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ジャーナリスト 受難

Anni di piombo Cultura Deep Roma Società

現在のイタリアのジャーナリズムには、禁忌となるテーマが、ほぼ、存在しないのではないか、という印象を持っています。闇のなかに埋もれ語られずにいた『不都合な真実』に光をあて、徹底的に暴き尽くし分析する、なかなか気骨のあるジャーナリストがイタリアには多くいて、国じゅうが大騒ぎになることも少なくありません。

しかも、彼らが証拠を掴んで明らかにした『真実』は、たとえばネットで語られる程度では済まず、主要メディアが積極的に、しかも劇的に掲載、キャンペーンを展開するケースもあります(もちろん、事件の内容に政治的要素がある場合は「意図的」に、と考えられる、ありきたりなネガキャンの場合もありますが)。一度発覚すると、マフィアが絡んでいたり、国際問題に発展しそうだったりと、かなりあぶなっかしい複雑な案件であっても、どうにも隠すことができない、喋らずにはいられない、開放的なメンタリティを持つイタリアですから、世間の空気、しがらみなどまったく意に介する風でもなく、「これでもか、これでもか」と暴き続けるメディアの姿勢はなかなか大胆不敵です。しかも暴かれた案件は一過性に終わることなく、ことあるごとに執拗に、繰り返し語られ続け、市民の注意を惹き続けます。

しかしまた、「真実を暴き、市民に伝える」というその信念と正義感が、のちに深刻な脅迫や妨害を招き、ジャーナリストがその身を危険に晒す事態に発展するケースも多く、2015年、5月14日付のラ・レプッブリカ紙は、当局が身辺警護せざるをえなくなったジャーナリスト『受難』増加の記事を掲載、大きく問題視しました。イタリアが『報道の自由』世界ランキング74位と、かなり低い位置にあるのも、ジャーナリストへのこの脅迫、妨害という背景があるからに他ならないでしょう。

『鉛の時代』、多くのジャーナリストが次々に殺害され、口封じされた事実から、イタリアには命知らず、まさに真正のジャーナリストが多く存在することを知ってはいましたが、現在もこれほど多くのジャーナリストが危険に晒されているとは、と記事を読みながら、正直、驚愕しました。ラ・レプッブリカ紙によると、2015年に入って、5 月14日の時点で159件のジャーナリスト脅迫事件が起こっています。それが9月20日には、なんと206人にまで膨れあがっている。

ところで、近年最も重要視されるジャーナリストの脅迫事件といえば、ロベルト・サヴィアーノの例が有名です。2008年、マテオ・ガッローネが監督し、カンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞した映画の原作、ナポリのローカルマフィア「カモッラ」の凄まじい実態を描いた『ゴモッラ』。その著者であり、ベストセラー作家のロベルト・サヴィアーノが、『いつか必ず殺してやる』とひっきりなしに暗殺予告を受け、それ以来、当局の厳しい身辺警護のもとで活動していることは国内外でも知られています。

1979年、ナポリに生まれたこの作家、ジャーナリスト及びコメンテーターは、当局から派遣されたボディガードに囲まれて、日常生活を監視され、行動を制限されながらも精力的に活動を続け、TVにも多く出演、現在はラ・レプッブリカ紙、エスプレッソ紙、ニューヨークタイムズ紙、ワシントンポスト紙、その他、スペイン、ドイツの有力紙とも協力、イタリアの『表現、報道の自由』をシンボライズするジャーナリストともなっています。

厳重な警護なく、ごく普通の社会生活を送ることができるなら、自由に取材に飛び回り、気ままに世界を旅することもできたであろう、いまだ36歳という若さのこの作家は、しかし何処に行くにも四六時中、銃を携えスクラムを組んだ警察の『警護』という鉄の防壁に阻まれて生活せざるをえない。常に2台の車で7人のボディガードに取り囲まれながら移動、寝起きは警察署内かホテル、2日同じ場所に眠ることは稀、という生活だそうです。外国に行くにも、何処へ行って、誰に会って、何をするか、分刻みのプログラムを内務省に提出、当地の警察とともに精査され、手続きに一ヶ月以上かかることもある。正義である『真実』、『表現、報道の自由』を貫き、『ゴモッラ』は25万部のベストセラー、イタリアのみならず、各国で絶賛されたと同時に、自らのプライベートな時間、生きる『自由』を失ってしまったというあまりに不条理な状況に直面しています。

「僕はまだこんなに若いんだ。他の友人たちと同じように、夜、出かけてビールを飲みたいし、恋もしたい。あたりまえのことができない生活には耐えられない。自分の人生を諦めることはできない。Cazzo!  僕はまだ28歳なんだよ。確かに僕の書くことへの情熱は途切れることはない。しかしリアリティのない生活からは何も書けない」

そうサヴィアーノは宣言し、8年前にはニューヨークに居を移した時期もありましたが(それもまたボディガードとともに)、結局再びイタリアに戻ることになりました。もちろん、その後もアンチマフィアの精鋭として、さまざまな不正を暴き、イタリアのダークサイドの現状、政治との癒着をも歯に衣を着せず弾劾、その勇気ある活動は、ウンベルト・エーコをはじめとする、イタリアの知識人たちからも強い支持を受けています。それでも彼のホームページには、監獄に閉じ込められたような生活、警護の厳しさ、また彼に対する人々の反応など、読むのが辛くなるほど深刻な苦悩が綴られている。

同じく5月14日付のラ・レプッブリカ紙WEB版に掲載された、サヴィアーノのインタビュー映像から引用します。

僕ら、つまり厳重な警護のもとで生活しているジャーナリストのことを、「そんなおおげさな状況はジャーナリスト自身が望んで、自らに利益になるように作り上げたんじゃないのか? 一種のオペレーション、作戦だ」という声を耳にすることがたびたびあるが、それはまったく真実ではない。もし、それが真実であれば、僕はこの厳重な警護が永遠に続くことを僕らは望むはずだ。

あるいはまた「国家が、あるジャーナリストを『言論の自由』を守るために厳重警護するということは、『表現の自由』を完全に保護している、つまり国家こそが自由の味方だ、という国家にとってはイメージ・アップのプロモーションにもなる。と同時にジャーナリストは、国家に警護されている状況が、自分という主役をめぐる仰々しい舞台装置となって、仕事の可能性も増え、さらなるキャリアを積むことができるじゃないか。だいたい本当にマフィアに脅迫されているのなら、とっくに殺されていてもいいはずだ」などということを言う人々もいるが、僕はこのような発言は大変危険なことだと思っている。このような物事の捉え方はマフィアを増長させ、世の中を彼らのモラルで塗り替えようと目論んでいる、彼らの構想そのものを受け入れるということだ。

「僕らを消す」ということは、「僕らの言葉を消す」、ということだ。この数年間で、僕の警護はいよいよ厳重になり、いつになったら、この状況から解放されるのか、まったく見通しのきかない、かなり不安な毎日を送っている。こんな状況に置かれているというのに、「キャリアを積みたいから、みなの関心を惹こうと、自ら進んでこんな状況をつくりだしている」という輩には、われわれはもはやキャリアなど積む必要はない、さらに一般の市民生活を送っている市民たちが、僕らに関心を払うことは、まったくないのだ、と言いたい。

マフィアというのは、Attenzioneー関心は『時間』だということをよく知っている。マフィアは、人々の関心が薄れ、警護が弱まり、司法上の手続きすべてが終わるのを、じっと『待っている』ものなんだ。

最近の僕の経験は、かなり複雑なものだった。マフィアのボスの差し金で僕を脅迫し続けていた弁護士がいたのだが、脅迫を命じた、と推察されるマフィアのボスたちは、今回の裁判で、結局『無罪』になった。理由は、弁護士が僕を脅迫していた事実をボスが知っていたか、知らなかったのか証拠がなく、彼らが命じていたと断じることはできない、というものだった(確固とした証拠がないため。『疑わしきは罰せず』という司法のモラルにより)。僕らは、たとえば友人や、家族をも含めて日常的に脅し上げられているというのに。

僕たちは1日も早く、普通の生活に戻りたい。マフィアからも、警護からも自由になりたい。僕の生活は常に監視され、管理されている。

自由に発言したために自由を奪われる。監視され続け、プライベートがまったくない、という状況は、どれほど頑強な精神力の持ち主でも、かなり応える状況だと察します。わたしも含め、普通に社会生活をしている市民たちは、確かに日々の生活に忙殺され、ともすれば自分の暮らすテリトリーとは遠くに存在すると感じられる、社会的事件への関心も徐々に薄くなる。不正を憎んではいても、人は日常の暮らしのなか、簡単に社会を忘れてしまいます。しかし時間は『罠』でもあることを、自覚しておいたほうが良さそうです。

 

Roberto-Saviano

ロベルト・サヴィアーノ

 

さて、話を記事に戻します。最近になって激増しているイタリアのジャーナリスト脅迫事件は、サヴィアーノの『Gomorra』が出版された2006年頃から徐々に増加しはじめました。ラ・レプッブリカ紙によるとー内務省はその数を明らかにはしていなくともーLa scorta、つまり厳重な警護で日常の生活を完全にブロック、監視されているジャーナリストが、イタリアの国内に現在、30人〜50人も存在するようです。また、家に放火されたり、爆発物、あるいはピストルなどが送られてきたり、夜中に絶えず電話がかかってきたり、という不穏な脅迫行為が、2006年から2015年までの間に2300件記録されています。

『鉛の時代』、70年〜80年代のイタリアの騒乱期のジャーナリストたちは、家を出るときはかなりの覚悟を要したと言われます。右翼グループ、左翼グループともに武装していた当時、1977年、La Stampa紙の副編集長、カルロ・カッサレンニョが『赤い旅団』に射殺されるという事件も起こり、いったん外出すれば何があってもおかしくない、とピストルを持って出かけるジャーナリストもいたそうです。1988年には、当時第一線で活躍していたコリエレ・デッラ・セーラ紙のウァルター・トバジも『赤い旅団』の5人のコマンドに射殺されています。

ラ・レプッブリカ紙はしかし、現在のジャーナリスト脅迫事件の有り様を当時と同じか、ひょっとしたらもっとひどい状況だと分析している。何より不気味なのは、ジャーナリストたちは自分たちを脅迫している人物がいったい何者なのか、まったく相手の顔が見えない、検討がつかないことで、これではどうにも手の打ちようがない。イタリアで「マフィア」という言葉は、一定の犯罪集団のみを指し示すわけではなく、経済界、金融界、政治、官僚、(また教会を舞台に犯罪が起こった場合も)の世界にはびこる不正、収賄、横領、あるいはそれらの世界と一定の犯罪集団との関わりすべてをil sistema mafiaーマフィアシステムと捉えるので、脅迫の数々が犯罪集団の犯行である、と単純には断定できない背景もあるかもしれません。

2014年12月に発覚した、ローマ市前代未聞の横領収賄事件『マフィア・キャピターレ』ー70年代、ローマに生まれた犯罪集団、Banda della maglianaの生き残りであるネオファシスト思想を持つボスが中心となり、ローマ市の政治家、職員と徒党を組み、ゴミ処理、移民、不動産のマフィアビジネスで市の予算を横流していた事件ーは、数年前から独自に調査を進めていた、エスプレッソ紙のジャーナリストが繰り返し指摘、遂に検察が動いた、という経緯があります。元市長、現市長をはじめ関係者は全員事情聴取、驚くほど多くの逮捕者を出していますが、中心となってこの事件を取材していたエスプレッソ紙のジャーナリストLirio Abbateは、「彼が書くと、影で何者かがうごめく」と囁かれ、日常的に脅迫されていたそうです。あるときには車を尾行され、間一髪で命を失わずにすんだ、あるいは車の底部に爆弾が仕掛けられていたことが発覚したこともある。このリリオ・アッバーテも現在、当局の厳重な警護で日常を監視されるジャーナリストの一人となっています。

さて、ラ・レプッブリカ紙の記事は、脅迫されているジャーナリストの数や状況の多くを、Ossigeno Informazioneというサイトから引用しています。このサイトは、72年にマフィアに殺害されたジャーナリストの弟である、Alberto Spampinoが中心となり、前述のリリオ・アッバーテも運営者に名を連ねる、Ordine Nazionale Giornalista (全国ジャーナリスト組合)によって設立されたNGOグループで、イタリアで起きたジャーナリスト脅迫事件をモニター、アーカイブをWEB上に公開。もちろん自分の名前を明かす勇気のあるジャーナリストの報告のみのアーカイブとなっているため、被害の実数は、さらに大きくなると推察されます。

以下、Ossigeno Informazioneの統計を引用

 

2006年から2015年3月まで、脅迫の数は年々増加している。

2006年から2015年3月まで、ジャーナリストへの脅迫の数は年々増加している。

地方別統計では、ローマ、ラツィオ、ついでナポリ、カンパーニャ。

地方別統計では、ラツィオ、ついでカンパーニャ、ロンバルディアに被害が集中。

 

また、記事の最後に、2014年から当局に身辺警護されることになった、南イタリアのジャーナリスト、ミケーレ・アルバネーゼの告白をもラ・レプッブリカ紙は紹介しています。

2014年、7月17日。Quotidiano del sudのジャーナリストMichele Albaneseの元に、カラブリア警察から連絡があった。「すぐに署まで来てくれ。重要な話がある」 至急出向いたアルバネーゼは、警察署長と捜査官に迎えられるが、そこで彼らは『われわれにはあなたを護る義務がある。あなたの安全を確保するためにLa scortaーわれわれがスクラムを組み、あなたの警護に取り組む事にした」と、告げられた。当時アルバネーゼはカラブリアマフィアの「ンドゥランゲタ」を取材中だったのだが、「あいつを車ごと爆破させよう」という会話が警察の盗聴に引っかかったというのだ。

この日から、アルバネーゼは警察による突然の完全警護という防壁に囲まれ、生活が一変することになる。外出するときは必ず彼らが車で迎えにやってきて、異常が起こらないよう、四六時中監視される。一人で出かけることは皆無、引っ越すこともできなくなった。スタジオに篭っての作業が多くなり、仕事の状況がラディカルに変わったため、書くための情報を得ることもままならない。

また、それまで情報源であった人物は、決して彼とは会わなくなった。それは彼を信頼しなくなったからではなく、どこにでも必ず同行する警官たちを信頼できないからだ。興味深い情報というものは、たいてい匿名を希望する流れからやってくるもので、特に彼の住む地域ではそれが定説になっているが、オフィシャルな情報は入手できても、いままで自由に動き回って取材することによって得ていた、特殊な情報は少しも流れてこなくなった。

そんな彼を、どこにでも警護の車に送り迎えされるアンチマフィアのヒーロー、と捉える人々がいることも事実だが、彼自身は、まったく自分をヒーローとは考えられないと言う。「僕は事実を事実として報道しただけだ。隠し事をせずに、またほのめかす、というテクニックを使うこともなく、リアリティをリアリティとして報道しただけ。脅迫されるのはまったくの筋違いだ。今、僕はまるでペスト患者のように孤立させられている。友人は以前と変わらず、また同僚も昔ながらの付き合いだが、僕には『自由』というものがまったくなくなった。そうなると考え方まで変わってしまうんだ」アルバネーゼはそう告白している。

「書くことをやめさせることを狙ったのなら、それは完全に成功したと言える。僕はそれでもこの美しく、と同時にまったくひどい犯罪がはびこる国を、今よりもよい国にするために働きたいんだ。何より、一刻も早く『自由』になりたい」

イタリアでは、こうして『真実』を語ったジャーナリストたちが次々に脅迫を受けている。しかし実のところ、このような不条理な状況は、決してイタリアだけの問題ではないのかもしれません。ダークサイドがない国は、おそらくどこにも存在しない。『報道の自由』世界ランキング74位とはいえ、むしろイタリアにおいては、ジャーナリストが独自の取材で得た、危険度の高い情報を報道する場を主要メディアが提供、またジャーナリストの『表現の自由』をモニターし、脅迫された、あるいは妨害された事例をアーカイブとして記録する、Ossigeno Informazioneのような機関も存在し、『報道、表現の自由』を防御しようとする、ある種のシステムが構築されているのは、興味深いことです。

この記事を読みながら、われわれにとって当然の権利であるはずの、フィルターがかかっていない『真実』を知ることが、ジャーナリストという情報発信者の身を危険に晒させる、『世間』のあやうい実情を、一市民として、改めて考えてみたいと思った次第です。そして、わたしたちが住む『リアリティ』の目に見えない部分には、いまだ暴かれることのない、謎深く、エゴイスティックで残酷、狂気を孕む領域が、有機的に潜在しているのだろう、そしてそれこそが、リアリティの『実権』をひそやかに握っているのかもしれない、などともふと考えたことをつけ加えておきたいと思います。

 

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