、今後は対話を大切にしながら市政を改善していくことを約束。一方、ローマ市政を虎視眈々と狙う『同盟』は、「ローマ市政は民主党よりマルクス主義。市長は即刻辞任すべき」などと終始攻撃しはじめました。

 

※MACRO Asilo (亡命美術館)は入場料フリー、世界の巨匠からストリートアーティストまで、あらゆるタイプのアートが体験できる美術館です。ローマにいらっしゃる際は、ぜひ覗いてみてください。

 

また、あまりに酷い状況が続くATAC-市営バス・地下鉄に関しては急進党(パルティート・ラディカーレ)の発議で、11月11日に市民投票が予定されています。その結果如何によっては、今後、民営化の方向へと進むかもしれません(追記:投票率が、最低投票数33%に満たなかったため、とりあえずは現行通り、市営に留まることになりました)。

サン・ロレンツォのドラッグ殺人と、それを政治利用する『同盟』マテオ・サルヴィーニ

無限の可能性を秘めた16歳の少女が、あまりに残酷に、非人間的な状況で殺害されたサン・ロレンツォの事件を直視することは、かなりの勇気と精神力を要します。できることなら起こらなかったことにして、目を瞑ってしまいたいほどの内容でもあった。しかし、この事件の翌日から、『同盟』のマテオ・サルヴィーニ内務大臣がまったく熟考のないまま、事件を極端に政治化、ローマ市政の無能を喧伝しはじめたことから、見逃すことができなくなりました。

ラッジ市長は現在、かつて市政に大きな権力を振るった官僚が、自らの兄弟を縁故採用した一連の事件で、その任命責任を問われる裁判の最中でもあり、万が一のことですが、もし『不正採用』で検察が求刑する10ヶ月という判決が下れば、『5つ星運動』内部の倫理規定通りに辞任を余儀なくされることになります (追記:『無罪』判決となりました。それを期待する『同盟』はいち早く、国政に最も影響を持つローマ市政を握ろうと、事件を単純化して政治利用、次期ローマ市長を巡って早速選挙キャンペーンをはじめたわけです(市長『無罪』判決ののち、『同盟』は本格的にローマ陥落を目指して本部を設立を模索しはじめました)。ラッジ市長が就任と同時に次から次にスキャンダルに直面、荒波に飲まれ、それでも必死でローマ市長の座を守り続けたおかげで、現在の国政における『5つ星運動』の躍進があるわけですから、国政はもう少し彼女をバック・アップすべきではないか、とも思いますが、今のところは静まり返っています。

さて、ローマ大学サピエンツァがある学生の街サン・ロレンツォは、そもそもローマにはじめて生まれたQuartiere Rossoー共産主義地区。第二次世界大戦中、集中的に米国の爆撃を受けた地区のひとつでもあり、街を歩くと、その爆撃の名残りが、あちらこちらの建物に残っています。また『鉛の時代には、極左グループの支局が並ぶ、学生活動家たちの溜まり場でもある庶民的な下町として、カウンターカルチャーの本拠地ともなり、ある年代の人々には思い出深く語られる街です。

そのような経緯もあり、サン・ロレンツォは長らく、学生たちが行き交う知識人とアーティストの地区でしたが、この10年余りにその光景が激変することになりました。というのも、他のローマの地区同様、サン・ロレンツォのモヴィーダに集まる若者たちを狙った、ドラッグの売人たちが広場にたむろするようになったからです。やがて街の片隅に捨て置かれたまま、朽ち果てた工房跡のバラックに売人たちが住み着いて、マリワナ、クラック、ヘロイン、コカイン、ハシッシュ、合成ドラッグなど、あらゆるドラッグを捌くドラッグ・センターが出来上がっていた。

ここで明確にしておきたいのは、ドラッグの売人たちが住み着いたバラックと、オーガナイズされた『占拠』は、まったく異質の、いわば真逆のアクションだということです。有志による『占拠』は、77年のアウトノミー運動の流れを汲み、経済危機で家を失い行き場がなくなったイタリア人、さらには路頭に迷う難民の人々の住居を確保、外国人にイタリア語を教えるスペースや医療、法律相談を提供する、その地区に『安心』『安全』をもたらすプロフェッショナルなオーガナイズ。また、チェントロ・ソチャーレと呼ばれる、アーティストたちに表現の場を提供する文化的な『占拠』は、地区に文化と活気をもたらしてきました。一方、背後に『ンドゥランゲタ』『第5のマフィア』などの犯罪グループが存在するドラッグの売人の場合は、単なる廃屋の不法侵入でしかありません。

 

「デジレーのために裁きを」と書かれた事件現場。連日、多くの人々がキャンドルと花束を持って集まりました。メッサッジェロ紙より引用。

 

その悲劇的な事件は、10月17日から19日の夜にかけて起こりました。被害者となった16歳の少女は未成年のうちに、すでにドラッグに魅入られ、ローマから1時間ほど離れた地元では(父親に干渉され)手に入らなくなったドラッグを求め、事件の数日前からサン・ロレンツォの売人たちの元に通いはじめたのだそうです。しかも彼女は欲しいドラッグを得るためのお金の持ち合わせがなく、身体と交換にドラッグを手に入れていた。イタリアでは現在、未成年のドラッグ依存の増加が、大きな問題になりつつあります。

事件の一報は、「オーヴァードーズとなった少女が、売人である4人のアフリカ人に長時間輪姦され続けた挙句、そのまま打ち捨てられ、息耐えた」というショッキングなもので、しかも誰もが馴染みのある、ほぼ中心街ともいえるサン・ロレンツォが舞台となったことで、たちまちのうちに「ドラッグ」「アフリカ人たちによる残酷な輪姦」「未成年」「feminicidio(女性殺人)』がキーワードとなり、重大ニュースとしてイタリア中を駆け巡った。庶民的で、いつも学生たちで賑やかなサン・ロレンツォまで時々出かける機会があり、土地勘もあるわたしにとっては、胸が押しつぶされる痛ましい事件です。若者たちで賑わうバールやピッツェリアやパブが並ぶ賑やかな通りから、突如として暗く、人通りが少なくなるあの辺りに、そんな不法ビジネスが蔓延っていたとは、今まで気づくことはありませんでした。

このように、誰もが悲しみに打ちひしがれるなか、「犯人たちは不法滞在アフリカ人たち」という格好の攻撃材料を見つけた『同盟』のマテオ・サルヴィーニは、市政よりも早くサン・ロレンツォに駆けつけ、「ローマ市政は今までいったい何をしていたんだ。内務大臣の俺さまが、次にここに来るときは、大勢のポリスを引き連れて一掃作戦に出る。さらにローマ中にある『占拠』は、来年の2月に警察官を大量に雇用して、ひとつひとつ、しらみつぶしに強制退去にする」と豪語。

伝統的な共産主義地区であり、チェントロ・ソチャーレも多くあるサン・ロレンツォでは、サルヴィーニ に群がる支持者の向こう(むしろサン・ロレンツォに『同盟』支持者が存在することに驚愕しましたが)、「サルヴィーニは、この地区からいますぐ立ち去れ、ジャッカル、ジャッカル、ジャッカル」と大勢の若者たち、学生たちのシュプレヒコールが上がりました。サルヴィーニはといえば、「あいつらはチェントロ・ソチャーレの奴らで、事件の共謀者だからな」などと侮辱的な捨て台詞を残して、意気揚々と立ち去った。しかしながら、ナポリにおける最近のドラッグ一斉捜査で逮捕された容疑者のひとりは、なんと『同盟』メンバーだった、という皮肉なエピソードもあります。

 

※いち早くやってきたサルヴィーニに、猛然と抗議する若者たち

 

いずれにしても、『5つ星運動』の少数派が難色を示しながら、上院での信任を通過したサルヴィーニ法案と呼ばれる防衛、難民に関する法案には、リクエストをしても滞在許可が交付されない約60万人の難民の人々を、90日から180日の間に自国に送り返す(どうやって?)、亡命ヴィザを一切認めないなどの項目があります。また、犯罪者グループも、オーガナイズされた『占拠』グループも一緒くたに、すべての『占拠』は強制弾圧、即刻退去、とサルヴィーニは宣言している。この、サルヴィーニ法に断固として反発する『占拠』グループ、チェントロソチャーレ、ファミニストグループ、さらには政党も加わって、11月10日にはアンチ・サルヴィーニ全国規模のメガデモが開催される予定です。

しかし「犯人はアフリカ人。したがってあらゆるアフリカ人は『悪』。悪は一掃する」というサルヴィーニの短絡思考に、賛成する人々がイタリアに多くいることには、改めて驚いています。というか、昨日まではそんなことを気にもかけていなかった人々が、急にサルヴィーニに同調しはじめて、一斉に難民排斥を叫び出す、という印象です。オーガナイズされた『占拠』に関しては物理的に考えて、ローマだけで(イタリア人も含めて)12000人の占拠者がいるというのに、その人々が受け口がないまま強制退去となり、住居を失い街に溢れたら、暴動に近い状態になるかもしれない。

むしろサルヴィーニは敵意を煽って、その状態を熱望、市民の混乱と分断を狙っているのではないかと勘ぐりたくもなります。それに強制退去にするのであれば、「ここに一歩でも踏み込んだら、一面が血の海になるぞ」と当局を脅したとの噂がある、『同盟』の身内、極右グループ『カーサ・パウンド』 から、まず最初にはじめていただきたい、とも思う。

時間が経つにしたがって、この事件に関わったのは、売人であるアフリカ人だけではなく、少女を昏睡状態にするための向精神薬を調達したらしいイタリア人の存在も明らかになってきています。また被害にあった少女は、ひとりではなく他のイタリア人の少女たちと一緒だったという証言もある。いまだ捜査は継続中ですが、●年々増える未成年者のドラッグ依存。●アフリカ人の売人を使い、マーケットを大きく広げるマフィアグループの存在。●サン・ロレンツォを抱くローマ2区の区長が、ドラッグの巣窟となっている廃屋の強制退去、さらに通り、広場などビデオカメラの設置を何度も正式に当局、市政に依頼していたにも関わらず、市政も警察も今まで動かなかった。●事件の後も何事もなかったように、相変わらず広場ではドラックの売買がされている、など、この事件には「犯人は憎むべきアフリカ人」と単純に記号化してはならない社会問題が存在する。

今回の事件を受けて、サン・ロレンツォでは伝統のイタリア全国パルチザン協会ANPIのメンバーの方々が中心となった抗議集会が開かれ、かくしゃくとした90歳代の往年のパルチザンたちが、ファシズム下における自らの体験を語り、アンチファシズム、アンチサルヴィーニを訴え、多くの若者たちが集まっています。しかも同日、「ローマでこんな抗議集会を見ることになるとは」と絶句したくなる、全身黒の衣装に身を包んだ極右グループ『フォルツァ・ヌオヴァ』が、サン・ロレンツォ付近で『難民排斥』を訴えるデモを強行しました。

ちなみに『フォルツァ・ヌオヴァ』は、『中絶法』の廃止、ピロン法案と呼ばれる『離婚』を巡って女性の権利の剥奪をプロモートする、『同盟』の家族省大臣ロレンツォ・フォンターナとの強い連帯が指摘されています。そしてさらに気になることは、その『フォルツァ・ヌオヴァ』には、カトリック原理主義Pro Life(モヴメント・ペル・ラ・ヴィータ:生命のためのムーブメント)運動が深く関わっていることでしょうか。

イタリア全国パルチザン協会ANPIと『フォルツァ・ヌオヴァ』のデモが同時に行われたサン・ロレンツォ付近では、その日禍々しい緊張に包まれはしても、衝突もなく、暴力的なアクションもなく、とりあえず、ほっとはしました。その日の正午あたりに、『フォルツァ・ヌオヴァ』のメンバーであろう黒装束の若者たちをチラッと見かけましたが、テルミニ駅周辺で行われていた、別の左派グループ(Cobas)の『難民保護』、アンチ・サルヴィーニ集会に参加する外国人たちを、徒党を組んで攻撃的な大声で口汚く罵り、街ゆく人々に恐怖と威圧感を撒き散らしていた。

何らかのアクシデントから『同盟』がローマ市政を握り、『フォルツァ・ヌオヴァ』であるとか『カーサ・パウンド』であるとかの極右グループが、我が物顔でローマを闊歩することは、想像するだけで暗澹とします。したがって、他の政党に期待できない今、ヴィルジニア・ラッジ市長には、ここでしっかり踏ん張っていただきたい、と応援する次第です。

 

※自由の旗を取り戻し、高々と掲げよう!と主張する往年のパルチザンに喝采を送る若者たち

 

われわれが短絡思考に陥りやすくなった、ひとつの理由としてのスマートフォン

わたしがイタリアに住むようになって、まずイタリアの人々に最初に感じたのは、ああ言えば必ずこう言う、一筋縄ではいかない反抗精神と、「そんなことは議論すべきことではないんじゃないの?」と思われる日常の些細なことを、必要以上に複雑に理論化、話がどんどん別の方向へ向かってしまうという、不合理な理屈っぽさでした。そして彼らのその傾向は、確かに面倒臭くはありますが、議論をする際に有効なちょっとしたテクニックを学ぶ、日常のトレーニングにもなった。そんなイタリアに慣れていたので、マテオ・サルヴィーニの短絡思考に、人々が、特に若い世代がただちに同調することが不思議でもありました。

そんなことを思ううち、Youtubeにアップされていた、イタリア国営放送Raiの番組『プレザ・ディレッタ』を観る機会があり、その理由のひとつが、なんとなく浮き上がってきたような気がします。番組ではイタリア国内だけではなく、アメリカ、英国の研究者やジャーナリストらを取材し、情報の流れを一気に変えたスマートフォン文化を分析。思いついたと同時にあらゆる情報が得られ、株の売り買いも、買い物も、友達とのコミュケーションも寄付も署名も何もかも、いつでもどこでも手元のスマートフォンのオンラインで済ませることができるようになり、われわれの生活は劇的に快適に便利になった。しかし多くの研究者の指摘があるように、スマートフォンは世界中の人々の精神性を変えようとしてもいます。動画をざっくり要約しながら、私見も含めて以下にまとめます。

イタリアに関して言えば、ヨーロッパの中でも、読み書き能力の低下(analfabetismo)が著しいという報告があり、たとえば、情報を組み合わせることによって理解を促す移民問題、失業問題、犯罪など、通常の社会問題の文脈が掴めないどころか、スマートフォンの説明書も理解できない、という現象が起きているのだそうです。

人間というのは、周囲の誰もが「青」だというと、「青」を感じ、「チーズ」と言われ続ければ、チーズの匂いを思い浮かべる、というのが科学者の見解だそうですが、ということは、SNSなどネット上で、たとえば「難民は悪、外国人はイタリア人の仕事を奪う」と一斉に情報が流れてくる(あるいは自ら同じ傾向の情報ばかりを選んで、繰り返し読む、あるいは観ることで)と、脳はそれを真実だと感じるようになる、ということでしょうか。つまり、フェイク情報が次から次に流れてくることで、何がフェイクでリアリティなのかを見分けることが困難になり、簡単にプロパガンダに乗ってしまうことになる。実際にナポリの学校で統計をとったところ、5人のうち4人のイタリア人がFacebookや、Twitterのフェイクアカウントを見破ることができず、5人のうち3人は、フェイクニュースに気づかなかったそうです。

また、面と向かって話すと問題なく、饒舌に語る高校生であっても、WhatsAppやInstagram(やLine)の猛烈なスピードのチャットが習慣化し、長い文章を書いた場合、句読点がなく、文節もなく、冗漫になるケースが増えている。日常チャットをしている友達以外の他人には理解できないフレーズの流れのままに、本人はまったく悪意なく、意味不明な文章を書く学生が現れたことを、キャリアのあるラテン語の教師が指摘しています。

さらに文章力だけではなく、読解力にも問題があり、たとえばボッカチオが書いた「女性が愛人とベッドに寝ているのを見つけられ、その女性は裁判所に訴えられるであろう(その時代の法律により)」という物語を、先入観から「夫が暴力を振るったと裁判所へ訴えた」とテキストには存在しない物語を構築した生徒がいたそうです。その教師は「書かれていないことを理解する」傾向は、フェイクニュースを作りだすことと同じなのではないか、と語っている。

サンディエゴ大学の心理学教授Jean Twengeは、スマートフォンの普及とともに批評的な読解ができる、あるいは文章力のある学生が悲劇的に減少したと指摘。70年代の17歳では、1日に1回は本や記事など、何らかの読書をすると答えた子が60%でしたが、現代の17歳は、たったの17%しか読書をしないという統計が出ているそうです。現代の若者たちは、チャットでの短い文章のやり取りはしても、長い文章を読む経験が不足し、長時間の集中が難しくなっている。Jean教授は、2、3のフレーズ以上の文章を散漫になることなく読解することを民主主義は必要とする、と言います。

そして必要な情報を手軽に手に入れながら、猛スピードで次から次へと情報の流れに身をまかせることは、明らかに人の脳を怠惰にしてしまうようです。確かにスマートフォンの記憶キャパシティは人間の能力を遥かに超えるものであっても、われわれは当然、自分自身の記憶を持たなければなりません。外部の情報にアクセスするだけでなく、自分の記憶に基づいた知識から物事を分析、統合しなければならない。では、そうするための記憶はどのように形成されるのか。

情報を得た脳は、いったんその情報をコード化し、その後良質な睡眠による休息 (日中は何も考えない時間をとることで)の間に、情報を強化することが重要だそうです。しかし寝る前にスマートフォンのスクリーンなどを見ていると、ブルーライトのせいで日中と同じように脳が活性化された状態になり、脳の活動のために必要な良質な睡眠がとれなくなる。日中、スマートフォンに常に流れる情報に絶え間なく接することもまた、脳の活動を妨害します。休息は、長時間とどめおく、圧縮した記憶の形成においては必要不可欠なことで、その統合された記憶こそがわれわれの行動の基盤であり、自分自身でもある、とフランス人神経生理学者は強調している。

このように、スマートフォンに絶え間なく流れるオンラインの情報に慣れたわれわれは、やがて集中力を失って散漫になり、何が大切なのか見分けがつかず、複雑な情報を深く考察することをやめ、「知的に判断を下さない」という傾向を持つようになりました。苦労することなく、快適に情報を得ることができる現代、情報はダウンロード可能な、クリックすれば得られるものとなり、無限の情報を前にわれわれは「自制」を忘れた

その、次から次に流れる情報を、ただ再活性化するだけで、筋道をたてて正常に判断しようとしない状態は、自己判断ができなくなった、いわば情報中毒状態で、結果、われわれはいつの間にか、すでに未知の時代に突入、このままだと重大な事態を招く可能性があるのではないか、少なくともパンドラの箱はすでに開かれたことを自覚すべきなのではないか、と番組は警鐘を鳴らしているのです。

自分が欺かれていることに気づかない単純化したわれわれは、最も原始的に『我慢できない』という不寛容な感情に基づき、刷り込まれた先入観に左右されます。そして『憎悪』という、状況を理解することよりも時間のかからない、簡単な感情に惹きつけられることになる。事実、先進国と呼ばれる多くの国々で、外国人を単純に敵とみなすクセノフォビアが急速に広がっていることは、周知の通りです。この、長時間集中できない、常に散漫で集中を拒むスマートフォン文化が、現代に再来しつつある古典的ファシズムの土台となっているのかもしれない。というよりも、この傾向をマーケティングし尽くして、ネット上でネガティブな感情を揺さぶり、煽り立てる情報を絶え間なく流すことで、批判能力のないファッショ(束)を形成するのが、いまやインターナショナルに常識的な政治ストラテジーともなっています。

もちろん、古典的なファシズムは今にはじまったことではなく、他にもさまざまな要因が存在すると思いますが、わたし自身の経験からもスマートフォンが自らを散漫にしたことは間違いありません。そういえばスティーブ・ジョブスは、自分の子供たちにIT機器の利用を制限していたし、最近のiPhoneは1日の使用時間を親切に知らせてくれるようにもなった。常に気が散った状態に陥り衝動的になったわれわれは、意識的に注意をしていないと、かつてのファシストが広場でターゲットとした、貧困に疲れ果てて思考停止に陥り、目の前の「新しい秩序」に狂喜した人々同様、まことしやかに繰り返される非人間的でエゴイスティックな論調に同調してしまう可能性があります。新しいファシズムのベースとしてのアルゴリズムが、現代の若者たちの『神』になる日が来ることは、あまり想像したくありません。

 

 

ドラッグの新しい首都としての永遠の都市:ナルコローマ

さて、ここでガラリと話は変わります。ドラッグのトラフィックがローマの裏社会に巣食っていることは、たとえば去年の夏、ロベルト・サヴィアーノ( カンヌ映画祭でパルムドールを受賞した、映画『カモッラ』の原作者)が、ラ・レプッブリカ紙で大々的に特集を組んだので、薄々は知っていましたが、自分とはあまりに遠い世界なので、今回の事件まですっかり忘れていました。ところが、サン・ロレンツォで殺害された少女が、友達とスマートフォンでドラッグについてチャットしていた形跡がある、という記事を読み、「高校生たちの間でドラッグ!」と驚いて、以前の記事を読み返すことになった次第です。

ロベルト・サヴィアーノは、ローマには『ンドゥランゲタ』、『カモッラ』と共謀し、ドラッグ(マリワナ、コカイン、ヘロイン、ハシッシュ、クラック、あらゆる合成ドラッグなど)のビジネスに関わる、いくつかの犯罪グループで構成される『第5のマフィア』が存在し、いまやローマがドラッグ・ビジネスのインターナショナルな首都と化している、と言います。そのビジネスの規模は、一回の出荷で13億ユーロという、とてつもない金額で、その巨額の資金洗浄をするために、店やレストランを買い占め、新しい不動産を次々に取得。犯罪グループが、いわば企業家の顔をも持っている。

一方、未成年のドラッグ依存の数は5年の間になり、年齢層も年々低下。イタリアの子供達は8歳からドラッグの誘惑に直面し、13歳の少女がドラッグを買うお金を得るために売春するケースも報告されています。3月の総選挙の前に起こり、やはり政治利用されることになった、マチェラータのアフリカ人のみを狙った銃撃事件も、サン・ロレンツォ事件同様、更生施設に入院していたドラッグ依存の少女を巡る殺害事件でした。ドラッグを求め施設を抜け出した少女が、ナイジェリア人の売人に惨殺され、怒り狂った『同盟』共感者である青年が復讐と称して無差別にアフリカ人に発砲、大問題となった事件です。

2016年の統計によると、イタリアの15歳から19歳の学生で何らかのドラッグを試したことがあると答えた子は32.9%に上り、新しい合成タイプのドラッグを試した経験があると答えた学生は8万6千人、さらに8万9千人がコカインを試したことがあると答えています。また、レスプレッソ紙によると現在、更生施設に入っているドラッグ依存者(18歳ー25歳)20,466人のうち、1,837人が12ヶ月収監の実刑を受け、重度のドラッグ依存者のための更生施設には241人が収容されているそうです。幼い子供の頃にドラッグ依存になると、抜け出すのが非常に難しいと言われます。そして売人たちの目標は、誘惑に乗りやすい年齢層を狙い、依存者をどんどん増やすことでもある。

このように、成人のみならず、未成年をもターゲットにするローマのドラッグビジネスは、いわゆる大手のグローバル企業と非常によく似たピラミッド型のシステムで構成されているそうです。アフガニスタン、トルコ、旧ユーゴスラビアから流れてくるドラッグを引き受けるグランド・マネージャーの役割をするボスの下に、枝分かれした中間業者を経由して、『非常勤』の売人が広場や街角で、実際にドラッグを顧客に売る。売人は、ヘロイン、コカイン、クラックなどを16時間、道端で売って200ユーロばかりを稼ぎ、さらに末端の何人かが、警官の巡回や妨害を見張る役割を、1日50から80ユーロで請け負うと言います(インターナショナル紙)。

イタリアには、70年代、80年代から長いドラッグ売買の歴史がありますが、その頃に比べると、合理的に儲けようとする傾向が強くなり、ドラッグそのものの純度を下げて価格を抑え、次のロットが入る前はセールでさらに値段を下げるという、まるでドラッグのスーパーマーケット状態になっているそうです。Cnsiglio Nazionale di Ricerca (全国リサーチ委員会)の統計によると、現在イタリアにはヘロイン使用者が30万人、合成ドラッグ使用者が59万5千人、コカイン使用者が100万人(!)存在するそうで、イタリアに、まさかそんなに大勢のドラッグ使用者が存在するとは思わなかったので、正直、これはショッキングな数字でした。

ローマには、欧州で3番目の売り上げを上げるサン・バジリオをはじめ、『Jeeg Robotー皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーク』の舞台となったトッレ・ベッラ・モナカ、プレネスティーナ通り沿い、テルミニ駅の周辺など、いくつかドラッグのスポットがあるようですが、かつてアーティストたちの街だったサン・ロレンツォがそのひとつに加わったのは、ここ10年余りのことでした。そこそこ裕福で、モヴィーダで騒ぐ余裕のある学生たちと、広場に集まる外国人たちに目をつけた売人が、ドラッグを安売りする格好の場所となった。

マフィアは不況になればなるほど、儲けが多くなる、とロベルト・サヴィアーノは言います。また、ドラッグ網を操る犯罪グループは、政治のことなどまったく眼中になく、自分たちの商売に必要な銀行、司法書士、建築業者、店、レストランなどはすでにすべて手中に収めており、唯一政治に求めるのは『散漫』な状況を作ってくれること、そして彼らのビジネスに口出しせず、沈黙を守ってくれることなのだそうです。

ローマの街の著しいデカダンの原因のひとつには、このドラッグビジネスの蔓延もあるのかもしれません。また、スマートフォン由来の我慢できない、散漫な文化は、ひょっとしたら未成年のドラッグ依存の急増にも関係しているのかもしれない、とふと考えた次第です。

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