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サピエンツァの大学生 Giulia Lisari

Deep Roma Intervista Musica Quartiere

ここしばらく、アンダーグラウンド・ワールドの、どちらかというとコアな人物へのインタビューが続いたので、若いお嬢さんともお話ししてみよう、と最近知り合った大学生にインタビューをリクエスト。今年の9月から大学生になったばかりのジュリアに、ローマの若い世代は毎日どんなことを思いながら過ごしているか、日常を尋ねてみました。

ところで、わたしもしばらく働いたことのあるイタリアの大学といえば、教室がいつの間にか変更になっていたり、ここぞ、と気合の入っている時に限ってスライドのコンピューター接続が壊れて使えなかったりと、教えるほうも戸惑うことが多かったのですが、学生にとっても各種手続きはひと仕事。特にローマ大学 サピエンツァのような学生数も極めて多いメガ大学は、入学や卒論の諸手続きだけで数日が過ぎ去ることもあるようです。しかし手続きは大変であっても授業に出席せず、年に数回ある試験のために用意された課題を完璧にこなせば、問題なく及第点がもらえるため、授業にまったく出ないまま、(年齢に関わらず)試験だけで大学を卒業する学生も多い。むしろ、試験の際、顔を見たことのない学生が次から次へ雪崩れのように受けに来て、面食らうことも少なくありません。しかも授業にまったく出ていないのに、課題を調べ上げユニークな分析をする子がいたり、オーラル試験では、さすがイタリア人、と唸る素晴らしい表現力で魅了されたり、とわたしにとっても毎回面白い試験風景でもありました。

わたしの通った大学では基本的には出席を取らなかったので、学生の出入りは比較的自由。携帯だけは禁止しましたが、それでも授業中に携帯が鳴る子もいて、「先生、どうしようもなく大切な電話なんだ。どうしても出なければならないんです。いいですか? 一生のお願いです」と突然立ち上がるので、「そんなに大切なら仕方ないね。でも外で話しなさい」と許可すると、教室の外に出たまま、二度と帰ってこないケースもありました。「今日はここまで」と授業が終わるころ、手をあげた子に「何ですか?」と聞くと「日本の刺青はどこでできるんですか?」突拍子なく、ガサガサと雑誌から切り抜いたと思われる写真を持ってくる学生もいて、「残念だけれど、刺青に関する情報はまったく持っていない。刺青関係でわたしが薦めることができるものといえば『谷崎』ぐらいかな」と答えるほかありません。その時の彼は非常に落胆した様子でも、のちの授業にも毎回欠かさず出てくる勤勉な学生でした。

さて、今回インタビューをさせていただいたジュリアは、サピエンツァのLingue e Civiltà Orientali(東洋言語・文化学部)に入学したばかりです。現在のイタリアにおいては、最近とみに経済交流が盛んになった中国の言語、文化を学びたい、と言う学生のほうが断然多いのですが、彼女は何より日本語、日本文化に興味がある、とこの学部を選んだそうです。雨がしとしと降りしきる遅い夕方、彼女と待ち合わせたのはPigneto、Via forte fanfulla da Lodiの『Necci』。かつてパソリーニが映画の撮影で使ったうらびれたバールも、今はずいぶんファッショナブルに変貌を遂げ、アペリティフの時間には『アッカットーネ(物乞い)』からは想像もできない、かっこいい若者たちにあふれています。

少し遅れたわたしをNecciの前で待っていた彼女は、わたしを見つけると屈託なく手を振って、嬉しそうにニッコリ笑って駆け寄ってきた。ロマーナ(ローマの女性)らしく物怖じせず、気取ることもなく、かなりシビアな意見もダイレクトに喋ってくれて、歯切れのいい時間を過ごすことができました。若い感性が捉えた忌憚のない意見も、ローマの社会を知るために、わたしはとても貴重であると思っています。

 

Via Fanfulla di Lodi Necci dal 1924 Roma todayより

Via Fanfulla di Lodi Necci dal 1924 Roma todayより

 

「わたしはね、わたしと同年代のイタリアの子たちは、政治的な方向性を見失っていると思うの。たしかにイタリアの政治は、いつだって不安定な要素に満ち溢れていて、いつ何が起こるか分からないけれど、政治の混乱なんて、わたしたちにとっては、それほど大きな問題でもないし、深くを知りたい、追求したい、とは誰も思っていないと思うわ。それでもわたしは毎回『選挙』にだけは行くようにしている。正直なところ、政治のことをよく理解しているとは言えないけれど、『投票』はイタリア市民の『義務』であり『権利』だとも思っているから。だってわたしが投票しなかったら、絶対勝ってほしくない政党に一票を投じることと同じじゃない。だからわたしは何があっても必ず投票に行く(イタリア市民は18歳から選挙権を保有)。でも友達に「選挙に行った?」と聞くと、「なに? 選挙? 行くわけないじゃない」という子もたくさんいる。みんなあんまり政治に深入りしたくない、と思っているんじゃないかな。政治が信用できないのかも。これからはもっと勉強しなくちゃいけないと思うけれどね」

でも、イタリアの高校では、政治活動がけっこう盛んじゃないの? 学校『占拠』とかもしょっちゅうあるし。デモの時も若い人が大勢出かけるのを見かけるけど。

「もちろん、高校でも学生主体の政治運動はあるよ。でもわたしは彼らの政治運動のほとんどは『勘違い』じゃないかな、とも思っているの。70年代はとっくに終わって、わたしたちの世代はその時代を全然知らないのに、いまだに学校内の政治対立はファシスト VS コミュニストっていう構図になっているんだよ。『ベルリンの壁』が崩壊したのも、わたしたちが生まれる前の話だっていうのに。いまどき純然たるコミュニストなんていないでしょう? 極右を気取っている子たちだって、まったく同じ。彼らはいまはもうすでに消滅したイデオロギーの妄想、彼らがつくった想像の世界のなかで、互いに対決しているみたいじゃない? 学生たちの、そんな政治対決というのは単なるカオスでしかないよね。別に政治活動を否定しているわけじゃないけれど、足元をちゃんと見て、リアリティのある政治主張をしなくちゃ意味ないと思っているの。わたしはだからあんまり政治に深入りしたくない」

友達に政治活動している子っているの?

「いるけれど、彼が属している Rosso Gioventù (赤い青春)というグループも、あんまりリアルじゃないね。左派 =コミュニストっていうのもシンプルすぎる発想だし、社会に根ざした活動をしているわけではないからね。ファッションだと思うわ。趣味みたいなものかな。もちろん、真面目に政治運動をしている子もいるから、全部が全部、そういうわけじゃないと思うけれど」

ずいぶんシビア、クールな意見だね。

「だってコミュニズムもファシズムも結局『専制』だもん。対立政治グループの言うことには問答無用で反対しなければならない、とにかく何でも反対、相手の話を聞く耳は持ってない。そんな態度は思考停止だよ。この態度をわたしは間違っている、と思うわけ。本当なら、ひとつひとつの主張を冷静に聞いて判断するのが筋じゃない? 互いに憎みあうために左右、2極に分かれているだけじゃないかって気がする。ひたすら憎みあうことは、それぞれにとっては『カタルシス』かもしれないけれど、それじゃ世の中は何にも変わらないよね。高校時代の学校『占拠』についても、わたしはかなり厳しい意見を持っているの。百歩譲って、彼らが本気で『革命』を起こしたい、と思っていてもー態度からはそうは思えないけどーそれにしてはロジックが足りなさすぎる。彼ら自身も曖昧な気持ちで、目標が定まらないままやっているんだと思うよ。とにかくやらなきゃいけない、やることに意義がある、というだけ。もっと具体的な構想を練らなきゃ」

はっきりしているね。いままではどんな人生だったの?

「人生?(笑)。まだ『人生』っていうほど生きてないけれど(笑)。人生か。うーん。わたしは三人兄弟の真ん中で、上も下も男の子。最近の兄は政治にもすごく詳しくて、社会を変える、と積極的に活動をはじめたみたい。弟は2つ下、わたしひとり女の子だから、仲はいいけど基本、彼らとは別行動かな。父親はいないんだけど、家族それぞれ、とても気が合うし、絆は強いと思うわ。まったく普通のローマの家族。高校? 高校は、はじめはLiceo Classico ( ギリシャ語・ラテン語なども学習するイタリアの伝統的な高校)に通っていたんだけれど、高校で学ぶ勉強にあまり情熱を感じずに、結局途中で放り出したの。それに担任の先生ともウマがあわなくてね。じゃ、学校、変えようって学校を変えることにしたわけ」

そんなに簡単に学校変えることができるの?

「なぜ? 好きになれない学校に通う必要なんてないじゃない。やめたければやめていいと思うよ。そんな子は、大勢いると思うわ。Esame di maturita (高校の卒業資格を得るためのイタリア全国統一試験)に落第することもあるし。もちろん、わたしが学校をやめたことを知った当時、家族は怒ったけれどね。いまは別になんとも言わない。いずれにしても学校を変えただけで、わたしは勉強を放棄したわけではないの。だから今大学生になったわけだし。で、学校に通いながら、パートタイムで働くようにもなった。わたしには自分の哲学っていうか『信念』があって、人間は若かろうと、年をとっていようと、人生の経験から学ぶことがあると思っているんだけれど、その経験に取り組めば取り組むほど、自分自身にふさわしい生き方を見つけることができる、と考えている。だからわたしはどんなにちいさい仕事、人から見ればバカバカしく思えるような仕事にも、真剣に取り組んできたの」

今も働いている?

「うん、スポーツジムでね、週末だけだけれど、ちいさい子たちに水泳を教えるコーチをしているの。何年間か水泳をやっていて、泳ぐことが得意だったから、子供たちに泳ぐことを教える、という仕事がとても楽しい。夏休みも同じジムで働いているんだけれど、今は水泳部門コーチの責任者で、子供たちのプログラム、コーチたちのスケジュールもわたしがオーガナイズしているのよ。もちろん、わたしもコーチのひとりとして3歳から6歳までの子供に水泳を教えているんだけれど、夏休みは13歳までの子供にも教えている。ちいさい子供に教えるコーチを決定するのはなかなか責任重大な仕事でね。誰がそのグループに適しているか見定めなければならないし。ある意味緊張もするけれど、なるべくリラックスして取り組むようにしているわ。でもちいさい子供を預かっている以上、間違いは許されないから。大切な子供たちに危険を冒させるわけにもいかないでしょう? 子供って、一瞬目を離した隙に、どこか違う方向へ駆け出していったりして、大変。彼らの信頼を得るために、あらゆる工夫をしなくちゃいけないんだけれど、まあまあ、成功しているかな。『コーチ、大好き』と子供たちから言われることは、とても嬉しいことで、今の経験はすごく勉強になっていると思うわ」

 

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ジュリアが働くスポーツジムで子供たちと。

 

でもイタリアでは働きながら学校に行く学生って、とても少ないんじゃない? 大人になっても親がかりの青年たち、お嬢さんたちをたくさん見てきたから、わたしはそれが伝統的なイタリアの家族のあり方かと思っていたんだけど。

「そりゃ、イタリアにもいろんなタイプの子がいるわよ。確かに大部分の友達はみんな両親からお金をもらっていて、何でも親から買ってもらう。遊ぶのもなにもかも親のお金。でもわたしはそういう生き方はあんまり好きじゃなかったの。ある時点でー最初の高校を途中で放棄したときだけれどー自分で使うお金は自分で働いて稼ぎたいと思った。もちろんママは、ときどきわたしに洋服をプレゼントしてくれることもあって、それが彼女の楽しみでもあるんだけれど、基本、わたしの全ての持ち物は、自分で買ったもの。わたしは限界まで、自分で働いて、自分のお金を稼ぎたいの。学校の教科書ってすごく高いんだけれど、それも自分で買ったんだ。働いたお金がすべて教科書に消えてしまったときは、ちょっと寂しかったけど」

普段の生活は?

「ウイークデーは、学校に行かなければならない日は学校に行って、勉強して、たまにやるべきこと、たとえば掃除をしたり、ママの仕事を手伝ったり、かな。ママは仕事をしているから、とても疲れて帰ってくることがあって、できる限り家事を手伝うようにしている。そして夕方になったらボーイフレンドに会って(嬉しそうに)、たまには彼といっしょに夕ご飯も食べて、それからいっしょに出かけるの。夏休みのジムの仕事が始まる前は、わりと頻繁に、夜遅くまで出かけていたけど、仕事があるときはあんまり出かけられない。で、週末はジムの仕事があるから、朝から夕方まで水泳を教えに行って、いったん家に帰ってひと休みするの。夕方遅い時間に女友達を会って、今いるようなバールでおしゃべりすることもあるわね。彼女たちも学校や仕事があって、ウイークデーにはなかなか会えないから、会うのはやっぱり週末。もし女友達に会わなければ、週末もまたボーイフレンドに会うかな。で、夕食後はやっぱり外に出かけるの」

ローマではみんな夕食後、10時とか11時とかに普通に出かけるよね。ジュリアは何処に出かけるの?

「わたしはたいていNecciのあるこの辺り、Pugneto地区だね。この通りにあるファンフッラっていうライブハウスに行くことが多いかな。ファンフッラって今までに3回場所が変わっているんだけれど、わたしは初代から通っている。一番のお気に入りの場所だからね。リラックスできるし、集まるひとたちも、気の合うひとが多いから。わたし、音楽がすごく好きなの。ファンフッラのアンダーグラウンドな雰囲気も、ライブにも巻き込まれる感じも、とても心地よくて、いい時間を過ごせるわ。みながハアハア息を荒くして落ち着きがない、カオティックなだけのディスコやクラブに行くよりは、ずっと楽しい。ひとりでも来れるし、ローマの新しい音楽に出会えるし、いつも新鮮だもの。いつもと違う、オリジナルな音楽が聴けるなんてFico(cool)よ。踊りに行く場所って、女の子がふらっとひとりで行く場所じゃないでしょう? ひとりで行くとしたら、ちょっと問題あり、よね。友達といっしょなら、たまにはいいかもしれないけれど、それでもやっぱり、わたしにとっては、ただただうるさい、退屈な場所でしかない。でも、ライブハウスはもっと人間的。音楽を通じて人のつながりもできるし、自分とは違う人生を送る人たちと知り合いになれる場所だとも思うわ。ファンフッラの常連で一番若い子は、わたしかもね」

でも、ジュリアの年齢の子って、夜、遊びに行くとなると踊りに行く子も多いんじゃない?

「もちろん、たくさんいるわ。でもね、だいたいローマのディスコとかクラブって、男の子も女の子も『ナンパ』に行く場所なの。アヴァンチュールのためだけの場所って言ってもいいかも。わたしの友達にも男の子を見つけに行くために踊りに行く子もいて、ときどき一緒に行こうって誘われるけれど、わたしは絶対行かない。だって10時に出会ったばかりで、11時にディープキスしてる、なんてちょっと考えられないもの。わたしにとってはそんな無防備なひとたちは謎。恋人であろうと、友達であろうと、人間関係というのは、少しづつ作っていくものよ。人間はちょっとずつしか理解しあえないものなの。そうそう簡単に信頼しちゃいけないわ」

ローマの人って、一見開放的のようだけれど、意外と慎重。それほど簡単に人を信用しない気がする。

「うーん。どうなのかな。わたしの家族はローマ、あるいはローマ近郊の出身だから、ローマの典型的な家族って言えると思うけれど。ローマの人々はどんなタイプの人々なのか、定義するのはすごく難しい。とりあえずはフレンドリーで陽気だし、何考えているか分からないような薄暗さはないよね。それにみんなけっこう呑気。でも、やっぱり人はいろいろだからね。一概に『ローマの人間はこうだ』とは言えないよ。そうそう、ちょっと礼儀知らず、というか行儀が悪い人も多いかもしれないね。もちろん世界中にそんな人はいるんだろうけれど、わたしの観察によると、ローマには礼儀知らずの輩が、ほかの都市より多いように思えるから。いずれにしても自分がローマの人間だから、客観的に観察するのは難しいけど、今、思いつくのはそんな感じかな」

 

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GiuliaのFacebookの投稿から。雪が降らないローマに記録的な雪が降った2012年 冬

 

ローマという街に誇りを感じる?

「誇りっていうか、とりあえずは満足してるってとこかな。綺麗な街だしね。スペイン、スイス、英国、ギリシャぐらいしか、わたしは他の国を知らないけれど、ローマの街は他の都市と較べものにならないほど美しいと思うわ。ローマに生まれたわたしですら、幻惑されそうになるもの。こんなに歴史のある、美しい街に生まれて幸運だとも思っている。もちろん、将来的にどこか外国に引っ越すことも可能性としてはあり、だし、それはそれで違う文化を持つ人々との出会いが楽しみで、経験してみたいことだけれど、そうでなくてもローマには、たくさんの移民の人々もいるし、彼らを通して世界が見えるから、ずっとローマにいることになったとしても別に問題ない、とも思う。居心地はいい、と言えるかな。もちろん、ローマは交通機関がちっとも機能しないし、さっき言ったように礼儀知らずな乱暴者も多いから、ローマの人々には、もう少しモデラート、常識的であってほしいと思うけれど。極端な人が多いからね。特に移民の人々には、もっとデリケートに接してほしいとも感じることも多いわ。文化というのは、互いにリスペクトしあわなくちゃいけないものでしょう?」

そうそう、確かに最近、すごく移民が多くなったよね。難民の方々もずいぶん来ているから。

「いいことだと思うわ。わたしは移民に関しては、いつも賛成派なの。新しい文化に出会えることにわくわくするし、好奇心もあるから。違う文化、言語、宗教を知ることが、新しい何かとの出会いになるかもしれない。わたしは大歓迎よ。もちろんローマにも、あんまりオープンではないメンタリティの人もいて、移民の受け入れを嫌がる人もいるけれど、彼らが過激な暴力を振るったり、ローマの人々の生活を邪魔しないのなら、何も問題ないんじゃない?」

ところでジュリアはカトリックの信仰者?

「もちろんカトリックの家族に生まれたから『洗礼』も受けているし、信仰者といえば、信仰者なんだけれど、実践者じゃない。わたしの年代の多くの子たちは、『信仰』からは遠ざかっていると思うよ。最近の教会ってスキャンダルばっかりだったから。若者たちはヴァチカンを信頼していない。宗教はもうたくさん、という感じかしら。子供のころは、わたしたちみんな教会に通ってたのよ。でも、あんまり多くのスキャンダルが暴かれて、正直、通うのが嫌になっちゃった」

でも、現在のフランチェスコ教皇は、ローマの人々にとても愛されているんじゃない?わたしたちのいる、こんなモダンなNecciのレジにも、教皇の写真が飾ってあるぐらいだし。

「そう、そうなの。彼は本当に素晴らしい教皇だと思うわ。とても質素だし、普通だし。最近突然街のメガネ屋さんに現れて、メガネの修理を頼んだって知っている? 教皇は修理を頼んだのに、そのメガネ屋さんが、気をきかせて新しいメガネを作って届けたら、教皇が直接やってきて、新しいメガネを作ってくれたことには感謝するけれど、やっぱり今のメガネを修理してほしいってお願いにきたの。お金も5ユーロ払ったらしいよ。そんな未だかつてない庶民的な教皇は、世界じゅうを旅して平和を訴えているし、あらゆる戦争に対しては『戦争は経済活動でしかない』なんてハッキリ言うし。常に社会的な弱者、貧しい人々、移民や難民の味方。わたしは『コンクラーベ』が終わったあの夜、『ブオナ・セーラ』って気軽な様子で教皇が現れたとき、とても嬉しかった。彼はきっといい教皇だ、と確信が持てたから。だからこそ、わたしの周囲の人々は、みんな心配しているの。あまりに素晴らしい教皇だから、邪魔に思う勢力から暗殺されるんじゃないか、とか、悪意のある政治に巻き込まれるんじゃないか、とね。あのヴァチカンにこんないい教皇が長く続くはずはない、ありえないって。それぐらい、教会には、みんな不信感を持っているから」

では教会に関係なく、歴史ある宗教としてのカトリックは? 『神』は存在している?

「わたしは宗教というものは、本来、御託を並べることなく、ただ『信仰』して『忠誠』を誓うべきものだと思っている。あれこれ詮索したり、背後を探るものではなく、ただ、ただ、シンプルに『神』を信じなければならない。でも、あまりにいろんなことが起こったから、わたしたちは、常に背後を探るように宗教、つまりカトリックに接していて、これじゃ信仰者としてはまったく不適格だわ。本当は『神』を信じれば、それだけでいいはずなの。わたし自身はーそれを『神』と呼んでいいのかどうかは分からないのだけれどーわたしたちを超えた何かが存在する、とは思っていて、それを信じてはいるのよ。でも、神父が幼児虐待した、というようなニュースを聞くと、途端に興ざめするのも事実よね。わたしの友人にも、子供のころ、教会で被害にあったという告白をする子もいるぐらい、裾野が広いスキャンダルだもの。まあ、神父も大勢いるし、彼らも罪深い人間だから、なかにはそういう人もいるかもしれないけれど、赦すのは難しい。しかし自分の宗教なんだから、とりあえずはカトリックを知ってみたい、追求してみたい、とは思っているわ。それは追求しがいのある深淵な世界だという予感もある。ただ、わたしたちが生きるディメンションの外、はるか天上の向こうに神がいる、というような単純な構造はさすがに信じられないけれどね」

ところでネットとはどう付き合っている?

「ネットは主に友達とのコミュニケーションに使う感じかな。WhatsAppか、Facebookのメッセージがほとんどだけれど、いつもネットに張りついているわけでもない。わたしの場合は、友達との約束の時間を確認したり、最近どうしているか、連絡をとりあったりするのに使うの。ネットは便利だけれど、わたしはやっぱりライブで人と会ったり、話したりするほうが好きだからね。多分わたしの友達もわりとそうだと思うよ。ローマの人々の付き合いは、物理的に会って、顔を見てしゃべる、というのが基本。そうそう、最近、子供たちの教科書をタブレットにする動きもあるみたいだけれど、わたしは実際に手で触れることができる本で勉強したほうが、身につくと思うんだ。体感って大切じゃない? デジタルな世界も知っているけれど、わたしはやっぱりライブな世界のほうが好き」

いろいろ話してくれてありがとう。若い人が何を考えているかが分かって、興味深いと思ったよ。ところでジュリア、もう7時30分。このあとも用事があるんじゃなかったっけ? 8時に約束があるって言っていたけど。

「そうね。まだこれから用事があるの。そろそろ出ようかな。雨も上がったし」

そんなことを話したあと、わたしたちは、そのバールを後にしました。今日も今からボーイフレンドに会いに行く、というジュリアに手を振って別れを告げたPignetoの狭い通りの薄闇。『神』のため息のような、しずかな風がやわらかに吹きぬけて、わたしはパソリーニが愛した街角からそっと離れ、トラムが走る騒がしい大通りへと歩いていったのです。

 

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2014年 Via forte Fanfulla da Lodi で開催されたパソリーニイベント告知。ARTEVENTI より


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