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塀の中のオセロ Giancarlo Capozzoli

Cultura Deep Roma Intervista Teatro

ローマのレビッビア刑務所を舞台に、イタリア映画の鬼才タヴィアーノ兄弟が撮影したドキュドラマ映画、Cesare deve morire (邦題「塀の中のジュリアス・シーザー」ー2012年ベルリン映画祭金熊賞)では、シェークスピアを演じる受刑者たちの迫真の演技、全編に流れる生命の躍動に圧倒された。レビッビアの受刑者たちが演じる芝居をいつかライブで見てみたい、と強く願い続けるうち、ようやくその機会に遭遇しました。長い時間をかけて準備され、たった1日だけ公演された、受刑者によるシェークスピアの「オセロ」。演出家のGiancarlo Capozzoliに話を聞きます。

念願かなって、レビッビアの刑務所の内部にある、ちいさいながらも近代的な劇場で観たOthello o della Veritàは、予想を大きく超え、度肝を抜かれる舞台でした。たとえば全員が足を激しく踏み鳴らし、台を叩く音のカオスで、刑務所という場を包む動揺と不安が演出され、受刑者たちの台詞の饒舌と沈黙の間には、あらわな怒りと疑い、そして嘆きが迸る。一時間半が夢のように過ぎてゆき、唸りのような歓声に包まれた観客のスタンディング・オベーションはなかなか終わらず鳥肌が立った。

しかし何といっても刑務所という場所柄、芝居のあとの客席で、周囲の人々と感想を述べあったり、余韻を楽しむというあたりまえの光景は許されない。やがて監視員が現れ、すみやかに席を立つことを促され、そのまま立ち止まることなく劇場の外へと向かわされます。劇場を出た途端、非日常空間である芝居のリアリティから、これもまた、われわれにとっては非日常空間である、「くまなく監視される」刑務所というリアリティに直面させられるわけです。

刑務所の出口で周囲の人々の顔を見渡すと、誰もが興奮冷めやらぬ、火照った顔で列を作っている。禁断の空間で演じられた、腹心の部下イアーゴーの奸計にまんまと惑わされ、嫉妬に狂って最愛の人デズデーモナを殺してしまった男、オセロを巡る『悲劇』に巡り巡った渾身の感情があまりに強烈で、誰もがのぼせたような気分になっていたのかもしれません。

閣下、くれぐれも嫉妬にはご用心を。あれは緑の目をした怪物で、ひとのこころをなぶりものにした挙げ句、食いものにするという奴です。(イアーゴー)

オセロのあらすじはこちらから。

 

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ローマの郊外地区に広がる巨大な刑務所レビッビア。中には女性刑務所と3つの男性刑務所がある。

 

社会的日常生活からは完全に隔離され、受刑者たちが監視のなかで生きる、日常においてはきわめて特殊な場所である「刑務所」という場所に足を踏み入れたのは、生まれてはじめての体験でした。ひとつのちいさい街ほどの面積はありそうな巨大な刑務所、レビッビアは刑期によって服役するインスティチュートが4つに分けられ(男性刑務所3つ、女性刑務所1つ)、それぞれのインスティチュートが独立した管理になっているそうです。地下鉄A線のレビッビア駅からティブルティーナ通りを10分ほど歩くと、鉄の柵が張られた殺風景な門にISTITUTO PENITENZIALI REBIBBIAー贖罪のインスティチュート「レビッビア」という無機的な看板が設置されている。

今回、芝居を演じたのは重罪のため、長い刑期で服役しなければならない受刑者たちでした。ものものしい警戒のなか、水のペットボトル以外のものを何ひとつ身につけて入ることができず、携帯電話を含めるすべての荷物は身分証明書とともに、金属の扉が太陽の光に反射して眩しい、厳重な玄関に置いていかなければなりません。何の罪も犯していないのに、そこにいるだけで謂れのない罪悪感を感じさせるような、見えない視線が押し寄せる。建物に入ると、映画やテレビドラマで観るがごとき、窓がなく、薄暗い長い廊下が続き、いくつかの鉄格子を横目に見ながら監視員に誘われ、受刑者たちの運動場の脇にある劇場へと、足早に向かいます。その見覚えのある劇場が、タヴィアーノ兄弟が撮った「塀のなかのジュリアス・シーザー」の舞台となった劇場でした。

今回の「オセロ」は、ローマのトルヴェルガータ大学で『演劇』を教えるジャンカルロ・カポッツォーリが、長い時間をかけて役を演じる受刑者たちとのワークショップを通じて構築、彼の大学の教え子3人もまた、受刑者に混じって演じる、という画期的なものでした。つまり、客席からは誰が受刑者で誰が学生なのか見分けがつかない、という趣向も芝居のコンセプトのひとつであった。われわれは、塀の中で暮らしていても、塀の外で暮らしていても、みな『人間』である、というメッセージが発信されたということです。

このように、外国人のわたしも身元さえ確認できれば、簡単に入ることができ、受刑者による演劇がたびたびプロジェクトされるようなイタリアの刑務所は、『刑務所』とは言ってもかなり管理が緩やかなのではないか、という感想を持たれるかもしれませんが、現実はなかなかどうして、想像以上に酷烈に評価されています。劣悪な衛生環境、厳しすぎる処遇、あるいは尋問と称する拷問の疑惑が人権問題として、さかんにメディアに取り上げられ、大きな社会問題ともなっている。別の刑務所ですが、la Ripubblica紙は直近8月2日付で、肺癌の手術をした受刑者が刑期を保留しての治療の機会を得ることなく、術後すぐに刑務所に戻され、40kgまで痩せて亡くなったことを大きく問題視していました。

 

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また、マフィアの幹部やテロリストなど「凶悪犯」と目される受刑者を拘留する、無慈悲と残酷で悪名高いl’articolo 41bisというインスティチュートには、「あまりに非人間的」という強い抗議が継続的にある。その、イタリアの刑務所における惨状に、多くの知識人、政治家、政治団体、市民団体が、受刑者の人権を訴える活発な活動を行っているのが現状です。特にイタリアの70年代から、女性、ゲイの人権問題など、あらゆる人権問題を解決、法律化し、イタリアの社会を現実的に大きく変えることに貢献した、Partito Radicale(革新党)の創立者マルコ・パンネッラは、イタリアの刑務所における受刑者の人権保護を訴えるため、自らの病魔と闘いながら、晩年まで尽力していました。

少し話は逸れますが、先ごろ亡くなった、このマルコ・パンネッラとPartito Radicaleは『鉛の時代』、フェミニズム旋風をイタリアに巻き起こし、離婚、中絶を合法化、極左テロリスト『赤い旅団』との関係を取り沙汰された思想家トニ・ネグリを擁護、その後も常に時代の要に存在、イタリアで真に重要な役割を果たした政党と賞賛されます。パンネッラが亡くなった際はイタリアの『ローリングストーン』誌まで、晩年まで真のロックを貫いた氏を表紙にしている。彼は権力におもねることなく、あくまで市民の立場で差別と闘い、身体を張った過激な言動、行動で社会を変えたイタリアの人権運動の歴史を作ったともいえる重要人物なので、彼の創立した革新党も含めて先でリサーチしたいと考えているところです。

さて、レビッビアの刑務所で受刑者たちに、社会教育の一環として、芝居や、文学などのワークショップが開かれていることを知ったのは、いまや10年以上前のことになります。そのころわたしの周囲にいた何人かの人々が、レビッビアの刑務所で文学を通して『イタリア語』を教えていたことが、イタリアでは刑務所において文化教育が行われていることを知るきっかけでした。そういえば、今年、イタリア最高の文学賞『ストレーガ賞』を受賞したエドゥアルド・アルビナーティもレビッビアでイタリア語を教えている時期がありました。今も通っているかどうかは確認していないのですが、わたしが彼のスタジオに間借りしていた時期は、かなりの頻度でレビッビアに通っていたようです。

わたしはといえば、イタリアに来るまでは、犯罪をおかして刑務所で服役している受刑者の『権利』というものを改めて考えたこともなかったし、刑務所がどんな状況なのか興味すら持っていなかったので、普通の市民生活を営む友人たちが、刑務所に関わる仕事をしているという事実は、意外でもありました。もちろん刑務所ですから、そのなかには重罪を犯した受刑者たち、闇社会に暗躍した無法者たちも多くいるわけで、彼らを相手に授業なり、ワークショップなりを構築するには、かなりの胆力が要求されるに違いない。現在の教皇フランチェスコも刑務所に受刑者を訪ね『洗足式』を行っていますが、信仰のあるなしに関わらず「罪は憎んでも、人を憎まず」と、受刑者たちの今後の人生が、よりよい時間となるようになんとか手助けしようとする人々が多く存在することは、イタリア社会の懐の深さかもしれません。

ところで、今回「オセロ」を観に行った際、多少動揺したのは、受刑者のグループ100人あまり(もっと多かったかもしれませんが)が一緒に観劇した、ということでした。一般客が席に座った後、監視官に先導され、無秩序な列を作って入ってきた彼らをそっと振り返ると、「演劇鑑賞なんてどーでもいい」とでもいう太々しい態度で、窮屈そうに席に座っている。怖いものなし、という強面の彼らは、のっけからきわめてリラックスして指笛を吹き鳴らし、かなり際どい野次を飛ばしては、どっと笑っていた。したがって芝居の導入は、一種異様、特殊な興奮が渦巻く雰囲気でもありました。しかし芝居が進行するに従ってやがて彼らも芝居に見入り、最後は拍手喝采、「ウォー、ブラビー」という声援の洪水で、一般客と一体になった。

『芸術、文化はすべての人々に平等である』

刑務所の劇場の入り口には、このような碑が掲げられています。そういうわけで、前置きが長くなりましたが、今回の芝居の演出家であり、トルヴェルガータ大学で演劇を教授する、ジャンカルロ・カポッツォーリに詳しい話を聞いてみることにしました。彼は、最近ハフィントン・ポスト・イタリア版に連載していたエッセイ『Lì dove c’è il pericolo cresce anche ciò che salva (危険のある場所には助けも育つ』)をまとめた本を出版したばかりの作家でもあります。

 

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ナポリ出身、ローマ大学サピエンツァで哲学を研究。現在はトルヴェルガータ大学で『演劇』を教えるGiancarlo Capozzoli

 

今回の「オセロ」の上演に大変感動しました。ところで、オセロが自殺を遂げる最後のシーンは省かれていましたよね。

そう。それを決めたのは、上演の数日前のことなんだよ。役者全員がデスデーモナの魔法を織り込んだハンカチ(200年もこの世にあって太陽の運行を見つめてきた巫女が、神がかりの状態で、あのも模様を織り上げたのみならず、神の前で清められた蚕の吐く絹糸をもちい、秘法をもって乙女の心臓のミイラからしぼりとった薬液に漬けて染め上げた)を持つシーンで終わりにしようと思ったんだ。彼らのあのハンカチの持つ姿勢を観ただろう? そうだよ。カラヴァッジョの「ダヴィデとゴリアデ」からインスピレーションを得たシーンなんだ。ハンカチをゴリアデの頭部に見立ててね。彼らの現実と刑務所の現実、そして『オセロ』の現実というドラマをメタフォライズして僕は芝居を終わらせることを決めた。芝居にはできる限りアートの要素を加えたい、と僕は思っているんだ。

舞台にみっつの台を置いて、そこにオセロ、イアーゴー、デズデーモナの3人を配したのは、黒澤(明)の『羅生門』にヒントを得た。僕は黒澤が大好きで、ほとんど彼の映画を観ていてね。『羅生門』では、ひとりひとり、それぞれの証言者がカメラに向かって事件を供述する、という手法が取られているじゃないか。それを今回の演出に生かしたいと思ったわけだ。われわれは刑務所のなかにいて、オセロ、イアーゴー、デズデーモナのそれぞれの証言は、裁判を観客にイメージさせる、受刑者ひとりひとりの経緯を暗示するものでもあるわけだから。

こうして芝居のなかに、『刑務所』という、人々の日常から忘れ去られた状況を、文学、映画、そして絵画、さらにイタリアの伝統的な要素をメタフォライズして表現しなければならなかった。だから芝居の導入は、受刑者たちのリアリティ、つまり素のままの刑務所の日常から、次第に芝居へと移行していく、という脚本にしたんだ(芝居は、受刑者たちが現実に自らの経緯を、スピーディに読み上げることから始まった)。劇中での音楽を担当したのは、僕の友達でプロのピアニストでもあるエリック・ベウシュの演奏。僕の刑務所における演劇プロジェクトに興味を持って参加してくれた。しかし導入で登場したアコーディオンの名手は受刑者だよ。彼は驚くほど上手だったね。才能を持った音楽家だ。

 

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みな、とても芝居がはじめてとは思えない、迫真の演技でした。特にイアーゴーを演じた人物は、あまりの巧みさに目を見張りました。

そうなんだよ。イアーゴーを演じた彼は、信じられないほど完成度の高い演技をした。ピアニストのエリック・ベウシュも驚嘆していたよ。彼は実に多様な表現力を持っている。台詞を喋っている時だけじゃなく、彼が沈黙すると周囲が凍てつくんだ。そしてそれこそが、この芝居では重要な表現だった。彼は表現すべき以上のことを演じてくれたよ。上演後、「何度も『オセロ』を観ているが、君ほど上手くイアーゴーを演じた役者を知らないよ」と感動を伝えたのだが、僕が冗談を言っているのだと思って、彼はまったく本気にしなかったけれどね。

演劇の面白いところはそこだよね。僕は上演前に「これからの1時間半の間、みなで舞台の上で好きなだけ遊んで、全身で自由に楽しんでほしい」と伝えたんだ。演じることを、英語ではPray、フランス語ではJouer、ドイツ後ではSpielen、いずれも『遊ぶ』という意味の言葉を使う。そしてそれが演劇だと僕は思う。遊ぶことが基本。誇りを持つこと、自分を、そして他人をリスペクトすることと同じように、遊ぶことは人生において大切なことだからね。

そういえば、今回オセロを観た女性のジャーナリストが面白いことを書いていたよ。彼女は、オセロに殺されるデズデーモナを男性に殺される女性、つまり女性が男性の暴力の犠牲になるべきではない、というフェミニズムの視点も、受刑者たちに認識してもらうために大切な芝居だった、と言うんだ。まさにその通りだよ。受刑者たちにとって最も大切なのは、『演劇』という素材を通して、自分自身にもう一度向き合うことなんだから。もちろん僕らにとっても大切なことだけれど、アートというものは、自分自身に向き合い、見つめ直すために必要欠くべからざるものだ。

実際、受刑者たちは、それまでの人生で一度もアートに触れることがなく、文化というものが何なのかすら知らなかったんだ。本を読んだことのない人生を送ってきたから、今回だって誰もシェークスピアなんて知らなかったよ。彼らはいままで演劇とは、遠く離れた世界に住んでいたんだから、それはしかたないことだ。彼らのほとんどは都市の中心部ではなく、荒涼とした郊外の出身者だ。ドラッグの売買、窃盗、強盗、さらには殺人という重罪を犯した者もいる。今回出演した人物たちのなかにも、17年、18年という長い刑期に服さなければならない者もいるんだが、その彼らにとって芝居を生きると言うことは、違う世界を体験する機会でもある。

また、ワークショップを重ねて構築した芝居を上演するということは、長い年月、まったく自由のない刑務所という場所にいなければならない彼らにとっては、非常に大切な機会だ。たとえば僕はこの刑務所のなかにある別のインスティチュート、Terza Casaというセクターでも演劇を教えているんだけれど、そのセクターには比較的軽い罪、短い刑期の者たちが収監されていてね。同じ受刑者でも、双方の態度はまったく違うんだ。

長い刑期に処された受刑者たちは、一生懸命学ぼうとするし、全力で取り組もうとする。一方、短い刑期の者たちは、正直いって、真剣味が足りない。そりゃそうだよね。「ここにいるのも3年の我慢だ。3年経ったら自由の身」そんな風に自由がすぐそばにある者たちが演劇を勉強するのは、ただの暇つぶしでしかない。それに刑務所で演劇を学んだ経験が、彼らの人生に何らかの影響をもたらすことは稀でもある。何もしないより、演劇でも勉強したほうが時間が早く過ぎる、ぐらいの取り組み方なんだから。

しかし長期の服役を課せられた受刑者たちの「オセロ」のグループは、みな非常に真面目に、僕の話すことを余すことなく理解しようとする。僕が使ったナポリ方言の台詞も、ナポリ出身者ではない受刑者も、しっかりと覚えた。大学はローマのサピエンツァを卒業しているが、僕はナポリ出身なんだよ。だから今回の「オセロ」の脚本にも、ナポリの方言をたくさん使ったんだけれど、途中、外国人の君には、よくわからない台詞もあっただろう? 実はオセロ、イアーゴーを演じた者もナポリ出身の受刑者でね。互いにナポリの出身ということで、僕らにははじめから共感があったことは確かだね。もちろん同じナポリでも育った環境は違うし、僕はドラッグの売買をしなければ生きていけないという状況ではなかったわけだが、同じナポリの方言を話すということは、あきらかに僕らの絆になったんだ。

ところで、ナポリ出身者の唯一の幸福は何だか知っているかい? 君もオセロやイアーゴーと話したら、演劇というものがどれほどナポリに大切なものであるか、理解できるはずだよ。というのも、ナポリはエドゥアルド・デ・フィリッポという偉大な演劇人を輩出しているんだからね。アルファベットも満足に知らず、本を読むことができない教育のない人間であっても、エドゥアルドの芝居を知らない者はナポリには一人もいない。エドゥアルドこそがナポリの最も重要な象徴であり、ナポリ文化を代表する、ひいてはイタリア文化を代表する、900年代の演劇史において特筆すべき演劇人だということに、ナポリ出身の受刑者たちも誇りを抱いているんだ。

 

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ナポリのシンボル、エドゥアルド・デ・フィリッポは、自ら書いた芝居に多く出演した、イタリアの900年代を代表する国際的に重要な演劇人。晩年まで政治、社会運動に関わり、永久上院議員でもあった。現在でも彼の戯曲は多くのイタリアの人々に愛されている。ナポリで生まれたコメディア・デラルテのプルチネッラとともに写った写真はWikipediaから引用。

 

もちろんエドゥアルドの作品のいくつかを彼らは知っているし、エドゥアルドこそがナポリ文化のバックグラウンドだということもよく知っている。そしてその文化の継承者たちは自分たちナポリ出身者である、とも感じているんだ。エドゥアルドの芝居の登場人物は、みな貧しい市井の人々じゃないか。「フィルメーナ・マルトゥラーノ」は売春婦だし、「リオーネ・サニタの区長」はカモリスタ(ナポリ・マフィア)だ。エドゥアルドはナポリの市井で成長し、自分の周囲で起こるナポリの物語を芝居にしていった。

今回の「オセロ」で表現したかったのは?

まず、受刑者が受刑者自身のリアリティを演じることだね。受刑者のリアリティとオセロのリアリティを同時に、つまり混然と描きたかった。

デズデーモナを演じたマリア・ルードヴィカ・ヴェントーラは、トルヴェルガータ大学の僕の教え子なんだが、彼女は刑務所で行われるワークショップでも、とても上手に振舞ってくれたよ。というのも、男性受刑者ばかりのワークショップに女性が関わることはなかなか難しいことだからね。つまり受刑者たちは、すべてのプライベートな人間関係を断たれていて、長い刑期の間、もちろん女性と知り合う機会もなく、それが大きなフラストレーションになっているのは事実なんだ。未来の見通せない恋愛感情ほど残酷なものはないじゃないか。しかしルードヴィカは、節度ある清廉な女性で、純粋に彼らとの芝居に取り組んでくれた。彼女のおかげで、このプロジェクトは彼らがいままで知らなかったタイプの女性と関わる機会にもなったし、彼らにとって、それは貴重な経験になったと思う。

「君は綺麗な女の子だけど、君にどのように接していいかわからない」それが受刑者たちの最初の反応だったよ。彼女は20歳の美貌を持つ女性で、もちろん彼女は受刑者である彼らと接することに、はじめはおおいに躊躇し、と同時に彼らも同じように躊躇した。しかし彼女はワークショップのたびによく勉強し、準備も怠らず、いつも完璧な状態で芝居に臨んだから、やがてオセロもイアーゴーも、みな彼女に引きずられるように芝居に入っていくことができたんだ。彼女の存在が、彼らに人間としても、アーティスティックにも大きなインパクト、刺激を与えたんだと思う。

 

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デズデーモナを演じたトルヴェルガータの大学生、マリア・ルドヴィカ・ヴェントゥーラ。

 

もちろん、僕が作っているのはひとつの芝居、作品だが、と同時に、そのプロセスは受刑者たちの更生に役立つ社会教育の一環でなければならない(受刑者の社会教育は、イタリアの憲法にl’articolo 27として定められている)。彼らは芝居を通じて、僕たちとともに人生を再考しなければならないんだ。刑務所はただ罪を償うだけではなく、社会的な更生をする場でなければならないのだからね。実のことをいえば、僕は「刑務所廃止論」、「刑務所再考」の議論をも、しっかり考えなければならないとも思っている。罪を償い、彼らを更生させるために刑務所での服役以外に、他のアルタナティブな方法はないのか、とね。

最近、受刑者の権利を監視するインスティチュートに長く関わった永久上院議員のステファノ・アナスタシアらが、大学のリサーチャーらとともに重要な議論をする本が出版されたんだけれどね。その本では、刑務所の劣悪な環境についてはもちろん、刑務所そのものに存在価値があるのか、という疑問、そして自宅での服役の可能性をも含め、刑務所のその先に存在する犯罪の循環について議論している。というのも実際のところ、刑務所というのは、それほど更生の役には立っていないからなんだ。たとえば5年の刑期を終えた人物が、出所したのち普通に社会生活を送る努力をするか、というと残念ながら、必ずしもそうはならない。むしろ以前より素行が悪化し、再び犯罪を犯して刑務所へ戻る、ということが繰り返されるだけだ。

イタリアは、大学を卒業してもなかなか職が見つからないという、失業率が深刻な状況なんだよ。教育を受ける機会もなく、読み書きも満足にできない、刑務所で服役した経験のある人物が、いったいどんな仕事を見つけたらいいんだ。さらに、支えてくれる家族の存在がなければ、彼らは生き延びることは不可能じゃないか。いいかい? ここは重要なところだが、僕は犯罪を正当化しているわけじゃないよ。彼らのリアリティを話している。彼らのほとんどが、中心街とは貧富の格差が激しい郊外で生まれ育っているんだ。彼らが犯罪を犯す前に、彼らの生活、教育を社会的に保障することができたなら、犯罪は起こらなかったかもしれない。彼らは教育を受けることなく、生き延びるための技術を得ることもできず成長しなければならなかったという背景があることを、忘れてはいけない。

その彼らが自分たちの存在を、社会に誇示する方法は『消費』行動だけだったんだ。どういう意味か、というと、恵まれない環境に生まれ育ち、物心がついたころには、高額な服を着て、たとえばポルシェやフェラーリ、マセラッティを乗り回し、札びらを切る生活こそが、自分の存在価値を社会に誇示するための唯一の方法だ、という究極のマテリアリズムに陥った。そしてその目的のために犯罪を繰り返しても、まったく罪悪感を感じず、フェラーリを所有するための巨額の金を、どんな手段を使ってでも得ることだけが目的、それこそが「自己実現」だという価値観を持つに至る。少し前に犯罪組織に属して3件の殺人を犯した受刑者にインタビューをしたんだが、犯罪に手を染めたそもそものきっかけは「単純に高い服が欲しかっただけだ」と言うんだよ。高級車を乗り回していると、価値ある人間になったような気がした、とも彼は言っていた。

 

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刑務所での演劇プロジェクトに参加したのはいつごろからなんですか?

Cesare deve morireー「塀の中のジュリアス・シーザー」が制作されるずっと以前から、レビッビアでは演劇のワークショップが行われていてね。15年ほど前に、僕はあるカンパニーの一員として受刑者との芝居づくりに参加していた経験があるんだ。そのころの僕はかなり活発に政治活動をしていて、刑務所の受刑者との演劇プロジェクトは、政治行動のひとつとしての取り組みだった。もちろんそのころの僕は若く、演劇に関する経験は、それほど積んではいなかったけれど、情熱を持って取り組んでいたよ。4〜5年の間は続けたかな。この経験のあと大学を卒業し、ベルリンに渡って、しばらくイタリアを離れた時期もある。今回のレビッビアでの演劇プロジェクトは、ベルリンから再びローマに戻ってから始めたんだ。

刑務所で服役するということは、哲学的には、”esseresenzatempo”(時間なき存在)と定義できるかもしれない。街から遠く離れた場所に、完全に外界との接触を断たれて長期に渡り、自由を剥奪され隔離されることは、ただ長い時間を過ぎるのを待つだけの、想像を絶する過酷で恐ろしい人生だ。受刑者は過ちを犯したには違いないが、みな、われわれと同じ人間なんだからね。その、過ぎ去るだけの長い時間を生きながら、自分の人生を再考する機会がなければ、まったく何の意味もない時間を過ごすだけになってしまうじゃないか。そしてそれは同時に、彼らの犯した殺人や強盗という犯罪の犠牲者となってしまった人々にとっても、何の意味もない服役ということになる。

イタリアで受刑者として生きることが、荒廃した経験であることは間違いない。もちろんイタリアだけではなく、どこの国でも刑務所で服役するということは過酷な経験であるには違いないが、イタリアの刑務所の状況はかなり酷いものだ。たいていの刑務所は老朽化していて、あちらこちらが崩壊しつつあり、水漏れのために湿気はひどいし、その環境そのものが受刑者をさらに消沈させる。そんな環境で、まったく自由がなく、誰からも愛情を注がれることがない、ということはどれほど暗鬱なことか。

イタリアの刑務所の受刑者たちは、欧州で定められた、受刑者の権利としての4平方メートルのスペースに満たない3平方メートルしか与えられず、窒息しそうな状況だ。狭いスペースに大人が何人も同じ部屋に収監され、毎日臭気に満ちたスペースで過ごさなければならない状態で、人間の『尊厳』なんて、どこにあるんだ。僕はもちろん、刑務所が5つ星ホテルのような快適な場所になるべきだ、と言っているのではないんだよ。崩れかけ、ネズミが走り回り、酷い衛生状態で疫病が蔓延する場所での服役に問題があると言っているんだ。僕はそんな状況に目を瞑って、演劇だけを教えに行っているわけじゃない。受刑者たちの声を、真摯に聞きたいとも思っている。もちろんみんながみんなではないが、彼らのなかには、人間として素晴らしい、と思える人物もいるからね。最近出版した本は、その彼らの声を集めたものなんだよ。

今回、オセロを演じた人物は、今年50歳になるんだが素晴らしい感受性の持ち主でもあってね。長い刑期を過ごさなければならない状態にいて、もちろん、恩赦で刑期が短くなることはあるかもしれないが、それでも17、8年は服役しなければならないだろう。その彼から、今回の上演が終わって、非常に消沈している、という手紙が届いた。娑婆で僕らが普通に芝居に関わっていても、全力を出し切って上演が終わったあとには、空白が訪れるものなんだよ。それが刑務所なら、なおさらのことだと思う。写真なら写真が残るし、絵画なら絵画が残る。しかし芝居は上演したあと、残るのは空白だけ。それがライブというものだからね。芝居を巡って時間を生きること、その時間こそが作品であり、あとに何も残らないのが芝居の美しいところでもあるんだが。

えっと・・・・。これがオセロを演じた人物の手紙なんだけれどね。ちょっと読んでみるよ。まず、彼はデズデーモナを演じたルドヴィカについては、彼はこう書いている。

「ルドヴィカと演じることは、僕にとってとても難しかった。彼女の恥じらい、気品、そしてプロフェッナルな振る舞い。ほとんど教育を受けていない僕は、彼女にどんな風に接していいか、困惑したよ。もし10点満点で僕の演技を採点するなら、彼女の芝居の相手としては3点がもらえればいいほうだと思っている」

また、彼が消沈している、という手紙をくれたときに、芝居が終わったあとは、誰でも消沈するものさ、それが普通だよ、という返事を送ったときにはこんな手紙をくれたんだ。

「ジャンカルロ、君の手紙を読んでから、少し元気になったよ。僕はとても繊細で感情的な人間だから、暗く、陰鬱な刑務所の空気に魂が大きな影響を受けてしまうんだ。しかし君や君たちとの出会い、微笑みや豊かさ、そして君たちの謙虚さは、僕にとって決して消えることのない光になった。何より、君たちがワークショップを続けていくつもりだということを聞いて嬉しかった。重要なのは再び君たちと会うこと。そしていろいろな話をすることなんだ」

こんな風に、彼らとは本当にいい関係を築くことができた。彼らはもちろん受刑者だし、訪ねてきてくれる人もそう多くないし、手紙すらなかなか届かない。確かに存在するというのに、社会から忘れられている存在であるということの辛さは、並大抵のことではない。その彼らが僕に手紙をくれる、ということが、とても大切なことだと思っている。芝居を通じて、人間同士のコミュケーション、友情、共感が生まれることは何より嬉しいことだよ。お互いにバリアを取り去り、平等な立場で、ひとり対ひとりの人間同士の付き合いから、多く学ぶことがある。彼らのことを「受刑者」とは、だから僕はなるべく呼びたくないんだ。

 

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まず、僕が彼らから学んだ最も素晴らしいことはシンプルであること。彼らは自分をよく見せようと小細工をしないから、生の人間性が押し寄せてくる。そりゃそうだよね。殺人や強盗で受刑しているわけだから、いまさら他人に「善い人間」と思われる必要などない。だから彼らは非常に素直に、まっすぐに文学や芝居、そして哲学の世界にリアリティとして入り込むことができ、それらを通じて、自分の存在について熟考することができるんだ。はじめは受け入れることが困難でも、やがてそれら文化を通じて、自分の別の可能性を探ることができるという事実に理解を示すようになる。さらに僕らがワークショップで定期的に刑務所を訪れることは、彼らにとっては幸運かもしれないね。僕らが話す外の世界の話を聞くことで、彼ら自身が外の世界を訪れることができるわけだし。僕らという外の世界と接することで、再び自由な世界へ戻りたい、そして犯罪とは違う世界で生きていきたいという、彼らの希求になれば嬉しいよ。

哲学を学んだ、とおっしゃいましたが、具体的には?

大学ではハイデッガーを研究した。だから東洋哲学、東洋の文化にもおおいに興味があるんだよ。ハイデッガーを研究したのは、彼の哲学を通して「アートとは何か」という命題を深めていきたいと考えたのが動機。卒論は『Abitare poetico e la questione di essere di Martin Heidegger(詩的ー芸術的に生きることとマーチン・ハイデッガーの存在意義)というものだった。

今日の演劇の問題、芸術、文化の深刻な問題は、すべてが文化産業に直結しているということなんだよ。つまり商業的でなければ芝居は成立しない、と一般に考えられていることだ。しかしね、本来演劇は、産業と同居してはならないものだ。イオネスコの本を読み、ブレヒトの作品を観て、グロトフスキーのマニュアルを学ぶことは、感受性を深めること以外の何物でもなく、商業主義とは何ら関係ない。もし、産業として演劇に関わらなければならないとしたら、僕はとっくに演劇を教えることをやめているよ。

だいたい今回の「オセロ」でかかった予算がいくらだか知っているかい? たったの100ユーロ(!)なんだよ。しかも芝居に関わった僕らはみな、ボランティアだ。刑務所という場所で人が集まって、たったの100ユーロしか予算を使わなくても、人を感動させる芝居は成立する。いや、そうあることこそが芝居の基本だとも思っている。僕が刑務所での演劇プロジェクトを発展させたいのは、それがアンチ・マーケットのシンボルともなるからだ。世界から隔離された刑務所のなか、商業的要素がまったくない状況で素晴らしい芝居が実現できる。これは非常にラディカルなことではないかな。

僕はアートが人の「魂」を変えると信じているんだ。若い頃、ピーター・ブルックの芝居を観たとき、自分の内部で何かが大きく変わるのを感じた。そしてその感触は、劇場を出たあとも、ずっと残り続けたままだ。一方、商業的な目的のみで興行される芝居を観ても、僕には何も得ることがない。近代の名優カルメロ・ベーネだって「コマーシャルなつまらない芝居を観るより、サッカーの試合を観る方が断然面白い」と言っていたんだ。「魂」のない芝居は無意味だよ。

芝居で役者をシーンシーンに配することは、肉体を配するということだからね。つまりフィジカルに、肉体で時間を生きるということだが、刑務所で演る芝居は、さらに肉体そのものがフォンダメンタルな要素となる。彼らがもう一度、自分の肉体というものを芝居を通して再確認するということだ。つまり、芝居をすることで彼らは肉体の自由、感情の迸りの自由を取り戻すんだ。また、ほかの人間とフィジカルに、肉体で、感情でぶつかりあい、リレーションシップとは何なのかを再確認することもできる。

刑務所で芝居をする、ということの意義はここにある。これは演劇だけでできることだよ。

 

 

※文中、芝居のシーンはGerald Bruneau、Mia Murgese両氏による写真を掲載させていただきました。

 

 


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