『同盟』『五つ星運動』イタリア第3共和国、忍び寄るファシズムの悪夢

Deep Roma Eccetera Società Storia

こうなるかもしれない、とおぼろげには予想していましたが、イタリアは政治的にも、経済的にも、倫理的にもダイナミックな動乱期にあります。3月の総選挙以来『5つ星』、『同盟』各党首の衝撃的な発言に振り回され、向こう3年の『国家予算案』を巡って激化する対立のなか、予想もしなかった逮捕劇が起こり、メディアは名指しで糾弾され、ホッとする暇がありません。政界は敵意と強情と緊張にすっぽり包まれて、欧州から孤立しながら、見切り発車の気配も漂う。毎日がアドレナリン漬けの『挑発』の連続で、「呑気で陽気でいい加減」という、イタリアのステレオタイプはすっかり影を潜めてしまいました(タイトルの写真は、ファシズムからの解放に歓喜する、パルチザンとして闘った女性たち。Patriaindipendente.itより引用)。

しかし、よくよく考えてみると両政党、とりわけ『同盟』党首マテオ・サルヴィーニの攻撃的なゴリ押しプロパガンダは、2019年5月19日に開催される欧州議会選挙を見据えての選挙キャンペーンを兼ねて、ということなのでしょう。『5つ星運動』のルイジ・ディ・マイオ党首もまた、来年の5月の選挙後には「欧州連合のメンバーはガラリと変わるから、心配しなくていい」と予言のような発言をしています。激情といがみ合いの99日を経て、ようやく新しい政府が樹立したところで、すっかり枯れ果てた有権者たちは、無条件に政府を応援する、または日々上昇する国債スプレッドの数字を見ては嘆息する、あるいは団結して奮い立ち抗議集会の準備をはじめる、というところでしょうか。

ドラスティックに変わりつつあるイタリアの空気

就任早々、うむも言わせず難民の人々のイタリア入国を拒絶した『同盟』党首マテオ・サルヴィーニ副首相は、内務大臣というポストをフルに生かし、長きに渡って培われたイタリアのヒューマンな精神性、倫理観を木っ端微塵に打ち砕きながら猛進しているように思えます。そして『同盟』のメンバーたちは、そのサルヴィーニに追随するがごとく、ちょっと前のイタリアでは決して考えられなかった、滑稽なほど分かりやすい差別的な振る舞いを、外国人、女性、LGBTの人々に向けて行うようになった。

たとえばイタリアに、移民である外国人の子供達が、食堂で給食が食べられず、地下の教室に寄せ集められて持参のサンドイッチを食べることを強いられたうえ、スクールバスにも乗せてもらえない、という差別的な小学校が現れることなど、いったい誰が想像したでしょう。これは、「食費も交通費もわずかしか払わない(イタリアでは両親の収入によって、学校の経費が設定される)彼らが、母国に財産がないことを証明する書類をも提出しないから」と、ミラノからほど近いローディという街の『同盟』市長が下した決定です。幼い子供たちに、教育の場で差別を擦り込むとは言語道断としか言えませんが、サルヴィーニはFacebookでローディ市長を「正しい」と擁護しました。

ここ数週間のうちに、次々にこのような人種差別的なニュースが駆け巡り、『極右化』というよりは、古典的なイタリアン・ファシズムはこのようにはじまったのか、とタイムスリップをしているような気分にも襲われます。まるで、かつてユダヤの人々に向けられた謂れなき憎悪と同様の感情が、巧みな誘導プロパガンダを経て、移民、難民である外国人、特にアフリカ、そしてイスラム圏の人々に向けられようとしているかのようです。しかしながら、現代のパルチザンたちも強固なレジスタンスを開始。ローディ市の決定が報道されるや否や非難が殺到し、SNSの呼びかけがはじまって数日の間に、外国人の子供たちの給食代、バス代をフォローする60000ユーロの基金が集まった。また、政府として解決に尽力することを『5つ星』の下院議長、ロベルト・フィーコが約束しています。

さらには家族省大臣、『同盟』のロレンツォ・フォンターナと右派無所属のヴェローナ市長フェデリコ・スボアリーナは、「MI6の協力者」と幾度も英紙に書かれた人物が指揮を執る、極右グループ『フォルツァ・ヌオヴァ』と連帯。78年に成立した『中絶』の権利を認める民法194条の消去を巡って国民投票を計画していると言われています(ヴェローナ市議会では、すでに『中絶禁止』条例を可決)。さらに彼らは法律の消去だけではなく、『中絶』した女性とそれを幇助した医師を処罰、特に女性には、12年の刑(!)を課す提案をしている。この動きには「まるで中世に逆戻り。フォンターナはきわめて危険」と、フェミニストたちを先頭に、左派、極左グループが激怒して、みるみるうちに女性中心の連帯が全国に広がりつつある。早速14日の日曜、ヴェローナでは女性たちが中心となって大がかりな抗議集会が開かれました。

このように、「まさかこんなことを言い出す政治家が現れるなんて」と、今までのイタリアの常識を見事に覆す、人権や人間性を無視した決定、発言が連発されるのは、市民の分断を狙っての意図的な『挑発』ではないか、と思えるほどです。「敵は難民であり、欧州連合であり、世界を形成するシステムである。イタリアの男たちは断固として敵と戦い、市民を敵から守り、豊かな社会を取り戻す。女性は女性らしく家庭に入り母として家族を守るべきであり、当然ホモセクシャルの結婚は認めない」という既視感のある主張で、古典的なファッショ・ムードを創出。日々の生活で欲求不満に陥り、怒りのぶつけどころを探し求めるアンチエスタブリッシュ層をみるみる扇動し、一時『同盟』の支持率は、北イタリアで48%、全国では34%を記録している。

この、マテオ・サルヴィーニという人物は『北部同盟』時代から現在に至るまで、たとえば難民の人々への憎悪を煽るようなフェイクニュースや特定の人物(特に左派)に向けた個人攻撃(悪態)、欧州連合を拒絶するのみならず、まるで陰謀グループ扱いする発言を繰り返すことで、多くのファンを獲得しています。そしてその有り様は、善悪を凌駕する『インパクト』と『ショック』で、反知性的に人々の感情を引き寄せる、米国式ストラテジーと酷似している。実際、サルヴィーニの背後には「欧州の分裂」を狙う、件のスティーブ・バノンの影が常にちらついていることは、多くのメディアが報道している事実です。サルヴィーニのオリジナル、と言えるのは、ここぞ、というときに『黒シャツ』風の海兵隊ユニフォームで現れるイタリアン・ファッショな演出ぐらいでしょうか。

 

クルドの人々を含める外国人も多く参加した、占拠グループのデモには10000人の参加があったそうです。久々に大がかりな「アンチ・サルヴィーニデモ」となりました。

欧州連合、市場を敵に回し孤立。紛糾しながら承認された国家予算案

イタリア政府は現在、Def=今後3年間の『国家予算案』を巡り、欧州連合、欧州中央銀行、イタリア中央銀行、IMFを敵に回し、国債売買の信用指標となるスプレッドが 、ギリシャ(402)ほどではなくとも300前後を彷徨 (スペイン:131 ポルトガル:162 :10月18日)していましたが、18日には327まで駆け上がり、市場が戦々恐々としています。草案は15日に内閣に承認され、今のところは『5つ星運動』も『同盟』も、どんな衝撃が訪れようとも、現案を貫く姿勢を崩していない。イタリア中央銀行や年金機構から「ありえない!」と非難されても、『同盟』『5つ星』ともに、「言いたいことがあるなら選挙に出て当選してから非難しろ」と恫喝、あらゆるアドバイスを拒絶するという展開でした。

3週間に渡って続くスプレッドの高騰に伴って、国債利子が大きく跳ね上がり、今後、融資を受け続けるであろう企業群がどれほどのダメージを受けるのか、18日には欧州連合から「過去に例のない、逸脱した予算案は受け入れられない」と早速手紙が届き、これからさらにスプレッドは跳ね上がるのか、それに伴い草案が変更を余儀なくされるのか、それともまたぞろユーロ離脱の議論が巻き起こるのか、今はとりあえず、この緊張を静観する他ありません。

さて、総額340億ユーロのその草案の主な柱は、といえば、●ベーシックインカム ●フラットタックス ● 年金の前倒しと見直し (38年間年金を払えば62歳から受給可能となる) ●未払い税金の、金額、及び年数に合わせた段階的な減額長期ローンへの組み直し、あるいは免除(内閣承認後、この草案について『5つ星』と『同盟』に齟齬が生じて大きく対立しています) ●地方自治体への投資 ●官公庁及び難民保護関連の大幅な予算削除 ●消費税増税の中止(現行22%の維持)、などを含む12項目となっています。実際、このまま草案が実現されたなら、市民の生活はぐんと楽になり、未払い税金で苦しんでいた人々も取り立てから解放される。イタリアから貧困が消滅、消費が上昇するかのようにも思えます。しかし詳細を見ていくと、意外な落とし穴も空いている。

 

欧州各国の最低賃金(青)とベーシックインカム(オレンジ)。ルクセンブルグ、デンマーク、スイスの最低賃金はやはり飛びぬけている。コリエレ・デッラ・セーラ紙より引用

 

たとえば、基本的にわたしも賛成しているベーシックインカムに関しては、今回の草案には疑問を持たざるをえない、というのが正直なところです。というのも780ユーロを限度とするベーシックインカム(フランス:530ユーロ、ドイツ:約400ユーロ、英国:400ユーロ以下)は、両親と同居していたり、持ち家がある場合は減額となり、さらには現金あるいは銀行振込みで支給されるのではなく、プリペイドカード方式(貯金できないように、繰り越しなしで月末にはゼロとなる)が導入されそうです。しかもそのカードは指定されたイタリア国内の店でしか使えません。また、受給者は週に8時間の社会奉仕の義務が課せられる。

さらに倫理的(?)な理由から、家電量販店や煙草屋では使えないとされます。つまり、ベーシックインカムを受給する人は、家電を安く買う権利も、煙草を吸う権利も、ロト(通常、煙草屋で販売される)を試す権利も認められない、ということです。外国人に関しては、滞在許可証を取得して5年以上が経つ長期滞在者のみが権利を有します。また、個々の受給者の消費を逐一モニタリング、万が一、不正受給が発覚した場合は6年の刑に処されるという厳しさです。

現在イタリアには、650万人あまりの人々がベーシックインカムを必要としているとされますが、果たしてその膨大な数の人々の消費を、国家、地方自治体が管理するキャパシティを持っているかが、まず疑問ですし、なにより「国家が貧困者の消費を管理する」という姿勢そのものに、市民の尊厳に関わる重大な問題が含まれているのではないか。ジュウゼッペ・コンテ首相はこの条件を、ドイツのケースを研究した結果として、過保護主義に陥らないための工夫と発言していますが、不法受給は6年刑務所、という処罰以外にも不正を取り締まる方法があったのではないかとも考えます。とはいえ、モニタリングされようが、社会奉仕があろうが、多くの人々がベーシック・インカムを望んでいるのは確かです。

さらに、このベーシックインカムは『イタリア人のための政策』と強調され、滞在許可が下りないまま、住む家も見つからない難民の人々が、まったくカバーされないことは大きな気がかりです。「働かないでソファでゴロゴロしながらベーシックインカムを受給する輩を取り締まるため」、さまざまな厳しい条件が課せられているベーシック・インカムですが、イタリアにおいては、ソファどころか、路上でしか生きていけない外国人たちの過酷な貧困があることが、無視できない現実でもある。

一方、フラットタックスは、個人ではなくPartito IVA( VAT registration number)を所有する自営業に限られ、専門職の人は年収3万ユーロ、そのほかのカテゴリーは5万ユーロを上限とし、税金が一律15%となります。さらにグループ経営などの小企業に対しては、収益6万5千ユーロを限度として、このフラットタックスを拡張する予定。収益が6万5千ユーロから10万ユーロの企業に対しては、5%が増加され20%となる。また、若い世代のスタートアップを優遇するとして、35歳以下の事業主は税金を-5%とします。したがって15%のフラットタックスを考えた場合、当然上限に近い収益を上げる事業主にメリットが高くなり、額が減少するにつれ、今までとそれほど変わらない税金を収めなければならないことになります。

いずれにしても今のところは、2019年の国内総生産に対するdeficitが -2.4%となる(その試算は明らかに楽天的すぎる、と欧州連合、欧州中央銀行、IMF、イタリア中央銀行などから総攻撃を受けました)莫大な赤字国債を抱えるイタリアの『国家予算案』で、市場が荒れても、スプレッドが急騰しても、マテオ・サルヴィーニ は「すべてジョージ・ソロスとその一党の陰謀」と言い張っており、一万歩譲って彼の言う通り、市場に何らかの謀略の力が働いているかもしれませんが「イタリアほどの国の国債になると、ソロス・グループぐらいの投資家たちが、どうこうできる規模じゃない」とエコノミストたちは一笑に伏している。市場は単純に、「予算案が信用できない。イタリアが怖い」という意思表示をしているにすぎないと考えるのが、妥当ではないかと思います。

さらには、今回の国債スプレッド高騰に関して「この状況を、きっとイタリア人たちが助けてくれる」とサルヴィーニ、及びユーロ懐疑派と言われるサヴォーナ欧州大臣が続けて発言。これはイタリアよりも遥かに莫大な赤字国債を国民が支えるジャパン・モデルを模倣すべく、イタリア国債を国民が買い支えるよう提案したわけですが、どうやら国民も二の足を踏んでいるようで、今のところ国債買いの動きは見られません。

欧州連合は、10月22日までに予算案の変更を要請していましたが、イタリア政府がそれを頑として拒絶。月末にかけて、スタンダード&プアーズなど格付け会社の国債格付けが発表される予定です(※ムーディーズは19日に、イタリア国債をジャンク一歩手前のBaa<安定的>に格下げしています)。

平和と友愛のシンボルとして街を蘇らせた市長、ドメニコ・ルカーノの逮捕劇

リアーチェは、レッジョ・カラブリアからあともう少し行けばシチリア、というイタリア半島、長靴の爪先寄りにある16キロ平米の面積に人口2309人(2018年4月)というちいさい街です。潮風で枯れた石造りの建物の褪せた色の向こう、深々とした青を湛える地中海が惜しみなく広がる。「これぞ南イタリアの海辺の街」という独特な侘び感がある風景には、故郷でもないのに、ある種の懐かしさを覚えます。

また、リアーチェといえば、1972年、紀元前5世紀あたりの制作と推測される、見事な均整を持つ2体の戦士のブロンズ像『リアーチェのブロンズ』が、ダイバーにより偶然にその沿岸で見つかったことでも有名です。紀元前5世紀頃は、古代ギリシャのソポクレス、エウリピデス、アイスキュロスという三大悲劇詩人が、アテナイで活躍していた時代。そのアテナイの息吹は、当時ギリシャの統治下にあったイタリア南部にまで届いていたわけです。なお、リアーチェという街の名前もまた、古代ギリシャービザンチン時代の名が由縁となっています。

ところが、そんな謎めいた古代のロマンを秘めた美しい街でも、ほかの南イタリアの田舎の街同様、若者たちは職を求めて都会へ移動、残るのは老人ばかりという過疎が進行していた。2001年の段階では1900年代初頭の2500人に対して、1605人にまで人口が落ち込んでいます。その頃のリアーチェは街中に廃屋が溢れ、学校は閉鎖され、このまま潮風吹きすさぶ無人の街へと突き進むかのような風情だったそうです。

そこに現れたのがドメニコ・ルカーノでした。ルカーノもまた、かつてはレッジョ・カラブリアを離れた若者のひとりでもありました。若き日々、ローマで大学生として医学を学んでいましたが、途中勉学を諦め、教師の職を得て働くようになった。やがてカラブリアに戻り、リアーチェの街に難民の人々を受け入れる活動をはじめることを決意。有志とともに『Città Futuraー未来の街』というアソシエーションを立ち上げ、本格的に難民の人々の受け入れをプロジェクトするようになります。そしてその功績が認められ、2004年にはリアーチェ市長に選出されている。

ルカーノが考え出したリアーチェ・モデルは、戦争や紛争から逃亡してきた難民の人々を街に受け入れ、彼らが安心してイタリアで暮らせるように、まず無人となった廃屋を修復、亡命者たちの住居を確保しながら、ビザを手配。さらに難民の子供たちのために学校、そして病院を整備しました。また、国から支給される助成金を、織物やガラス細工など手工業の工房の基金とし、彼らに技術を教えて、それぞれの生産品を売り、マイクロビジネスとして循環させた。そして、そのささやかなビジネスで得た収益を、職人である難民の人々にサラリーとして分配。難民の人々が自分たちで働いて、毎日の糧を得られるシステムを構築しました。リアーチェの人々も難民の人々を両手を広げて迎え入れ、広場や通り、バールやレストランも賑やかになった。深閑としていたリアーチェに一気に生命が蘇りました

難民の人々と街の人々が一体となった、このリアーチェ・モデルの発展と成功は、やがてだんだんに世界の注目を集めるようになり、2009年、あのヴィム・ウェンダースがリアーチェを題材にショート・ドキュメンタリー『Il Volo』を制作。2010年にルカーノは「世界の市長第3位」に選ばれ、2016年には「フォーチューン」誌から、唯一イタリア人として、世界に影響を及ぼすリーダー50人のひとりに選ばれています。また、フランチェスコ教皇からも深い感謝と共感を表明された。

 

※ルカーノ市長とリアーチェに暮らす人々を追った2015年ルポルタージュ。市長は、リアーチェは日常にあるユートピアと定義。この時すでにルカーノは、サルヴィーニ に「ここにきて、現実を見て欲しい」と語っている。サルヴィーニは3年も前から、リアーチェをターゲットにしていたようです。

 

2017年のISTATの統計では、リアーチェには人口の26.2%を占める470人の外国人が生活。1998年、地中海を渡ってきた、72人の子供たちを含む184人のイラク、シリア、トルコからの難民(全てクルドの人々)を受け入れた、最初の試みの成功からルカーノはさらに夢を膨らませ、それから20年をかけ、アフガニスタンやナイジェリア、エリトリア、ソマリア、カメルーンなど各国からの難民の人々を次々と受け入れていくことになった。2001年にはトリエステとともに難民受け入れを表明した最初の街として名乗りをあげ、それがやがてSprar(亡命を求める難民の人々を保護するシステムー内務省が基金を拠出)に発展しました。

カラブリア州は美しく、豊かな自然に抱かれながら、そもそも『ンドゥランゲタ』の本拠地であり、ドラッグの輸出入、売買だけでなく、産業ゴミに絡む犯罪、森林放火、また難民の人々を餌にした悪どいビジネスを次から次に展開。しかも地域の実力者とも密につながっている、というがんじがらめの環境です。そのカラブリアにありながら、リアーチェというちいさい街がマフィアとの関わりを一切持つことなく、平和的な難民受け入れモデルを維持できたのは、偏にルカーノの強い信念の賜物でもあった。ルカーノは、映画『I cento passi (ペッピーノの百歩)』のモデル、アルド・モーロ元首相が殺害された1978年5月9日同日、『コーザ・ノストラ』に惨殺されたペッピーノ・インポスタートに強い共感を持つ人物でした。ルカーノも何度もマフィアに脅迫され、街の壁に銃弾が撃ち込まれたことがあったそうです。

その、世界に賞賛されたドメニコ・ルカーノが、突如として『逮捕』されたのは10月2日の早朝のことでした。ニュースが流れた途端、各メディアに衝撃が走り、SNSのタイムラインにも「ミンモ・ルカーノが逮捕された? どういうこと?」と、どよめきに満ちた。これまでも国の規定には沿わないモデルであるために、リアーチェの合法性にはさまざまな議論があり、さらには内務省から拠出される基金の使途明細漏れで、調査が入っていたそうですが、まさかこのような、寝起きを襲った大げさな『逮捕劇』が繰り広げられるとは、誰も予想していなかった。

発端は、2016年の県の調査で「システムに異常がある」と報告されたことに遡ります。その時点から、身分証明書を持たない、つまり非合法の難民の人々を、規定を逸脱して受け入れたうえ、収賄、汚職に関与している、と疑われ、検察の捜査がはじまっています。と同時に当時の民主党政権は、リアーチェへの基金拠出をいったん中断している。当然のようにルカーノは「わたしは一切不正を働いていない。調べれば分かるが、わたしには一切財産などないし、秘密口座も持っていない。難民の人々を巡るこのようなシステムでは、明細が不明な出費があるのはどうしようもないことだ。それに基金の拠出は常に大幅に遅れていた」と主張しました。また、ルカーノを知る、有名無名のすべての人々は「彼ほど正直な人物はいない」と口を揃えています。

いずれにしても、2017年に調査を行ったレッジョ・カラブリア県は、「リアーチェ・モデルはたとえ違法の可能性があっても、そのあり方には感嘆せざるをえない」と叙情的に調査書をまとめています。経済紙 Il sole 24 oreの2018年、2月27日の記事の一部を引用したいと思います。

リアーチェの「学校は様々な人種の子供たちの歓喜に満ち」「サハラからやってきたコックがピッツァを焼いている」木工細工、ガラス、陶器、ウール工房が並ぶなか、「絶望から逃れてきた男性たちと女性たちの住居は、古い簡素な家だが、とても清潔で整頓されていて、それぞれの部屋には、どことなく彼らの故郷を思わせる気配が漂っている」「傾斜でできた自然の入り江に差しかかる曲がりくねった道を歩くうち、まるで隠されていたかのようにちいさな家が次から次に現れるのだ」「(難民の人々を)受け入れ、未来へ投資するために創出され、発明された特異なミクロコスモス」狭いベランダの下にあるバールでカード遊びをする老人、学校に行く子供たち、公園、木工の人形に色付けするクルド人、機(はた)を織る、あるいは家事に忙しい女性たち。牧畜する人々、畑を耕す人々、リアーチェの市民、難民の人々が、互いに調和しあって生活している。「リアーチェはカラブリアにとって重要である。その存在はこの地域を素晴らしいと語ってもらえるに足る、特徴的なモデルだ」

このように、世界からもレッジョ・カラブリア県からも絶賛されたリアーチェにも関わらず、検察の捜査は夏ごろから急転直下、結局「非合法に滞在する外国人の違法援助」と断定され、ドメニコ・ルカーノは自宅待機という形で逮捕されることになった。「ビザ取得のために難民とイタリア人との偽装結婚をオーガナイズした」など、そのいくつかの罪状のひとつに「公的なリストに登録していないゴミ業者に街の清掃を依頼していた」というものが含まれていましたが、そのゴミ業者というのはロバに籠をぶら下げてゴミを拾い歩く、難民の人々が運営するアソシエーションだった、というまるで笑い話のような話です。多くの支持者たちは「それらは難癖だ。リアーチェ・モデルが平和に機能したからこそ、当局から閉鎖に追い込まれた。当局にとって目障りだったからだ」と声をあげています。

 

このゴミ収拾が問題となり『逮捕』のひとつの理由となった。マニフェスト紙より引用。

 

実際、まさにこれこそビジネス、と呼びたくなりますが、リアーチェのすぐ近くにあるクロトーネ県では、亡命を希望しながらヴィザの取得ができない難民の人々を援助するセンター(Cara di Isola Capo Ravolto)を設立するために、3年間6千万ユーロの助成金を申請。ルカーノが20年間をかけて作ったリアーチェ・モデルを否定しながら、内務省の移民局が試算した助成金をすでに受け取っているのだそうです(レスプレッソ誌)。一方、ルカーノたちがプロジェクトした難民救済システムSprarは、逮捕と同時に内務省から強制的に閉鎖を要請され、基金拠出が中止されている。

ルカーノ市長逮捕のニュースがイタリア全国に駆け巡った直後、マテオ・サルヴィーニは「なんてこったい。善良主義の奴らがどんな顔をするか、見てみたいもんだよ」と、とても内務大臣とは思えない、非常識な冷笑ツイートで、リアーチェを応援していた人々を『挑発』、その日のうちにSNSで呼びかけが起こり、ローマ、ミラノで大がかりな抗議集会が開かれました。

その数日後に開催されたリアーチェでの抗議集会には、行き着くのがなかなか難しいイタリア半島の南端に、6000人以上の人々が集まり、ルカーノが今まで作り上げたミクロコスモスに共生する難民の人々と市民、そしてイタリア全国の有志が溢れかえっています。ルカーノの自宅前まで行進した人々は「ミンモに自由を!リアーチェは逮捕できない」と口々に叫び、伝統的パルチザンの歌である『Bella Ciao』を大合唱。感極まったルカーノが涙ぐむシーンもあった。集まった誰もが、「これはリアーチェだけの問題ではない、人間性、文化を問う抗議だ」と断言。アフリカ人の青年は「ミンモこそノーベル平和賞にふさわしい人物」と叫ぶようにインタビューに答えています。合法、合法、と言いますが、『人種法』が合法だった時代もあるわけで、法律は時代とともに変化する相対的な基準でしかなく、『絶対』でない。ルカーノは法を超えた、友愛の次元で世界から絶賛されていたのです。

 

※リアーチェの抗議集会に詰めかけた人々。
 

それに引き換え、サルヴィーニがルカーノ市長の逮捕の直後にFacebookで投稿した「難民たちは俺たちの仕事を取り上げ、しかも盗んだり、悪事を働いたり悪質。自分はリアーチェで働いていたが、給料ももらっていない」などとビデオで語っている市民は、なんとンドゥランゲタ』の関係者だったということが判明。そういえば「自分の言葉には責任持てない」とその市民はビデオでもはっきりと言ってます。こうして、内務大臣自らフェイクニュースを流していたことが再び明らかになり、世界各国、なんだか少し狂いはじめていることを実感しました。

10月13日、リアーチェは当局から一方的に解体が宣告され、今まで街で暮らしていた難民の人々は、それぞれに別の場所にあるセンターへと振り分けられることが内務省から発表された。しかし難民の人々が「リアーチェを絶対に離れたくない」と主張、たちまちのうちに抗議集会が開かれ、その結果、強制的に連行されることは中止になりました。メディアのインタビューには、「僕はここで死ぬんだ」「ここ以外には行くところがない」と彼らは力なく語っています。

そうこうするうちに、大御所であるイタリア全国パルチザン協会Anpiの会長が、リアーチェを巡ってシーンとしている『5つ星運動』のメンバーに、「サルヴィーニの蛮行にそっぽを向かないで止めて欲しい」と懇願する事態にまで発展した。ルカーノが希望と理想を抱いて作り上げた、南イタリアの質素な、しかしあらゆる人種が調和しながら平和に、温かく暮らすユートピアであるリアーチェ・モデルが、たった2週間で簡単に解体されたことは、イタリアの良心を打ち砕く、悲しく野蛮な出来事です。10月16日にルカーノは釈放されましたが、リアーチェに留まることは許されず、その日のうちに家をたたんで立ち去らなければならないという、あまりにあからさまな悪意を見せつけた当局の決定でした。

当のサルヴィーニは、今回のミンモ・ルカーノの逮捕を政治的な問題にするつもりはなかった、と発言しているようですが、成り行きを見る限り、今回の逮捕劇に政治的な動機がなかったとは考えられません。むしろ、難民の人々が幸せに暮らすリアーチェを存続させないための、明らかな政治弾圧、「見せしめ」でした。

『5つ星運動』ディ・マイオ経済発展省大臣のメディア攻撃

わたし個人は、『5つ星運動』の快進撃を面白い現象だと思っていますし、今後の活躍を期待している議員も何人かいます。しかしマテオ・サルヴィーニ内務大臣兼副首相の、人の気持ちをあざとく操る不適切発言やフェイクニュースに引きずられるように、ルイジ・ディ・マイオ経済発展相兼副首相までが、軽々しく特定のメディアを名指しで攻撃したことには、正直なところがっかりしました。

『国家予算案』を巡る怒涛の毎日、来年の欧州議会選挙も控え、いまだアクティビスト気分が続く若い副首相は、自分が権力の座にいることを明確に自覚できていないのかもしれない。国家権力がメディアを攻撃することは、多様性を保証する民主主義の基本である『報道の自由』の大きな侵害であり、トルコや中国、ロシア、その他の独裁政治のあり方を彷彿とする全体主義的な行為です。あるいはディ・マイオ副首相は米国大統領風の、ショー的なメディア攻撃を踏襲することで、『同盟』に押され気味の『5つ星』の存在感を際立たせたかったのかもしれません。

10月6日、ディ・マイオ副首相は、そもそも『5つ星』とはソリが合わなかったラ・レプッブリカ紙、レスプレッソ誌を運営するGEDIエディトリアルへの攻撃を、Facebookに投稿。「イタリアの日刊紙、webニュースのリーダーでもあるGEDIグループを牽引するレスプレッソ誌が、2年も前から機能していないことは無視できないことだ。いつまで経っても彼らには本物のニュースと作り話の違いが分かっていない」と述べたあと、さらにビデオ投稿で追い打ち。

「幸運なことに、われわれ『5つ星』のメンバーも多くの市民たちも、すでに新聞の作り話とフェイクニュースにはすっかり飽き飽きしている。実際のところ、たくさんの新聞がいまや死に体で、そのなかにレスプレッソ・グループも入っているということだ。働いている人々のことを思うと残念に思うよ。ニュースを変質させ、事実を報道しない新聞を誰も読まなくなったから、いまやレスプレッソ内部では解雇の動きが起こってるらしい」

確かに最近の、通常の新聞の売り上げは総じて下降気味ですが、ラ・レプッブリカ紙、レスプレッソ誌を発行するGEDIエディトリアルは、紙媒体ではコリエレ・デッラ・セーラ紙についで全国売り上げ2位、Webでは売り上げ1位の、イタリアの今を語り続ける伝統あるメディアです。

さらに、50年前にカラビニエリのクーデター計画をすっぱ抜いた、伝説のエウジェニオ・スカルファリの精神を引き継いだレスプレッソ誌が、数年前にはローマ市政とマフィアの癒着を執拗に追い、「マフィア・カピターレ」と呼ばれる大事件の発覚に貢献したことは記憶に新しい出来事でもある。そしてその記事を書いたジャーナリストは、幾度もローカル・マフィアから狙われ、警察の護衛がついての不自由な活動を強いられています。さらに元を正せば、『5つ星運動』がローマ市長選大勝利を飾ったのは、右派、左派に関わらず、市政に関わる政治家たちすべてが取り調べを受け、逮捕者を出したその衝撃事件のせいで、市民たちが既成の政治に信頼を失ったからに他なりません。

今回のディ・マイオ副首相の、特定の新聞社を名指し、その「死」を熱望するかのような攻撃に、ラ・レプッブリカ紙、レスプレッソ誌も猛反撃。ラ・レプッブリカ紙のマリオ・カラブレージ主幹は、2面、3面を裂いて長文の宣言文で応戦しました。マリオ・カラブレージは、『フォンターナ広場爆破事件』『ジャンジャコモ・フィルトリネッリ爆死事件』の担当刑事、72年に不審な死を遂げることになった『鉛の時代』の主人公のひとり、ルイジ・カラブレージのご子息で、優秀な硬派ジャーナリストとして名を馳せる人物です。

「われわれはベルルスコーニ政権の時も、レンツィ政権の時も、徹底的に批判を貫いている。われわれは『真実』のみを追っているからだ」「ベルルスコーニ政権時には、今よりもさらに辛辣に過激に批判したが、ベルルスコーニがわれわれのことを潰しにかかるようなことはなかった」「ジェノバの橋が崩壊した際、『5つ星』のブログにインフラ・交通相のダニーロ・トニネッリが『ベネトン(モランディ橋を管理していたアウトストラーダの大株主)』は、ラ・レプッブリカの主要株主』、と書いた時は泣きそうになった。なぜならそれは嘘だからだ。ベネトンが本紙の株主だったことは、過去も現在も一度もない」「われわれは、ジェノバの報道において、アウトストラーダやベネトンに加減をして書いたことはない。重大な虐殺事件の責任の所在の追求のための捜査を求め、ジェノバを忘れるべきではないと大きな声をあげ続けている」「われわれは政党ではない。したがって合意を求めることもない。さらに公金で生活しているわけではない。われわれは毎朝、エディコラで新聞を買ってくれる読者、Webを読んでくれる読者のおかげで生きているのだ」「たくさんの人々が、われわれに対して共鳴を示してくれたことに胸を熱くした。心から感謝したい」「繰り返すが、われわれは心配している。しかし恐れてはいない。そしてわれわれには、さらに紙面を充実させるより他にできることはないと考えている」

この一件を受け、スタンパ紙、ジョルナーレ紙、IlSole 24ore紙、メッサッジェーロ紙、さらにはかねてから『5つ星運動』に肩入れをしているイル・ファット・クォティディアーノ紙に至るまで、ラ・レプッブリカ紙との強い連帯を表明しています。つまり各紙ともに『表現の自由』を、権力が妨害する危険に警鐘を鳴らすという姿勢を明らかにしたわけです。世界中のジャーナリストたちが国家権力から弾圧を受け、投獄のみならず、死に至らしめられるほどの事件が頻発する昨今、ディ・マイオ副首相の暴言は、民主主義におけるジャーナリズムの役割を問う機会ともなりました。

「新聞社が閉鎖されることを願うことは、あらゆる批判的な、自分とは一致しない考えを消してしまいたいと願うことであり、だからこそ、このような態度は危険なことなのだ。政権の高い地位にいる者が、そのような考えを持つということは、さらに深刻な問題だ」ラ・レプッブリカ紙は痛烈にディ・マイオ副首相に批判を返しています。

チョムスキーが言うように、「広告媒体」でもあるメディアが、経済界、政界と強い絆を維持しながら「嘘をつき」「真実を伝えず」「民主主義を操縦しやすい世論」を形成しようとする、いわゆる『大本営現象』もありうる、と考えますが、イタリアの平時の新聞に関していえば、左派も右派も、それぞれがそれぞれの視点で事件を報道するため、分析も意見もまちまちで、同じ事件を取り扱っていても取り組みが変わる。そしてその姿勢こそが自然なことだと考えます。

特に今回の騒動で、なるほど、と納得したのは、「ディ・マイオは、フェイクニュースで政府に悪意を抱かせるよう、新聞が『陰謀』を企んでいると考えているようだが」という問いに答えた、ジョルナーレ紙主幹の「確かにそんなことが可能な時代もあったかもしれないが、紙媒体がどんどん売れなくなった今、新聞そのものに陰謀を企てるほどの影響力はなくなった」という言葉でした。これはおそらくテレビというメディアについても同様だと考えます。

つまり、もはやメディアがフェイクを流す時代は終わりを告げようとしており、ヴァイラルとなったSNSの投稿が、個人ひとりひとりにフェイクを拡散する時代となった。ロシア・スタイルというか、スティーブ・バノン・スタイルというか、政治家もまた、支持者とネット上でダイレクトにコミュニケーションを取りながら、平気でフェイクを流す時代になったということです。

結局のところ、何が『真実』なのか、今も昔も藪の中であるには違いありませんが、気軽にネットで情報を得られ、裏の取れないニュースが絶え間なく流れてくる現在、何を基準に情報を選ぶかが課題となってきたようです。さらにいまや主流となった、SNSで政治家がダイレクトに有権者にメッセージを送る、というスタイルは、一見民主的なように思えても、ジャーナリズムによる批判、あるいは意見という介入がなければ、簡単に洗脳されやすい状態になるかもしれない。

レスプレッソ誌のマルコ・ダミラーノ主幹がその懸念について、非常に興味深い文献を引用をしながら、現在の政府の有り様を辛辣に批判しています。引用したのは1947年、ユダヤ人言語学者Victor Klempererが、ナチス「第三帝国の言葉」について、その暗黒の時代に彼が綴ったメモ、日記について語った内容です。ダミラーノは博士号を持つ、近代史のエキスパートでもあります。

ドイツをナチスが席巻した時代、「『国民(popolo)』という言葉が、書くときも喋るときも、メインディッシュに使われる塩のように、非常に頻繁に使われた。あらゆるすべてにひとつまみの『国民』(という言葉)が使われるのだ。たとえば国民祭り、国民の同朋、国民のコミュニティ、国民の隣人、国民には属さない者、国民から出現した者など・・」1933年、ヒトラーが44歳のときに、Klempererはこのようなメモをしている。「大切なのは、彼らの代表者ではなく、あらゆるすべての国民ひとりひとりと、ダイレクトに接点を持つことである。さらにこのコンセプトは過去に遡ることができ、やがてルッソー(ジャンジャック)に突き当たることは避けようがない。ルッソーにとって、国政に手腕を見せる政治家とは、市場のある広場に集まった市民に向かって話す者だった。それが、市民の集合体の一翼を担うスポーツの大会であろうと、文化的な催しであろうと、そこには政治機構が構築され、プロパガンダのためのツールとなる、そうルッソーは考えていた」

ダミラーノは「われわれは国民に選ばれた」「国民のための政府である」と、いつ、どの場面でも「国民」を強調する『同盟』『5つ星運動』による政府を、ナチスのボキャブラリーと比較。さらにドイツ『第三帝国』で何度も繰り返され、強調された「歴史的」という形容詞を、現政府が劇的な場面で多用することをも指摘。現政府が過去の暗い時代に特徴的な言葉を繰り返すことを例にあげながら、『報道の自由』という批判精神が民主主義にとって、いかに重要であるかを主張している。そしてレスプレッソ誌もまた、どの政党にも属さず、役割を逸脱することなく、読者のために報道をすることを宣言しました。

 

『報道の自由』などという贅沢を、われわれは許さない、と風刺を効かせたレスプレッソ誌表紙。そっくりで笑いました。

 

民主主義における主権者であるわれわれは、ヴィクトル・ユーゴーが言う、国民(popolo)群衆(folla)の違いを明確に意識する必要があるようです。かつて人々が集まった広場(イタリアでは今も集まりますが)は、現在はネット上のヴァーチャル広場へと移行しつつある。

いずれにしても、ディ・マイオ経済発展相兼副首相が、自分に利益にならない、気に入らない批判報道をするGEDIエディトリアルを「フェイク」と決めつけ、完全に敵に回したことは、『5つ星』のイメージにとって賢明なパフォーマンスだったとは言えないかもしれません。

さて、こんなことが次々と起こる10月の後半は、毎日のようにイタリア各地で、「アンチファシズム」抗議集会が開かれる予定です。ちょっと驚いたのは12日、イタリアの各都市で、6万人という高校生たちが「国家予算に学校に関する予算が盛り込まれていない!」と大きな『反政府』デモを繰り広げ、トリノでは、サルヴィーニ内務相兼副首相とディ・マイオ経済発展相兼副首相の顔写真を貼った人形を燃やす、という暴力的な抗議を行ったことです。さらにトレンティーノの『同盟』事務所では、何者かが仕掛けた紙爆弾が爆発するなど、だんだんに抗議が過激化しつつあるのは心配です。

1日も早く、のんびりしたいつものイタリアが戻ってくることを思い描いているところです。

RSSの登録はこちらから