旅するマルチメディア作家 Filippo Carli

Cultura Deep Roma Intervista letteratura

すごい、と感心するような逸話がさまざまある人物ですが、書き始めるとかなり長くなりそうなので、また別の機会にこっそりまとめたいと思っています。なにはともあれ、フィリッポ・カルリは映像、写真、絵画、文章とマルチにこなすアーティスト。あくまで気楽に、どこか真剣味なく、しかし思い切りよく『生き抜く力』を教えてくれる人物です。了解を得て、彼の作品のいくつかを紹介させてもらうことにしました。

十数年来の旧知であるフィリッポに、ある日かしこまって「インタビューをさせてほしい」とお願いすると、彼は顔を動かさないまま目だけで一瞬上を見上げ、首を横に振りました。「僕はそういうのは嫌いなんだ。いったい何を話せばいいのか分からない」とはっきりことわられたので、わたしも「そう? それは残念。ではしかたないね」とあきらめたのですが、次に会った際にもう一度、さりげなくリクエストしてみると、今度はちょっと小首を傾げて「あんまり話すことなんてないけれど、ちょっとだけなら」と、意外にあっさり承諾してくれた。そういうわけで今回はざっくばらんにお昼ご飯を食べながらのインタビュー、軽い雑談風となりました。

フィリッポは偏屈で気まぐれなところがあり、会うたびに発するオーラを変える、どうにも捉えどころがない人物で、ならば夢のように生きているのか、と言えばそうでもなく、経済的な問題も含め、「ここぞ」という時には、俊敏な瞬発力で、あっという間に人生をリオーガナイズする、日頃の振る舞いからは想像できない意外なリアリスト。住んでいた家を賃貸し、しばらく呑気に田舎に暮らしていたかと思うと、ふらりとインドに行ったまま音沙汰なし、ローマに戻ると突然キャンピングカーで風来坊暮らしを始めたり、呆気にとられる諦めの良さというか、突拍子のなさで何度も生活をリセットして周囲を驚かせます。ある日突然われわれの前から消えてしまうため、「どうしているのだろう」と噂をするうち、想像もつかないシチュエーションに、ケロッとした顔で「やあ、久しぶり」と現れるという具合です。

しかしこのように、あれこれ書いたとしても彼の特異なパーソナリティは、知らない人にはなかなか伝わらないかもしれません。強いて言うなら「思いつくこと、実行に移すことが浮世離れしているが、抜け目もなくあらゆるチャンスを自らに導いて、それを成功させるエネルギッシュな人物」というところでしょうか。そしてそんな彼が無意識に話す何気ない言葉のなかに、時にハッとするヒントが隠れていることがあり、わたしは度々、ううむ、と唸ることになります。「しかしフィリッポは変わっているよね。非常識だけれど勘も鋭いし、人を見抜くし、いい加減なようでも、何もかも、けっこううまく行っているみたいだし」と本人に言うと「ははは。そんなことはないだろう。僕はいたってシンプル、ひとりの人間としてまったく普通に日常を送っているだけさ」との答えが返ってきました。そのフィリッポの作品は、最近では海外でも評価され、この記事タイトルで使用させてもらった写真は、オランダでの作品上映の際に撮影されたもの。また、彼のホームページには、過去の作品を含め、さまざまなVideoがアップされています。

そこで今回は、ここ数年、インドとイタリアを行き来しながら作品を作ってきたフィリッポについて、わたしがあれこれ語るより、彼が話した言葉と文章、その目が捉えた映像があれば、その人となりがなんとなく伝わるのではないかと判断し、彼のキャリアや作品の詳細にはあまり触れないことにしました。インタビューの途中には、彼が旅の途中に撮った風景の断片と初期の作品「NETI NETI」を挟まさせていただき、また最後にアップした「NATARAJA」は、東洋哲学で著名なナポリ東洋大学のマウロ・ベルゴンジが賞賛、本としても出版された、わたしも大好きな作品。インターネットでも大きな反響があった英語版を掲載させていただくことにします。さらに、最近出版された本に収録されている彼の短い文章を、多少意訳しながら引用します。なお、欧州各国で上映されたNATARAJAは、ネット上でも大きい反響を呼んだ作品です。

 

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フィリッポ・カルリ 最近の絵画作品。

 

フィリッポにとって人生とはいったいどういうもの?

そういう漠然とした質問をされても困るなあ。だいたい人生が何かなんて、誰にも分かりゃしないじゃないか。人生の核になるものは何なのか、なら質問として受け入れられるけれど。

すみません。では、人生の核になるものは?

それは言うまでもないだろう。Bellezza、『美』以外の何物でもないに決まっているよ。僕にとっての『美』というものは、『静けさ』と類似したものなんだ。『凪』とでもいうべきものかな。『美』とは、常に静かな状態に伴われて存在している。そしてその『美』とはありとあらゆるものの調和、Unità、つまりすべての宇宙との 『一体』だ。そしてそれは『愛』とも呼べるものなんだ。

 

 

最近はどのような作品を創っているの?

最近は作品を創るというより、主に書いているかな。最近書いた短い記事は、僕の本を出版した編集者が「面白い」と気に入って、記事として雑誌に載ることになった。タイトルは『理解することを諦める』というんだ。僕の最後のインドの旅について書いたんだけれど、その旅は、いやはや、困難続きで参ったよ。今まで撮影のために8回インドを旅して、今回はまったく仕事をしない、ただの旅行でインドへ行ったら、ちょっと信じられないトラブルに見舞われてね。それをまとめてみたんだ。

起こったことに関して、その因果関係を理解したい、と思うのが、通常の人間の常だし、おそらく本能だとは思うよ。誰もが目の前で起こる現象に説明を求めるじゃないか。君がさっき聞いたように、人生の意味とか、人生とは何か、とか、人間は何かと説明したがるものだからね。僕の書いたものはその正反対、「理解するのを諦めよう」ということなのさ。だいたいメンタルで考えることなんて無意味だよ。人生を外側から見て考え抜くなんて、くたびれるだけ。物事は自分の内側から見ないと、いや、感じないとだめなんだ。

僕は文章を書くことが今まで苦手だと思っていたし、自分で読み返しても、ちっとも面白くないんだけれど、編集者も含めて、みんなが褒めてくれるもんだから、まったく不思議なことだと思っている。だいたい書くつもりなんて、全然なかったんだよ。でもあんまりみんなが褒めてくれるから、じゃあ、書いてみようか、といろいろ書きはじめることにした。最近では多少マシなものが書けるようになったかもしれないね。

じゃあ、最近は映像を撮っていない?

いや、構想を練ってるところ。次のプロジェクトは『タオ』、タオイズムについてなんだ。いまのところはどうなるか分からない。うまくいくといいとは思っているけど。僕はインスピレーションなしでは、何もできないタイプだから商業的なプロジェクトには向いていないんだ。しかもアートの分野で、求めるテーマを勤勉に、真面目に追求するタイプでもないからね。多くのアーティストが作品を創ることを、まるで仕事、義務のようにがむしゃらにやっているけれど、僕にはどうしてもできない。何も表現するすることがなくても、すでに構築したスタイルをアレンジして、新たな作品を創る、なんて器用な真似はできないんだ。

だいたい僕にはスタイルなんてないからね。そのときそのときで自然発生的に湧いてくるものを表現する、というタイプだから、スタイルの中をぐるぐる回るタイプじゃない。あれ? ということはスタイルがないことがスタイルなのかもしれないね。

ローマという街について、特別な想いは?

ローマで生まれてはいるけれど、特に自分のことをロマーノ(ローマの人間)と考えたことはないかもしれない。母方の祖父はハンガリー人で、父方は北イタリアからローマに来た家族だから、ローマという都市と強い絆を感じたことはないね。ローマにはもちろんいい部分がいっぱいあるよ。いや、あったというべきかな。ローマの『美』は、最近随分汚されてきているからね。ローマの典型的な人々っていうのは、ダイレクトでリアリスト、と同時に温かみがあると僕は思う。しかし、そんないわゆるローマ人らしいローマ人は少なくなってきているとも感じているんだ。たとえば今、僕がたまたま住んでいるテスタッチョには、ローマらしい空気が残っていて、なかなか住み心地がいいことはいい。とはいえ、この場所からもそろそろ移動しようと思っているところだけど。

そうそう、今朝、僕の住む五階建てのかつて公営住宅だった建物に、エレベーターが建造以来初めて開設されたんだ。それまで皆階段で上り下りしなくてはいけなくて、なかなかの重労働だったけれど、これでついに一瞬で家に帰れるようになったというわけだ。そこでアパートの中庭で住人が集まってのちょっとしたオープンパーティが行われたんだが「このエレベーターに初めて乗ったのは、僕のお祖父ちゃんなんだぜ」と、その事実に大変な誇りを感じているらしい子供が、みんなに自慢していてね。そういう風景はまるで50年代の映画のようで、とてもいいと思ったよ。しかし、このようにテスタッチョには、まだまだ微笑ましい風景が見られても、一般的に言えば、やっぱり都市に暮らしていると、誰もがストレスを抱えているから。人間たちがただ無闇に動き回っていて落ち着かないような気がしているよ。世界じゅうがそんな感じだと思う。

今、旅をしてみたい場所は何処? タオというと、やっぱり中国?

実をいうと、旅してみたい、その場所はきっと素晴らしいに違いない、と思う場所は何処にもないんだ。正直、そういう場所をまったく思いつかない。今『タオイズム』について思いを巡らせているから、中国の自然には思いを馳せるが、それもただのイメージで、僕の想像する中国の自然、夢でしかないからね。実際行ってみると、すっかり気持ちが変わるかもしれない類の想像に他ならない。でも、強いて言うなら田舎かな。街じゃなく、自然のある場所に行きたいね。田舎なら何処でもいいよ。ローマだって中心街じゃなく、近郊の田舎であれば話は変わる。僕は田舎が好きなんだ。何より自然を愛している。

 

 

というのも、都市というのは、すべてが分離される場所だろう? 人と人、人と自然、何もかもを分離させる。都市には土もなければ、空気もないし、木々の香りもないし、真に感動するような夕焼けも見られない。都市では人の毎日が、秒刻みで細切れにされて存在しているだけだ。自然のなかで過ごすと、あらゆる生命の要素に直に触れることができるから、大きな生命の一体感、いわば宇宙を感じることができる。空気、水、土、木々、それに動物だってたくさん住んでいるしね。都市では、それらに触れることができないわけで、僕は生命には自然の要素が必要だと感じているんだよ。都市における人間と人間の関係は、Psiche(プシケー・精神)のせめぎあいから生まれるもので、そんな関係は心の病を生むだけだよ。

西洋は今、大変に堕落した時代、今まで好き放題にやってきたが、もはやそんなことはできない時期にさしかかっていると僕は感じているんだ。世界が苦悩している時期とも言えるんじゃないかな。西洋は、なんとか別のやり方を見つけようと、さんざん探し求めてはいるが、老眼がひどくなって、もはや何も見えなくなっているようだね。こんな状態は、メランコリックで悲しいことだよ。だからできるだけ早く、そんな世界から離れて、再び田舎へ引っ越そうと考えているところだ。

日々の生活で、大切にしていること、あるいは面白いと思うことは?

うーん。ぼくはただ、生きているだけだからね。大切なことなどないし、逆にいえば、すべてが大切だ。特に楽しいのは、市場に行くことかな。料理をするための食材を買って、ヨガをして、僕のパートナーである女性のこと、彼女の子供たちのことをいろいろ考える。そう、他人の人生と自分の人生を結びつけることは面白いことだね。彼女と彼女の子供たちが困難に直面しているときは、勢一杯サポートしたいとも思う。そしてそれが今の僕には重要なことなんだ。アートのことを考えるよりもずっと大切。もちろん、アートのことだって、真面目に考えるけどね。でも昔ほどじゃないよ。若いときというのは、一種オブセッションというか、アートのことしか考えなかったから。しかしそんなオブセッションは、ナルチシズムでしかないからね。だいたいアーティストっていうのは、たいていナルシシストなんだから。僕も君も含めて、僕らの友人たちはみんなナルシシストじゃないか。

ということはバランスがとれたということ?

違う、違う。ある人が言ったんだけれど、Non hai mai perdere che non hai mai avuto:一度も得たことがないものを、失うことはないってこと。バランスを知らない人はバランスを失うことはないってことだよ。つまり、バランスがとれないことがバランスってことさ。そしてそれが『タオ』というもんだ。どんな状態でも人はバランスをとっているものだよ。つまりバランスがとれてない状態でもバランスはとれている。苦しんで、泣き喚いているときでも、人はバランスがとれている。バランスがとれないのが人間のバランスだといってもいい。

そう。泣くことはとても重要なことだ。幸福とはなんだ、と問われたら、僕は不幸であることが幸福だ、と答えるだろう。幸福な状態というのは、不幸な状態をも抱合している。つまり僕が何を言いたいかというと、不幸と葛藤を起こしたらいけないということなんだ。現代人、特に西洋人というのは、そのあたりのことがまったく分かってない。幸せな状態というのは、不幸がまったくない状態だと思っているんだから。ただ毎日を喜んで過ごしたい、不幸をひたすら憎悪する、だなんて不自然だよ。苦悩というのが、人生の基盤なんだ。不幸な出来事にいちいち文句言っていたらキリないよ。わかるだろう? つまり自然の流れに沿って生きるのが楽なんだよ。

ところで、政治的なテーマにはまったく興味がないみたいだけど。

まさか。あるに決まっているじゃないか。政治は重要だよ。重要だけど、その世界をあんまり信用していないから、話してもしかたない、と思っているだけだ。僕が最も興味があるのは、人間対人間の関係なんだ。それも実践的な関係。いいかい? インターネット上の人間関係というのは、人間関係とは呼べないものだよ。インターネットはコミュニケーションの手段ではあるけれど、距離のある、実感の薄い、いわばメンタル・コミュニケーションだ。僕の言っている人間関係というのは、フィジカルな部分を含む関係。アイデアではなく、人間が人間の存在を実際に感じて、確認しあうことだ。実際メンタル、というのが一番大きな妨害でね。今日の僕らの問題は、このメンタルな部分から発するものがほとんどなんだから。僕らはたいてい、精神の一部、合理的でロジカルな部分しか使っていないんだ。

最も古代的な精神の部分、つまり生命の神秘と結びついた部分というのを、僕らが使わなくなって久しいから。原因、結果、つまり数学的な考え方しかできなくなっている。その考え方というのは、何かを『管理』するために発達したものだよ。たとえば僕が何度も出かけたインドの小さい村で暮らしている人々は、みなが一緒に動物や、川や土、自然と一体となり、何をも管理せずにアルカイックに暮らしている。古代的な生活を営んで、少しもあわてずのんびりと暮らしている。彼らの精神は、シンプルだけど調和があるものだよ。都会の僕らよりも、精神はずっと安定していて、健康的だ。都会の人間っていうのは、生活からあらゆる自然を排除、あるいは管理しようとして苛立っているからね。

たとえば僕がちいさいころのローマには野生の動物、すなわち猫や野良犬があっちこっちにうろうろしていたんだが、今はそんな動物たちを見かけることもなくなった。野良犬は皆無だし、猫もほんの少しだけだ。なぜなら、自然である動物たちは管理することができす、危険な存在だからだ。管理できないものは排除するしかない、という発想なんだよ。管理できないものは、すべて『危険』と烙印を押される。自然の破壊力というのは、とてつもないからね。アスファルトを一本の樹の根っこが盛り上がって破壊することだってあるじゃないか。『管理』、それこそが近代なんだ。

じゃあ、今のローマの街で好きなところは全然ない?

あるよ。ローマのいいところは、細かいところに構わないっていうか、人間にも、街にも自然が残っている。どんな重大なことが起こっても、Lascia perdere「気にするな」という精神がまず最初の対応。だから、自然もあるがまま、やりたい放題となって放置され、野原になったり、いまにも壁を飲み込んでしまいそうに、植物の蔓だらけになっている場所もある。管理されつくした、たとえばドイツの自然とは大違いだ。ローマの人間というのは、面倒臭がりで、細かい部分に注意を払うのが嫌なものだから、その辺の地面には野生の野菜、ミントだの、ラディッキオだのが勝手に生えてくる。この「気にするな」というのが、ローマの好きなところだね。

ローマという都市は、そもそも近代とは相性が悪いんだよ。近代的であろうとしても、近代的になることができない。それなのに近代的なライフスタイルを無理やり押し付けられて、それが無茶な要求だから、人々を苛立たせるんだ。みんな怒っているだろう? 近代的なライフスタイルと、マテリアルな消費の義務が、人々を怒らせているんだと思うよ。だいたい、ローマの街を見るといいよ、二千年以上前の遺跡が消費されずにいまだに残っているんだよ。そんな街で消費、消費、と急かされても、そんな気分にはならないじゃないか。

さて、しかしながら、ご飯も食べ終わったところだし、今日はここで失礼することにするよ。今日はルーディに会いに行くんだ。ルーディとはポルタポルテーゼのマーケットで知り合ったんだけれど、朝から晩まで女の子のことしか話さない人物(笑)。彼に僕の中古のビデオカメラを売るという約束だったから、電話をしてみると、「今日は菓子屋の女の子とデートするんだ」と嬉しそうでね。その女の子の髪の色や目の色、靴のことををずっと喋り続けて黙ることがない。彼にはかなり美人の娘がいるんだけれど、娘のことなんかそっちのけで、女の子のことばっかり喋っている。面白いよ、こう人物は。尋ねなくとも何でも話すから、知り合って1時間後には、僕はすっかり彼の人生の一部始終を知ることができた、というわけだ。彼のように自分に正直なタイプが典型的、オープンでダイレクトなロマーノだと思うよ。

 

 

『理解することを諦める』
インドへの短い旅  フィリッポ・カルリ

理解できない!

学校に通っていたころ、さらにもっとちいさい子供のころ、僕らは何度となく、そう言い続けてきた。あるいはそれほどしょっちゅうあるわけではなかったが、僕らはこう言うこともあった: 感じない。心臓のある部分に手をあてても、何も感じることができない。
僕らの生きる世界では、精神のうちの、知識を司る部分のみが著しく発展するように教育され、何を感じるか、感性の部分はほとんど顧みられていないのが通常だ。僕らが『心』と呼んでいる、知識よりも深くて、広々としている部分は、世間ではそれほど大切なものではない、と考えられているようにも思える。

「理解することなんて、すっかり諦めたほうがいいよ。人生の神秘のなかに、自分を投げ込むんだ。人生は僕らより、僕らが何をすればいいかを、ずっとよく知っているものなんだから」

僕の最後のインドの旅の途中で、こんな声が聞こえてきた。すべての出来事が、ちぐはぐな方向に向かっていくように思えて、そのインドの旅の間じゅう、一体全体どうしてこんなひどいことばかりが起こるんだ、と僕はずっと考え込んでいて、しかもその理由探しに熱中していた。しかし、いつだって今起こっていることと向き合うにはふたつの道があるものだ。歩いている途中、ちょうどY字になった道の出発ポイントに出くわし、そのふたつの道の行き先はまったく違う場所、どちらかの道を選びなさい、とでも言うように存在している。

少し右寄りの道は、僕らにとって馴染みのある、原因と結果、計算しながらその尺度を観察する道。出来事には、他には理由が考えられない確かな原因がある、と僕らに考えさせる道。でもこの道はいわば表面的な解決を提示するだけで、本質的な解決をもたらしてはくれない。たとえばこの道を歩きながら、石に躓いて、転んだとしよう。すると僕らは瞬間的に、不幸がやってきて、足元に石を置いたんだ、と瞬時に決めつけてしまう。あるいは、こんな石があることを誰かが教えてくれてもよかったのに、誰も教えてくれなかったからこんな目に遭ったんだ。いや、誰かがこの石を片付けておくべきだった、なんで放ったらかしになっていたんだ、と怒りを覚えたりもする。挙句の果てには、注意が足りなかった自分の愚かさを責め苛みはじめる。つまりこの、少し右寄りの道は完璧、確実を望み、起こることを受け入れることができない道だ。しかし現実というものは、常にコントロール不可能、自分の管理できない出来事が起こるのが普通で、完璧にコントロールできる、なんてことはありえない。

一方、もうひとつの少し左寄りの道は、右寄りの道よりも少し広々としていて、深みもあって、しかも曖昧。言うならば人生における神秘の知恵に溢れ、あらゆるものが相互に繋がり、大きく呼吸する道だ。この道を歩くなら、ぶつかった石は、宇宙の法則というか、僕らにはまったくコントロールできない何らかのデザインで置かれたものだ、ということを感じることができるかもしれない。もしこの道で石にぶつかったなら、今後、どのように歩いていったらいいか、何かメッセージが来るまで、ちょっと立ち止まってみたい。

さて、ここでようやく僕のインドの話に戻ることにする。
今まで幾度となく、フィルム制作のためにインドを旅行してきたが、今回はまったく仕事のない、リラックスした旅、のはずだった。いつもであれば、僕は迷いなく、少し左寄りの道を歩きながらインドを旅するのだが、今回はあまりにすごい勢いで起こった災難のせいで、いや、まずい、これはコントロールしなければならない。何でこんなことが起こるのか、理解しなければならない、と僕は自分自身を追い詰めることになる。

出発前の空港から、その予兆は現れた。晴れ晴れとした出発の気分で乗った飛行機は、機器の不具合で僕ら乗客を乗せたまま、滑走路付近で4、5時間も飛ばずに停止したままだった。僕らは長い時間飛行機の中でじっと耐え続け、やっと出発、大幅に遅れてインドに到着する。と、僕の乗った飛行機にエボラ熱患者の疑いのある乗客がいるとアナウンスされ、悲鳴をあげたくなるような檻のなかで、医者たちの検査を受けなければならないハメになった。長い検査のあと、ほっと一息ついて、さて、現金を引き出そう、とキャッシュディスペンサーへ向かうと、「あれ?」機械が壊れていて、何度試してもまったくお金が出てこない。しかたなく、無一文のまま、車を借りて僕を空港で待っていてくれたインド人の親友と、とりあえず目的地へ向かおう、と車を発車させることにした。

しばらく車を走らせると、車をビクとも動かせない、という大渋滞に巻き込まれ、他の車の排気ガスがあまりにひどくて、疲れていた僕は呼吸困難に陥り、頭が朦朧とする状態となった。死ぬ思いでその渋滞から逃れたが、お金がまったくないうえ、ガソリンも底をつきそうなので、用心深くゆっくり走行していたところ、大きなカーブを曲がったところで、たったいま起こったばかりの凄惨な大事故に巻き込まれてしまう。事故の犠牲者が血まみれで道路に横たわり、道路はたちまちに遮断された。夜の闇のなか、けが人の呻き声があたりに響き痛ましく、僕は芯から疲れて苛立ち始め、それでもいつもの少し左寄りの道を歩こうとグッとこらえて、耳を澄ませる努力をする。と、道の向こう、遠くの暗闇のなか、「祈りなさい」と書かれた教会のようなちいさい家が見えた。

僕にとって「祈る」ことは、見失われた道を見つけること、人生を信頼しなさいという優しい声を聴くこと、温もりのある人生の神秘とのコンタクトを取り戻すことだ。しかし僕のとてつもない疲労と、もうたくさんだ、普通の状態に戻りたい、という願いが、その声をかき消し、僕を翻弄した。僕が映像で表現した、インドのあの甘美、歓び、そして美は、いったいどこへ行ってしまったんだ・・・・。

やがてその事故からも解放され、まさか次なる困難が待っているとは知らずに、僕らはとにかく先を急いだ。ところがほんの少し車を走らせたところで、突然、道の真ん中に警官が立ちはだかっているのに出くわすことになる。警官は僕らに車を止めるよう要求しているようだった。僕らがしかたなく車から降りると、警官はこの道を通りたいなら、金を払えと脅迫し始めた。つまり、彼らはすっかり賄賂に慣れ、荒稼ぎする警官たちだったのだ。金? 僕は無一文なんだよ。かなり揉めたあと、インド人の親友の助けもあってなんとかその場を逃れ、やっとクレジットカードで支払えるちいさいホテルにたどり着くことができた。よかった。僕はすっかり安堵した。

簡素な部屋に通され、ベッドのうえに横たわると、たちまちに疲れが押し寄せ、あっという間に意識が遠ざかっていった。しかしその快感も束の間だった。次の瞬間、けたたましい爆発音に驚愕、飛び起きることになった。僕の部屋のすぐ近くでガス漏れによる爆発が起きたというのだ。もうだめだ。これ以上は無理だ。一体何でこんなことが起こるんだ。

目的地であるちいさい村に到着しても、僕は自分に起こったあれこれを考え続け、これ以上何も起こらないでほしいと願い、それとともに人生が僕に語りかける神秘の声はまったく聴こえなくなってしまった。まったくコントロールできない石に偶然躓いた僕は、立ち止まって待つ、ということをすっかり忘れてしまっていた。

いよいよ旅の最後の日、親愛なる友人のマイケルと、村の大通りの夕暮れを散歩していたときのことだ。「僕の人生は、いつも温かく、大きな危険から僕を救ってくれたんだ」と僕はのんびりとした気分で彼に話していた。その、最後の言葉を放つか放たないかの時、突如として僕の背中を強いライトの光が照らし、目が眩んだ。大通りを突っ走る酔っ払いの運転するバイクが僕を目がけて直撃してきたのだ。僕は数メートルは軽く飛ばされ、すっかり意識を失った。

やがて少しづつ、意識が戻りはじめた僕は、こんなひどい事故にも関わらず、ちょっとしたかすり傷だけで、大きな怪我をしていないことに驚いた。このときようやく人生の神秘の声が、それもかなり強いトーンで聴こえてきたんだ:人生をコントロールすることなんてできないんですよ。どんなちいさい出来事にも、想像もつかないような広大な宇宙が広がっているのですから。あなたには人生がどのようにデザインされているかなんて、絶対に理解できないんです。それはあまりに巨大なものだから。あなたにできることといったら、そのほんの一部分として生きることぐらい。宇宙のデザインを外から考えてはいけません。誰もそこに入ることなんてできないのです。そのなかに身をひたしなさい。理解することを諦めなさい!それこそが、人生。生命なんです。

 

 

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